第4話 とある一日
本日二話目です。お気を付けください。
**
「どうしてこうなった……」
僕は隣に座ってこちらへと豪快に唾を飛ばすアドットさんと、前で鬱陶しそうに手を払う聖女様に聞こえないようにポツリと漏らす。
急展開過ぎてついていけない、というのはまさにこの事を言うのだろう。
そして、今からほんの数時間前の出来事を思い出しながら、深く息を吐いた。
*
温厚美女である聖女様を怒らせてしまった事件の夜から七日ほどが経過した。
僕は聖女様に再び謝りたいという気持ちと、あの聖女様をあそこまで怒らせてしまったらどうなってしまうんだろうという恐怖の板挟みで悶々とした日々を送っていたのだが、今朝、再び事件が起こった。
依頼を探すため、冒険者ギルドの掲示板に張り付いていると、アドットさんが僕に話しかけてきたのだ。
『お、兄ちゃんやんけ。何か久しぶりやな。依頼か? 決まってないんやったら今日はわしらと一緒にチーム組まんか?』
僕は呆気にとられるあまり、「は?」 とすら言えなかった。
だが、これは当然なのだ。
それもそのはず、冒険者ギルドはその辺の規則には頭が固い。
僕は、アドットさんに、同じ冒険者ランクでしかパーティーは組めないことを説明する。
『まあたしかにそやけど……別にわしらの依頼を勝手に手伝ってくれたらええし、報酬も勝手に山分けしたったらええねん。実績にならんだけでやってるやつは結構おるで?』
と悪い笑顔とともに一蹴された。
この人は、財布を忘れることはあっても、冒険者としての経験値は高いらしい。
……というか僕が手伝うって言ったら受ける依頼レベルは僕が合わせる方針なんですね。
いや、報酬の面を考えると当然か、わかるわかる……僕死んじゃいそう。
僕が渋っていると、アドットさんは突然僕の背中を押し始める。
「男なら行動あるのみやでー?」
「ちょ、ちょっと……アドットさん⁉」
抵抗しようとするが、腕力で勝てるわけもなく、そのまま街の出口へと至った。
そこで見た聖女様の顔は多分永遠に忘れないだろう。
誰がどう見ても、聖女様は引きつった笑みを浮かべていたのだから。
「アドット? 随分遅かったじゃない……どうかした?」
聖女様は極力こちらへと意識を向けないように話しているのがわかる。
いや、違う。悪いのは全部僕だ。
そもそも聖女様を怒らせる原因を作ったのは僕だし、それに付け加えるように事態を悪化させたのも僕の失敗だ。
更に言うならそこから聖女様を恐れるあまり隠れるような生活をしていたのも僕……あれ? 僕って結構人として終わってない?
そんなことを考えていると、聖女様が錫杖を手にしたままこちらへと一歩近づく。
目は依然色を失っているが、口が綺麗に裂けている。
そんな聖女様を見ていた僕だったが、気がついたら五体投地していた。
「すみませんでしたああああああああああああああああ!」
頭をゴンゴンと地面に打ち付けながらただひたすら謝ること十分ほど。
冒険者たちは特に気にする様子もなく街を出ていき、アドットさんは僕の顔を覗き込むように姿勢を低くする。
恥ずかしいのでやめてほしい。
すると、とても綺麗なため息がどこかで聞こえた。
「もう顔を上げて」
聖女様の声だと理解するのに五秒ほどの時間。
あれ? 聖女さまの声ってこんなに鋭かったっけ?
そう思いながら顔を恐る恐ると上げると、聖女様の瞳に先ほどよりも鮮やかな色彩が戻っていた。
思わず安堵の息が漏れる。
でも、さっきの声って……。
「別に私、胸を触られたことに関しては怒っては……まあギリギリないこともないこともないと言えるぐらいには怒ってないの」
ああ……怒ってるんですね分かります。
僕は再び顔を下げる。
「やめてって言ったでしょ? 話わかんないの?」
すぐに顔を上げる。
「でも、あの時なんで逃げたの? ていうかなんですぐに謝りに来なかったの? おかげであのあと私無茶苦茶質問攻めにあってたんだけど」
「ご、ごめんなさい」
あの時というのは酒場で聖女様に謝ろうとしたときのことについて言っているのだろう。
思い返しただけでも申し訳なさと情けなさがこみ上げてくる。
「で? なんで?」
「完全に僕自身の心構えの問題……です。ごめんなさい」
すると聖女様が大きく失意のこもった息を吐いた。
それだけで自分という存在を否定された気がして、自殺したくなる。
「はぁ……。それで? アドットがなんでこいつ連れてきたの?」
するとアドットさんが「やっと出番がきた!」とばかりに勢いよく立ち上がる。
「おう! それはな、兄ちゃんをわしらの依頼に協力させるためや!」
アドットさんの言葉に、聖女様が「は?」と素っ頓狂な声をだしたのは、考えなくても分かることだった。
*
それから二時間ほどが経過した。
依頼をある程度終えてなお僕のダガーには血が一滴たりともついていないことからも僕のこのパーティー内での役割は何もないということがわかる。
ああ、二人とも武器の手入れとかしていかにもな冒険者みたいで格好いいな……僕も早く血のつくモンスター討伐したいな……
そんなことを名前もわからない鳥を見て思う。
結局あのあとアドットさんが強引に聖女様を説得して出発したのだが、奇しくもアドットさんが受けた内容は黒星狼三○匹討伐というC級難易度の依頼。
辞退したかったのだが、アドットさんの好意と金銭的な理由、これ以上聖女様の前で無様なところは見せたくないという格好悪すぎる理由でついてきてしまった。
もちろん聖女様が僕に話しかけることはなかったし、僕が勇気を出して話題をふっても無視。
僕を連れて来たアドットさんにまで、終始冷たい言葉での対応だった。
しかし、例えそうだとしても流石はB級冒険者。
いざ戦闘になると連携の取れた動きで黒星狼をドンドン狩っていった。
そして今の討伐数は二八。
日が落ちるまでまだ時間があることからもふたりの優秀さがわかる。
「にしても兄ちゃんが魔法を使えるなんてなー」
アドットさんがつい数十秒前にも言った台詞を繰り返す。
今日だけでもう十回は超えたんじゃないだろうか。
「だから僕の魔法なんて大したことないって言ってるじゃないですか。田舎で畑作業するときにちょっと使える程度のものですよ?」
「でも、使えるんやろ? しかも土」
「しかもって何ですか……」
そう、実は僕は土属性だけだが魔法を使える。
地面を柔らかくしたり、一メートルほどの壁を作ったりとかそんな程度のことしかできない。
ただそれでも魔法を使えるというのは大きなステータスではあるのかもしれない。
実際、
”聖女様が黒星狼に囲まれた時に、聖女様の周りの地面にちょっとした落とし穴擬きを作ったら、偶然聖女様が助かった”
という絶妙に運が味方をしてくれた一件から、僅かに聖女様の僕に対する風当たりが和らいだ気がするのだ。
魔法すごい、マジ感謝。
「というか僕にとって驚きだったのは……」
「なによ」
「い、いえ……」
手に持った”槍”の穂についた血を、ボロ布で拭う聖女様から目をそらす。
するとアドットさんが僕の肩を掴み顔をぐいと近づけた。
害意がないことを分かっていても、急接近されると思わずたじろいでしまう。
「わかる、わかるぞぉ兄ちゃん!」
「え、ええ……そうですか」
「なんで剣にせんかってことやろ!?」
「うん、違いますけどね」
この人は何を言ってるんだ?
思わず真顔で突っ込んでしまったが、アドットさんは目を光らせて語り続ける。
「やっぱ槍なんて邪道や。剣やで剣! 刺すなんてそんなもん懐入られたら終わりや! お互いの緊張感で吹き出る冷や汗なんかが飛び散る距離でバチバチ戦うんが男ちゅーもんやな! その点兄ちゃんなんかダガーやもんな! 剣の間合いですら満足できんとはさすがやな!」
やっぱりこの人は何を言ってるんだ? 微塵も理解できない。
僕がダガーを使っているのは、たまたま家にこれが一本あっただけで、新しい武器を買おうにもお金が足りないからで……
──っていやそうじゃなくって!
「なんで聖女様が槍を使ってるのかって話ですよ!」
「なに? 私が槍を使っちゃダメなの?」
「あ、いえ。別に、そんな、ことは……」
ギロリと威圧的な視線に対して思わず目が泳いでしまう。
だが、すぐに後悔が訪れる。
こんな場面でちゃんと会話が出来ないから、僕は聖女様に嫌われっぱなし何だよ……!
そう思って顔を上げて、下げる。
うん、やっぱり怖い。
この癖は時間をかけて直そう。
僕が一人で唸っていると、アドットさんが突然「あっ!」と大きな声を出した。
「兄ちゃんは実はダガーどころかナイフにまで縮めようとしとんの――」
「ごめんなさいその話はもういいです」
思わず口から出てしまった言葉に自分でも息を飲んだ。
いくらアドットさんがいい人だとしても途中で話を遮ってしまうなんて礼儀知らずにも程がある。
そもそも僕みたいな新人冒険者に手をかけてくださっている優しい方なのにそんな無礼を働くなんて……。
だが、そんな僕の内心を知ってか知らずかアドットさんはゲラゲラ笑い出す。
それを見て気づかれないように息を吐いた。
アドットさんが優しい人で良かった。
「まあ兄ちゃんの爪が鋭い話はいいとして」
あれ、そんな話してたっけ?
「兄ちゃんが言いたいのはなんでアヴァが槍使っとんのかってことやろ?」
「そ、そうです! それです!」
そう、聖女様は常に持ち歩いていた玉飾りが美しい錫杖の先端を取り外し、中に格納されていた刃で戦っていたのだ。
つまり、錫杖に見えたあの道具は実は槍だったということになる。
僕は聖女様は錫杖片手に魔法を使ってアドットさんを援護しつつ、自分も魔法で攻撃するというスタンスなのだと思っていたのでかなり驚かされた。
というかそれ以上に、聖女様は今日の戦闘でまだ一度も魔法を使っていなかったことに驚かされたのだが。
「やって。アヴァ、教えたったら?」
「は? なんで?」
聖女様の凍てつく声色に軽く身震い。
アドットさんも珍しく苦笑を浮かべていた。
「なら兄ちゃん、わしが教えたるわ」
そう言いつつ、アドットさんは流し目で聖女様に確認を求める。
聖女様は興味なさそうに視線を逸らした。
「じゃあ杖が槍やったのはなんでやと思う?」
「えっと……それは直接戦闘にも参加できるから?」
「正解や」
魔法は基本的に物質的な触媒を必要としない。
大気中の魔素と呼ばれる魔力の源みたいなものを体内に取り込んで、魔法という形で発動させるのだ。
実際に僕もほとんどイメージだけで使っている。
だからあの錫杖自体に意味はないのかもしれない。
となれば、直接戦闘に参加できるという利点があるので槍の方がいいというのは理解できた。
「でも、じゃあどうして魔法を使わなかったんですか?」
「さあ? なんでやろなぁ? なんでなん?」
「うるさい。知ってるのに聞かないで」
ぴしゃりと質問はシャットアウト。
僕はびくりと肩を震わせてしまうが、アドットさんは楽しそうに笑っている。
何が楽しいのかはわからない。
「もうバレたみたいなもんやのに大変やな。まあおもろいけど、ハハッ!」
「バレた?」
「槍のことよ。一々突っ込まないで」
聖女様はそう言うと、槍の手入れを終えると錫杖のへと穂を格納。
そうしてみるとお洒落な鞘のようにも見える。
「もう休憩は終わりでいいでしょ? アドット、そろそろ行くわよ」
「おお、そやな。ラストスパートや! 兄ちゃんも行くで」
「え? あ、はい。わかりました」
立ち上がって、椅子がわりに作った岩を崩す。
今日の日暮れまであと二時間ほどだ。
最後の二匹、僕も少しくらいは活躍したい。
せめて聖女様に許してもらえなくても話しかけてもらえる程度には……。
結果は惨敗だった。
僕が戦場に立ち入ることすらなく三匹現れた黒星狼は瞬く間にB級冒険者二人に切り伏せられていた。
片耳だけ切り取ってギルドへと持ち帰る間、僕はただひたすらに気まずい時間を過ごしていた。
理由は簡単で、アドットさんが最初言っていた報酬の件。
アドットさんは三分割と言っていたのだが、黒星狼討伐の依頼達成料は五万レル。
もしアドットさんが言っていた通りに僕のところに来るとしたら一万五千レルほど。
受け取れるはずがない。
だって僕は今回一匹たりとも討伐に参加していないのだ。
これで報酬をもらうのは流石に気が引ける。
そう思っていたのだが──
「いやいや、兄ちゃんがいんかったらアヴァとか危なかったやん。それに椅子とか作ってくれたんは、なにげに助かったしな」
アドットさんはそう言って、報酬を三人で割った一人分を僕の手の中に強引に収めた。
結果としては受け取ってしまった形になる。
その後三人で打ち上げに行ったのだが、聖女様の視線が刺さって、ソフィアちゃんにアドットさんがデレデレだったことしか覚えていない。
宿に戻って頂いたお金をありがたく宿泊延長料金に充ててから、すぐにベッドへと潜り今日のことを思い出す。
アドットさんの明るく笑っている姿の裏で、きりりと引き締まった顔で勇ましく黒星狼に挑んでいく様は、これ以上なく”男”という感じがして格好良かったし、聖女様も僕には冷たかったが、敵を前にすると勇猛果敢に突っ込んでいく姿は、戦乙女という感じでとても綺麗だった。
二人ともが僕にとっての敬うべき存在だし、本来その場に僕がいることは絶対にありえない。
だが、今日一日を振り返ってみると、僕の脳裏には楽しい思い出しかわいてこなかった。
「また、一緒に連れて行ってくれないかな……」
ありえない願いを呟く窓の外では、きらりと星が光っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます