第148話 小碓武VS梅田恭輔⑴ プロボクサー相手にパンチだけで勝負

「いや、悪いねぇ。今リーダーはちょっと物ぐさな気分でね、今日の喧嘩は来ないぜ」


「噂通りファントムに敗けて病院送りにされているんだろ? ここに来てねぇって事は噂が正しいってこった!」


 やはり事前の情報通り、麗は敗北したと噂されているらしい。


 ならば、その噂を俺が拳で正さなければならない。


「……噂が正しいか、俺で試してみるか?」


「上等だぜ! テメーの幻影之右イリュージョンライトとやら見せてみろや!」


 梅田は両拳を顎の位置に構え、左拳を少し前にやり、左足を前に、爪先を内側に前傾姿勢に構えた。


「テメーも格闘技使うなら俺が誰か知っているだろ?」


 格闘技に興味が無かったとしても、かつてヒールとしてボクシング界を沸かせた梅田四兄弟の名は日本中に知れ渡っていた。


 フライパンをへし曲げるなど派手なパフォーマンスの他対戦相手を散々こき下ろし、その言動は多くのアンチを生んだが、一方で多くの注目を集める事になった。


 長男・次男・三男がいずれも世界王者になったが、やりやすい相手としか試合をしていなかった、強豪との試合経験が無いなどとマッチメイク面で批判をされる事が多く、偉業の割には高い評価は得られていない。


 この梅田兄弟の三男と十歳離れた末っ子が恭輔だった。


 スーパーフライ級 (50.802 - 52.163kg) でプロデビューして戦績は現時点で6戦5勝4KO 1敗。


 東日本新人王トーナメントの決勝で判定負けしたが、それまでは連勝を続けていたれっきとしたプロボクサーだ。


 現在は4回戦とは言え、戦績から推測すれば実力的には6回戦以上だろう。


 プロボクサーの6回戦はパンチのスキルだけで言えば総合やキック等他競技のチャンピオン並みの実力がある場合もあるし、5勝の内4KOとKO率もスーパーフライ級とは思えない程高いので、そこら辺のヤンキーや生半可な格闘技経験者では歯が立たない強さだろう。


 だが、俺はそこまで分かっていても不思議な事に目の前の男から程ヤバイオーラを感じない。


「知ってるぜ。審判に『キサンのせいじゃい!』とか吠え立てていただろ? 敗けたのを審判のせいにして見苦しかったよな」


 梅田は東日本新人王トーナメントの決勝で、バッティングを注意された時に審判に怒鳴りつけたり、判定負けが告げられると『キサンのせいじゃい!』と言って殴り掛かろうとしたところ、セコンドに羽交い絞めされて止められた経緯がある。


 俺にその事を指摘され、梅田の余裕ぶった顔がみるみるうちに赤くなっていった。


「じゃかしいわ! 俺は負けてねぇ!」


 血液が逆流した梅田はいきなり右ストレートで殴りかかって来た。


 俺はサウスポースタイルの構えなので、相手の正面へのヘッドスリップは相手の視界内に入り、前手のパンチを喰らう危険がある為、スウェーバックしてパンチを躱すと、リターンの右ストレートを返した。


 梅田も同じ様にスウェーバックして躱すと、左ストレートを返して来た。


 だが、俺の右ストレートはジャブ的に放った誘いのパンチだった。


 ロックアウェーのカウンターで放ってきた左ストレートを右手の掌でブロックすると同時に左フックを梅田の顔面に返した。


 しかし、流石はプロボクサー。


 俺の左フックに合わせ、顔を捻るスリッピング・アウェーでダメージを殺した。


「へっ! 効かねぇな!」


 反撃を許さぬよう、俺が続けざまに梅田に左ストレートを放つと、梅田は前足の外側にヘッドスリップしてボディブローを放ってきた。


 俺の背面に立つ事により、梅田は安全圏に逃れているので反撃が難しく躱すのも不可能である事を経験上悟った俺は咄嗟に身体を捻りパンチを背で受けて、肝臓レバーを守った。


 背中に『痛み』が走ったが肝臓を打たれた時の『苦しさ』に比べれば耐えられないレベルでは無い。


 俺は捻った身体を戻す反動を利用し、左フックを強振すると、梅田は鮮やかにバックステップしてパンチの距離から離れた。


「ヤルじゃねぇか」


 梅田は俺の事を褒めて来たが。


「そっちは大した事ないね」


 この台詞だけを聞くと勘違いされそうだが、決して弱くないし、俺が今まで戦った相手の中では強豪中の強豪の部類に入る。


 だが、ハンドスピードもステップも伊吹とは比較にならない遅さなので、あくまでもヤツに比べたらと言う前提で大した事が無いという意味だ。


 しかし、梅田には真意が伝わらなかった様だ。


「一寸褒められたぐらいで調子に乗るなよコラアッ!」


 審判に怒鳴りつけるぐらいアンガーマネージメント能力が欠落している梅田は再び激怒して襲い掛かって来た。


 俺は右のジャブを連打して梅田の動きを制すると、左のロングフックを梅田に叩き込むと、梅田はスリッピング・アウェーで巧みに俺のパンチの威力を殺し、ダメージを与えるに至らない。


 いっその事蹴りでも使おうかとも思ったが、このクラスの相手はボクシングの練習台としては丁度良いので敢えて蹴りを封印していた。


 冷静さを取り戻した梅田は、右ジャブ連打から左フックという俺のコンビネーションを立て続けにスリッピング・アウェーで回避して見せた。


 恐らくパンチが見えているので、ダッキングなりヘッドスリップなりで躱せるのだろうが、敢えてリスキーなスリッピング・アウェーを繰り返すのは多分、ディフェンス力の高さを見せつけ、俺のパンチなんか余裕で躱せる事を見せつけるのが目的だろう。


「こんなモンかよ! ワンパターンでパンチも見え見えだぜ」


 そりゃそうだろうな。


 だってこれはトリック仕掛けているところだからな。


 今度はジャブ気味に右フックを放つと、回り込むようにして梅田はパンチを回避しようとした。


 チャンスだ。


 俺は梅田の逃れる地点に両足ステップで飛び込みながらロケットの様な勢いで左ストレートを放つと、梅田の顎は跳ね上がり、後ろへ大きく後退するとバランスを崩し、派手に尻餅を着いた。

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