エピローグ2 セーナ・イリエイVS柏次郎 ムエタイVSサバット

「は? お嬢ちゃん? もしかして僕とやろうっていうのかい?」


 負傷しているとは言え、柏は再び女子に不覚を取るつもりは無かった。


「オイ! 柏! こっちは『殺し屋』の相手しねーと駄目なんだぞ! そんな女さっさと片付けてこっちを手伝えよな!」


「僕怪我人なんだけれどねぇ……『殺し屋』は君一人で頑張って何とかしてくれよ」


 柏はそう言いながら、サバットのアップライトスタイルでは無く、空手時代の様に中段に構えた。


 離れた距離から相手を観てカウンターを狙うには空手の様にガードを下げた方が良いと考えた事と、アバラを守るのが目的だ。


 しかし、セーナの挑発で柏は気を変えた。


「肋骨を痛めたらしいじゃない? 脇腹は狙わないであげようか?」


「……如何してそんな事知っているか知らないけど、ご親切にどうもありがとうね!」


 言葉と裏腹に激怒した柏は空手の刻み突きを放ちながら飛び込んだ。


 飛び込みの距離とスピードでは立ち技でも屈指の伝統派空手の刻み突きだが、直線的な攻撃なので、格闘技を嗜む者にとって、躱せない攻撃では無い。


 セーナがバックステップして躱すと、更に柏の逆突きがセーナを襲いかかった。


 セーナは左手で逆突きをパリングするが、このワンツーは意識を上にやる為に軽く放たれたものだった。


 意識を散らすべくローキックの様に下段に放たれた廻蹴フェッテりで一瞬セーナの足が止まる。


 柏は廻蹴フェッテりを放った勢いで体を回転させ、後ろ回し蹴りに似たルヴェルという掛け蹴りを放った。


 一撃必殺の大技をスウェーバックが遅れたセーナはダッキングすると、髪に掠めながらも上体を下げることで蹴りの命中を回避した。


「へぇーヤルじゃないか♪」


 柏は再び体を回転させると、太腿を踏みつける様に前蹴シャッセ・トナンパりを放つと、セーナが足を引いて体全体をスウェーバックして躱し、上段への廻蹴フェッテ・フィギアりに繋げた。


 セーナは両腕を揃え、腕の裏側でアームブロックをして廻蹴フェッテ・フィギアりを防いだ。


「成程。ガードは固いみたいだね。でも、防いでばかりじゃ僕を倒せないよ?」


「そうかしら? 貴方の方こそ大技ばっかり使っているけれど、かなり焦っているんじゃないの?」


 セーナの指摘は図星を突いていた。


 恐らく阿蘇一人では長野を倒せず、やられてしまうと踏んでおり、阿蘇と協力して長野と戦うにしても、彼を囮にして逃げるにしても時間との闘いだった。


 その為には目の前の生意気な女を一刻も早く倒さなければならないのだが、ムエタイ仕込みなのか、ガードが固く、倒すどころか有効打さえ中々当てる事が出来ない。


「なら、僕の得意技を見せてあげるよ」


 柏が足をカイ込み、かつて麗衣を倒した時の様に、途中まで起動が同じである中段への前蹴りと上段への前蹴りでセーナを幻惑しようとした。


 すると、セーナは柏が足をカイ込んだ直後に前蹴ティープりで膝を蹴り、柏の蹴りを封じた。


「まぐれだろ!」


 ならばと、柏は廻蹴フェッテりを放とうとしたが、今度は内股に前蹴ティープりが放たれ、またもや蹴りを放つ事が出来なかった。


「はあっ?」


 柏は驚愕の表情で声を上げた。


 内股に前蹴ティープりによるストッピングが決まれば蹴りを簡単に封じる事が出来る。

 だが、この技は非常にタイミングが難しく、相手をよく見る事が必要なのだが、僅かなコンタクトで、柏が蹴りを放つタイミングをセーナは見切っていたのだ。


 セーナは蹴り足を戻した勢いを利用して地面を強く踏んで右突マッ・トロンきを放つと、ガードが下がっている柏の顔にヒットしたが、これは浅い。

 だが、外側から大きく振られた左のマッ・フックで柏の頬を強く打つと頬が激しく波打ち、捻った身体を戻す反動を使い、右突マッ・トロンきで柏の鼻を打ち抜いた。


「くっ! 女子のパンチじゃないね!」


 先日、麗衣と殴り合った柏だが、そのハンドスピード、威力共に女子アマチュアキックボクシングでは最強と言われている麗衣のパンチよりも上回る威力に内心舌を巻いていた。


 柏もやられっぱなしではなく、即座に左ジャブを返したが、セーナはインサイドパリングで左ジャブを外へ払うと、これを想定していた柏は右フックを返した。


 柏にとって左ジャブは囮でこの右フックの方が本命で放たれた強いパンチであったが、セーナは左腕の肘の角度を60度に曲げて、腕で三角形をつくると二の腕で柏のパンチを受け止めた。


 アームブロックをしながら、セーナは手首を下にたたみ込み、刹那の瞬間に右の横肘打ティー・ソーク・ラーンちで柏のチンを打ち抜くと、右突マッ・トロンきよりも遥かに痛みを感じる石で殴られた様な衝撃で柏はよろめきながら叫んだ。


「なっ! 肘打ち!」


 空手時代に練習したことがあれど、試合で禁止されている為に対人で使用した事が無い技の未知の威力に、柏は動揺を隠せなかった。


「何を驚いているの? ムエタイじゃ肘打ティー・ソーク・ラーンちなんて普通に使われているでしょ?」


「いや、普通アマチュアの試合じゃ使わないだろ?」


「確かに日本のアマチュアキックボクシングやグローブ空手の試合じゃあ、禁止されている場合が殆どだろうけれど、ちゃんとしたジムなら、いざプロになった時に肘打ティー・ソーク・ラーンちが出来ないなんて事が無いようにアマチュアの時代から教えておくものよ。それに、私は日本に来るまでは肘も首相撲も普通に使われる環境で試合に出ていたから」


 肘と首相撲を使いこなす事を知り、接近戦が不利である事を悟った柏は距離を取ったが、身長と比較して脚が長いセーナは左の前蹴りで柏を壁際に追い詰めると、蹴り足を柏の左前に着地させると、更に体を捻り、タメをつくった状態から素早く右の廻蹴テッ・スィークルーンりを放った。


「ぐうっ!」


 柏は咄嗟に両腕でブロックするが、麗衣の左ミドルに匹敵する蹴りをプロテクター越しにも威力を殺しきれず、折れた肋骨に肘が押され、痛みで脂汗を浮かべた。


 セーナは間髪入れず、中段に注意が向いた隙を突いて、左の下段廻蹴テッ・パップ・ノクりを放つと、今度は下段に注意が向いた。


 下段廻蹴テッ・パップ・ノクりの蹴り足を引かずに、その場所に落とす事により、ステップインすると、腕を振り、上体の回転させることで勢いをつけながら、鞭のようにしなった右の上段廻蹴テッ・カン・コーりを放つ!


 中段・下段と意識を逸らされ、同じ軌道からミドルを予見していた柏のガードの上を通過した蹴り足は、綺麗に柏の首に巻き付いた。


「……」


 セーナの脛により頸動脈と気管を圧迫された柏は日頃の軽口を叩く間もなく、地面に突っ伏した。

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