第151話 見慣れた光景

「バカが! たった三人増えただけで如何にかなるとでも思ったか!」


 奈夷阿婁羅斗火手武ナイアルラトホテブのリーダーらしき男が言った。


 首師高校ひとごのかみこうこうとやり合った時みたいに百人を相手にするよりはマシとは言え、あの時と違い、麗や環先輩達の援軍は期待できない状況だ。


 だが、流麗は焦る様子もなく言い返した。


「何言ってるの? 武っチの人望でたったの三人しか来ない訳ないジャン♪」


「如何いう事だ?」


 リーダーがそう訊ねると、流麗が返事するまでもなく、二人乗りの二台のバイクが再び奈夷阿婁羅斗火手武ナイアルラトホテブの連中のど真ん中に突っ切り、連中が慌てて道を開けた。


 見覚えのあるゼファー400とNMAX155が俺の目の前で停車すると、ゼファーから降りた長身の人物がヘルメットを脱いだ。


「澪! 静江! 如何して君達がここに!」


 ゼファーのケツに乗車していたのは静江だった。


「勿論、麗の敵をヤリに来たんですよ。小碓クンこそ、何してるんスカ?」


 すっとぼけた口調で澪が答えると、NMAXのケツから降りた香織が澪に言った。


「何言ってるの? スマホの位置情報アプリで武先輩がここに向かっているのを知って、大急ぎでアタシ達を招集していたじゃない」


「オイ、香織、ここは少し意地悪言った方が感謝されやすいのに、すぐにネタ晴らしするなよ」


 澪は苦笑いを浮かべた。


「NMAXを運転していたのは……吾妻君だよな」


 少しタイミングが遅れて、ヘルメットを脱ぐと、女の子と見紛わんばかりの美少年が顔をのぞかせた。


「ええ。勝子先輩からどうせ自分は乗れないから自由に使って良いと言われました」


 まさか、勝子が来てくれたのではないかと一瞬期待してしまった。


 でも、これからはアイツに頼る訳にはいかない。


「まぁ、経緯はどうあれ、助かるよ」


 これでも50対8。


 後は麗衣と恵がこの場に居てくれたら、何とかなるかも知れないけれど、流石にその望みは薄いか。


 特に麗衣はこの喧嘩自体反対していたし、そもそも入院中だからな。


 俺達だけでなんとかしなきゃならない。


 そう思っていた矢先だ。


「オラオラオラァ! テメーラどきやがれえっ!」


 聞き覚えのある怒号と共に、またもや複数台のバイクが立国川公園に乗り込んで来た。


 Ninja250を先頭に、スーパーカブ110、そしてハーレー仕様に改造されたバルカン400が俺達の目の前で止まった。


「な……麗衣何来てるんだよ……イテっ!」


 Ninjaから下車するやいなや、麗衣はいきなり俺の後頭部を引っ叩かれ、強烈な痛みが走った。


「このドアホウが! 珍走相手に一人で突っ込むバカが居るか!」


 客観的に見ればバカである事は否定しようも無い。


 でも、麗衣にだけは言われたくない。


「麗衣こそ入院していたのに、ナニまた抜け出してるんだよ! 麗解散したんだろ?」


「るせーな。可愛い下僕を放っておけるかよ。それによぉ……」


「ベラベラと何時までもぺしゃくってるんじゃねーぞ!」


 麗衣が続けて何かを言いかけていたが、遮る様にして奈夷阿婁羅斗火手武ナイアルラトホテブのメンバーが襲い掛かって来た。


 麗衣は振り向きながら真っすぐ後ろ蹴りを放つと、襲い掛かって来た敵の土手っ腹に靴の踵が減り込み、「ごえっ!」と戻しそうな声を出しながら男が蹲った。


「ちっ! 話は後だ! 恵! 環! 音夢先輩よぉ! さっさと珍走を畳んじまうぞ!」


 スーパーカブから下車した恵、バルカンでニケツしていた環先輩と音夢先輩に合図した。


「うん! 分かったよ!」


 恵は顎に構えた右拳で自分の胸を突く様な感じで下ろしながら肩を回転させ、外側から内側へ向けて敵の顎を右肘打つと、右拳を顎の位置に戻すとともに、左肩を回転させ、左肘で敵の顎を打った。


 肘の連打を喰らわせた後、更に右肘を打つ軌道で腕を開き、敵の首を抱え込むと、右前すみに崩し、敵を引きつけ、左足を軸に右脚で前方から右脚外側を払い上げ、前方に投げる払い腰で敵の腰を地面に叩きつけ、敵を左手で押さえて動きを制すると、手首を起こし「えいっ!」と気合と共に拳を振り下ろす、押さえ突きで顎を打ち、失神させた。


「後輩の癖に偉そうに指図するな! ったく、麗が解散するって聞いてたのに空喜びさせやがって!」


 環先輩はウンザリとした表情を浮かべながらも、手近な敵に鋭く踏み込み、脹脛を刈り取る様なカーフキックで敵を転倒させていた。


「そうか? 私は少しばかり楽しくなってきたけれどね!」


 対称的に音夢先輩は笑顔で敵の顎を軽めに打った左ジャブを打つと見せかけ、死角から足、腰、肩を連携させ、鋭角に肘を曲げた強力な右アッパーで顎を突き上げ、敵に地を舐めさせていた。


「うらあっ!」


 麗衣は鉄パイプで殴りつけて来た敵の攻撃をトンファーで受けると、前蹴ティープりで敵の腹を蹴り飛ばし、腕が下がったところをすかさずハイキックで頭を蹴り飛ばすと、カランと言う音を立てて鉄パイプを落としながら、前のめりに敵はぶっ倒れた。


 まぁ、ここからは見慣れた光景だ。


 対暴走族の喧嘩としては何時もよりは敵の人数が多いが、俺が予め十五人を削っていた為に然程苦戦する事も無く、流れ作業の様に敵を片付けて行くと、俺達の勢いに恐れをなして、次々と奈夷阿婁羅斗火手武ナイアルラトホテブのメンバーは逃げ出して行った。

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