エピローグ3 兄の思いやり?

 セーナが柏を倒した頃、まだ長野と阿蘇の戦いは続いていた。


「ぶっ!」


 阿蘇のパンチに対し、ヘッドスリップしながら長野が放った右ストレートのカウンターが綺麗に決まり、阿蘇の巨体は大きくグラついた。


 身長では若干勝る阿蘇だったが、MMAルールに近い空手をベースとする長野の体重はボクサーの阿蘇を上回り、そしてパワーにおいても阿蘇を上回っていた。


「テメェ! 殺し屋だか何だか知らねぇけど、調子こいてるんじゃねーぞ!」


 今までの戦いで、パンチの技術も長野に劣る事を知った阿蘇は経験がある柔道の組技で勝負しようと、長野に組み付いた。


 すると長野は自分の右腕を阿蘇の右頸動脈に押し付けながら、右肩を巻いていくと、顔が離れて隙間が出来た。


 長野はその隙間を利用して顔面に膝蹴りを二発、三発と叩き込むと、ボディに膝蹴りを減り込ませた。


「ぐふっ!」


 ボディに喰らう初めての膝蹴りで阿蘇は悶絶しかけ、上体が上がると、右足で阿蘇の左足を刈り、後方に倒した。


 そして、あっさりとマウントポジションを取ると、機械的に左フックと右ストレートの連打を始めた。


天網恢恢てんもうかいかい―」


「ゆっ……許してくれ! がっ!」


 戦意を喪失した阿蘇の顔面に岩の様な拳が減り込み、かつて勝子に砕かれた時と同じ様にぐしゃりという音と共に鼻と前歯が折れ砕けた。


にして漏らさず」


 長野にとっての天誅の一撃は阿蘇が失神しても止む事が無かった。


 それはパウンド等という表現では生易しい、顔面瓦割とでも呼ぶべきおぞましい光景であった。



 ◇



 ―数日後―


「こりゃあ兄貴の仕業か?」


 留置場から釈放された伊吹の目の前に武の幼馴染である川上猛と、長野、それに伊吹の見覚えのあるトランクを持ったセーナが姿を現した。


「さぁ? 何の事だい?」


 猛がわざとらしく惚けた様な表情を浮かべると、伊吹はいきなり猛の胸倉を掴んだ。


「余計な事しやがって……誰が出して欲しい何て頼んだか?」


「ノンノン♪証拠不十分で釈放って、警察が説明したとおりだろ♪」


「周佐を撃った拳銃と、立国川ホテルで検挙された時に押収された拳銃には俺の指紋が着いていた筈だ」


「アラアラ。折角~。大方、♪」


「このクソ野郎!」


 伊吹が拳を握り、猛の頬を打とうとすると、その腕を長野が掴んで言った。


「止めろ」


 短いが、ドスの利いた声は他の者ではそれだけで震え上がってしまうような迫力があったが、伊吹はそんな長野を鋭い眼光で一睨みすると、腕を強く振る様にして手を振りほどくと、猛に言った。


「テメー、『殺し屋』なんざ何時から飼いならして居るんだ?」


「ハハハッ! 彼には大好きな天誅を執行する機会をくれてあげる代わりにちょいとばかり協力して貰っているだけだよ」


「何がちょいとばかりだ……一年後に迫った『御腕みうで』の儀にコイツも参加させるつもりだろ?」


「あーやっぱりそう思うよね♪それともファントムに貸してあげようか?」


「テメーの手下なんざ要らねーよ」


「そんなにを邪見にするものじゃないよ♪」


「ハッ! 川上本家の正妻の血筋で川上グループの後継者候補筆頭様が妾腹の弟にまで随分と優しいこったな」


「こう見えて結構本気で心配しているんだよ? わざわざ警察に手を回して釈放させてあげたのにね♪」


「……俺が数年少年院ネンショーに入っていたら『御腕』の儀に参加しないで済むから? そうまでして俺を殺したいらしいなぁ」


 伊吹は再び猛に詰め寄ろうとすると、今度はセーナが間に入って伊吹を止めた。


「まぁまぁ、お待ちください。弟君。タイでお逢いして以来ですがお久しぶりですね」


 女であろうと容赦なく手を出す伊吹だが、そんな伊吹でも見知った顔であるのか?

 伊吹は殴り掛かったりする事も無くセーナに訊ねた。


「……セーナか。何時タイからこっちに来やがった?」


「同じジムで、同じトレーナーを師とする姉弟子に対して、そんな言い方は無くありませんか?」


「うるせぇ。テメー含めてタイでの記憶は俺に取っちゃ良い想い出なんざ一つもねぇんだよ」


「そうでしたか……貴方には折角がお預かりしていたモノをお返ししようと思っていたのですが」


 セーナがトランクを突き出すと、伊吹はそれを胡散臭そうな表情で受け取った。


「何がお友達から預かっただ。大方、阿蘇も柏もお前等が叩き潰して奪ったんだろ?」


「ハイ。仰る通りです。不躾ながら、彼らの実力では余りにも『御腕』の儀に参加するには不足しているかと」


「ケッ! 数合わせ程度にはなるかと思ったんだがな……つくづく使えねー奴らだ」


 伊吹が地面に唾を吐くと、猛は彼に訊ねた。


「お友達が使えないとして、『御腕』の儀に参加してくれそうな仲間は見つかったのかい?」


「テメーが心配する事じゃねーだろ?」


「そうかい。武君の事を気に入ってくれたと思うんだけれどね」


「……テメーは何故アイツの事を俺に教えた? あれだけの逸材、自分が取り込んだ方が有利になると思わなかったのか?」


「だから、俺は大事な弟が心配だから、君が気に入ると思って紹介してあげたんだよ♪」


「……その余裕が何時かテメーの寝首をかく事になるぜ」


「でもさ、武君に随分と嫌われちゃったみたいだけれど、彼を取り込むアテでもあるのかい?」


「……だから言っただろ? テメーの心配するこっちゃねーってよ」


「あっそ。じゃあ、せめて彼と仲直りするヒントぐらいあげようか?」


「要らねーよ。アバヨ」


 伊吹は猛のもとから去ろうとすると、伊吹のスマホにメールの着信音が鳴った。


 伊吹がスマホの画面を見ると、猛を振り返り、鋭い眼光で睨みつけた。


「コイツは確かなのか?」


「うん。勿論、警察筋から得た情報だから確かでしょ♪」


「……テメー後悔する事になるぜ」


 伊吹はそれだけ言い残すと、そのまま振り返りもせずに去って行った。

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