第149話 小碓武VS梅田恭輔⑵ アイツなら……

 梅田は驚愕の表情を浮かべていた。


 俺は右ジャブを敢えてショート気味に打ち、パンチもゆったりと打って躱せそうに思わせながら、こちらが内を取れる軌道に梅田を誘った。


 梅田もこの距離なら内を取られてもパンチが届かないし、届いたとしても俺のパンチなら躱せると高をくくっていただろうが、俺は総合格闘技で使われる両足ステップで一気に距離を詰め、本来のパンチのスピードで左ストレートを放った。


 しかも左ストレートを放つ時、通常は顎のあたりをガードする右手を更に後方まで引き、奥足の左足を絞る様に捻る事により左腕の距離が伸びたのだ。


 両足ステップと伸びるパンチの相乗効果により、梅田からすれば有り得ない位置からパンチが飛んできた様に見えたに違いない。


 だが、ダウンを奪われて尚、奴の目の闘志は衰えちゃいなかった。


「うおおおおっ!」


 梅田は気合を入れて立ち上がって来た。


 やはり左ストレートでは致命傷にならないのか?


 サウスポースタイルの今後の課題が見えて来たのは良いとして、後がつかえているから、そろそろ終わらせるか。


 俺は左手を前に出すオーソドックススタイルに構えなおすと、梅田は困惑した表情を浮かべた。


「テメー! サウスポーじゃなかったのか?」


「こっちが本来のスタイルだぜ」


「何だと! 人の事をコケにしやがって!」


 基本的に利き腕を前手にする総合格闘技ではスイッチ出来る選手は珍しくないが、ボクシングではスイッチ出来る選手は殆ど見かけない。


 だからなのか? 俺がスイッチした事を手を抜いていたのと勘違いしたのかも知れない。


 激怒した梅田は背中を亀の甲羅の様に丸め体を縮め、下を向き、両腕でガードする、所謂「亀ガード」と呼ばれるガードを固めて突っ込んで来た。


 ボクシングの試合であれば、下を向いてガードを固めた相手に顔面を狙っても防がれてしまうし、ボディは届かないし、懐に入るにも頭が邪魔だ。


 だが、これは自分も相手も分厚いボクシンググローブを嵌めていればこそ有効なガードに過ぎない。


 俺は構わずオーバーハンドライトを放つと、ガードをすり抜け、テンプルにヒットし、梅田の身体が大きくグラついた。


 苦し紛れに放たれた返しの左ストレートを左へのサイドステップで避けながら踏み込むと右アッパーで大きく梅田の顎を突き上げた。


 魔裟斗がよく使っていたオーバーハンドライトから右アッパーへのダブルで、ガードが開き気味なムエタイの選手やキックボクサー相手に有効な技であり、ガードをしっかり固めたボクサーには通用しづらい筈だが、俺も梅野もボクシンググローブを嵌めておらず、俺がボクシンググローブより遥かに小さな拳サポーターを嵌めているのみなので、ガードの隙間からパンチを狙いやすいのだ。


 確か梅田の次男坊が得意だったように、真っすぐ突っ込んでこないでウィービングをしながら亀ガードで接近されたらそれだけでもクリーンヒットが難しくなると思うが、まだそこまでの技術は無い様だ。


「成程、これじゃあ(東日本新人王トーナメントに)優勝できない訳だね」


 尚も返して来た左ストレートをダッキングして躱すと同時に今度は右へサイドステップして、パンチを躱しながら膝を曲げ、身体全体を沈み込ませながら体重を拳に乗せ、左のボディストレートを放った。


「くっ!」


 俺のボディストレートでも鍛え抜かれたプロボクサーのボディに通用した様で、梅田が短く息を吐き、上体をくの字に曲がった。


 身体を元に戻す反動を利用し、斜め下から膝・腰の角度とパンチの軌道を合わせるようにして、フックとアッパーの間の軌道で右のスマッシュで顎を大きく突き上げると、拳が相手の顎のあった位置よりも抜ける様な感覚と共に梅田は後ろにぶっ倒れ、コンクリートの地面に後頭部をぶつけ、梅田はビクビクと痙攣した後に動かなくなった。


「アンタ。全然喧嘩に向いて無いぜ。それよりか真面目にボクシングに専念してた方が良いぜ」


 聞こえちゃいないだろうが、俺は梅田に心からの警告を送ってやった。


 梅田が見たがっていた幻影之右イリュージョンライトを使うまでもなく、東日本新人王トーナメントの決勝まで行ったボクサーを殴り倒してしまったが、満足感は全く無い。


 倒すのに2分、いや、3分はかかったか?


 この程度の相手、伊吹なら30秒かからないだろうな。


 もう二度と関わる事の無いであろう、アイツの事を何故か意識してしまう自分の事が腹立たしかった。



 著者が「拳が抜ける」感触を一番最初に知ったパンチがスマッシュだったりします。いや、ガゼルパンチだったかな(滝

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