第115話 吉備津香織VS柏次郎 アタシは昔の弱いアタシじゃない！
「どう……して……麗が……痛っ！」
血が止まらない太腿を抑えながら、勝子は訊ねようとしたが激痛の為言葉が続かなかった。
「如何して兄弟喧嘩で麗が関係あるのか？ って顔してんなぁ？ 小碓が俺と
伊吹は打ち抜いた勝子の太腿に足を乗せ、踏みにじった。
「うわああああああっ！」
伊吹は弑逆的な眼つきで勝子に止めを刺そうと引き金を引くと、銃声は鳴らず、ハンマーの音だけが虚しく響いた。
「ちっ！ 弾切れかよ！ また
気怠そうに言うと、伊吹はまるで空き缶を放るかのよう様に拳銃を投げ捨てた。
「止めろ！」
激痛で叫び声をあげる勝子を助けようと香月が助けに向かうが―
「おっと！ お嬢ちゃんは俺の相手でもしてくれよな！」
阿蘇が香月の前に立ち塞がった。
「邪魔するな！」
香月はオーソドックススタイルからジャブを連打し距離を詰めながら右スウィングで強振し、身長差がある阿蘇の顎を打ち抜かんと襲い掛かったが、スッと上体を引いてパンチを躱した阿蘇が上体を戻す反動を利用しながら腰を入れた左ジャブのリターンカウンターで香月の細い顎を打ち抜いた。
「がっ！」
同じボクサーでもライトフライ級とミドル級の体重差があり、ジャブ一発でも香月を倒すには充分の威力であった。
香月は蹈鞴を踏んで数歩交代すると地面に尻餅を着いた。
「クソっ……」
香月は膝が揺れ、立ち上がる事が出来なかった。
「カズ君！」
柏達からレイプされた時の事を思い出し、恐怖で震えていた香織だが、親友である香月の危機で精一杯の勇気を奮い起こし、香月に駆け寄ろうとすると、背後から柏が声を掛けてきた。
「雌豚ちゃんの相手は僕がしてあげるよ。あの時みたいに良い声で泣いてくれると嬉しいな♪」
おぞましい記憶が否応なく香織の脳裏にフラッシュバックするが、香織は恐怖を怒りに変え、力に変えた。
両腕の腋を締め、肘を曲げ、両腕の拳を柏の顔面に照準を合わせ、爪先を斜めに向けた足は膝を軽く曲げ、すぐに動けるように構えた。
「へぇー……ヤル気なんだ？ イイよ、かかって来なよ♪」
元は空手の経験者である柏も香織を嘲る様に同様の構えをした。
香織は小さく前後しながら間合いを計ると、タイミングを見て大きく踏み出し、間合いを詰めると左足に体重を乗せて、上段の刻み突きを放った。
柏は頭を一つ分横に動かすダッキングで突きを躱すが、香織は左手を引きながら右手ですかさず中段の逆突きで柏の胴を突いた。
「ハハッ！ ヤルねぇ！ スピードだけなら昔の美夜受ちゃんや前にやった子と
競技空手がベースの香織のスピードは大抵の立ち技格闘技よりも速く、間合いも遠い。
柏が前にやった子と言う神子や中学時代の麗衣よりもスピードが上だった。
「でも、君の突き、あの子らと比べても軽すぎるんだよね」
柏は膝を高く上げ、
「うっ！」
一見軽く見える蹴りだが、硬いサバットシューズによる蹴りは急所に命中すればそれだけで致命傷になり得る。
打撃で直接打たれる事に慣れていない香織は一撃で地面に蹲った。
「ハハハッ！ 周佐ちゃん以外は麗ってみんなこんなモノなのかな？ 美夜受ちゃんも雑魚ばっかり相手にして勘違いしてたんだろうね！」
「黙れ……」
香織は蒼白の表情で片膝を突きながら立ち上がった。
「麗を……アタシの過去を……知った上で受け入れてくれた麗衣先輩を……アタシなんかの為に戦ってくれている皆を……バカにするな！」
「バカにするなって……だって君達弱すぎるじゃん？ 所詮僕達男子には勝てっこないんだよ？」
「いいえ。暴走族狩りの麗は男にも負けない！」
香織は中段構えを取ると、近づいてきた柏から離れ、間合いを切った。
「じゃあ、口先だけじゃなくて行動で証明してみるんだね！」
そう言い放つと空手の経験もある柏が上段の刻み突きで飛び込んできた。
（かかった！）
香織はわざと自分から下がり、バックスウェーで引き込み、柏が出て来た瞬間を狙い、半身の構えから足をカイ込むと、内側から外側に弧を描くように足を回し、踵を引いた裏回し蹴りで柏のこめかみを打ち抜いた。
「な……に！」
ガクンと柏は膝を着いた。
「サソリ蹴りだと？」
2001年の全日本空手道選手権の男子組手で優勝して以来、2012年の同大会で優勝を果たして引退するまで数々の大会で功績を残した「蹴り技のファンタジスタ」松久功が生み出したと言われている裏回し蹴りをサソリ蹴りと言う。
鈎突きのような至近距離の突きではポイントが入らない競技空手で、接近戦でもポイントが入る蹴りであり、飛び込んで来た相手に対するカウンター技としても有効な技である。
香織の様に下がって相手を引き込み、カウンターを狙うタイプにはうってつけの技だった。
「もうアタシは昔の弱いアタシじゃない！ アンタ等に復讐する為に今まで頑張って練習してきたんだから！」
香織は軸足を引き付け、立ち上がりかけた柏を中段廻し蹴りで蹴り上げ、蹴られた勢いで不安定な足取りで立ち上がった柏に対し、蹴り足を引き戻した反動を利用し、腰を切りながら素早い蹴りで柏の腕を打った。
あたかもキックミットの様に蹴りで連打された柏は、立ち上がり様に右足で踏み込んだ高速の上段追い突きを放たれ、反撃も出来ずパリングで精一杯だった。
香織は突きが伸びた瞬間、腕を引かずに右の後ろ足の中段廻し蹴りで柏の胴を強く打った。
（勝てる！）
勝利を確信した香織は蹴り足を落とした勢いを利用して、右の刻み突きで更に追い打ちを掛けた。
「今のは一寸効いたかな？」
柏は突きを躱しながら香織のほっそりとした腕を掴んでいた。
「なっ！」
高速の突きを躱されただけでなく、腕を捕まれた香織は驚愕の表情を浮かべていた。
柏はニィと笑うと、腕を引き、香織の背を蹴りつけた。
「うわああああっ！」
アマチュアキックボクシングなどのルールでは背を蹴るのは禁止されている事が多いが、競技空手やサバットでは背を蹴るのは許可されている為、柏の得意な蹴りの一つだった。
無防備な状態からサバットシューズで蹴られた香織は痛みに耐えられず、地面に倒れた。
「スピードには自信があったみたいだけど、攻撃が直線的過ぎるし、突きから蹴りに繋げる時、腕を残しているから、それさえ分かれば掴むの何か簡単なんだけどね♪」
香織の腕を捻り上げ、柏は涙目の香織を無理矢理立ち上がらせた。
「さてと……一寸だけ痛かったから、その分君には体で返して貰わなきゃね♪」
柏の醜悪な笑みで、香織は思い出したくもない過去の記憶を引きずり出され、今度こそ恐怖で体が動かなくなった。
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