第110話 少しは察してやれよ

 火受美と神子が病衣送りにされた翌日。


 学校の屋上には麗衣に呼ばれた火受美と流麗、そして麗のメンバー全員が集まっていた。


 火受美は自分達がやられた経緯と、麗が狙われている事を説明した。


 一度、麗衣と恵も病院で聞いた内容と同じだが、麗が狙われている事をより警戒させる為に改めて火受美の口から語らせたのだった。


「そんな! あの火受美さんと神子さんがやられちゃうなんて……」


 以前火受美と拳を交え、彼女の強さを肌で知る恵は一度聞いた話とはいえ、ショックを隠しきれない様子だった。


「それ程の奴等に狙われているの? 今までの相手とは格が違うっぽいね」


 勝子ですら眉を顰めていた。


「でも、ソイツ等が何者だろうが麗に喧嘩売ってる事実は変わりねぇ……幸い明日から連休だから、アイツ等の縄張り探し出して叩き潰すぞ」


 麗衣はヤル気の様だが、勝てる相手なのだろうか?


「因みにソイツ等の名前何て言うんだ? 聞き込みするにも名前わかんねーとなぁ?」


「あ、ハイ。病院では言い忘れてましたけれど、私をやった男は阿蘇と言うボクサーで、神子をやったのは柏という男でサバットの使い手でした。あと一人は……」


 火受美が最後の一人の名前を言う前に、血相を変えた麗衣が詰め寄る様に言った。


「何だって! 今、阿蘇と柏って言ったか!」


「はっ……ハイ。確かにそう名乗っていました」


 麗衣の勢いに気圧された火受美が答えると、続いて勝子が訊ねた。


「ねぇ、ソイツ等、私の事言ってなかった?」


「あっ! そう言えば、柏って男が周佐先輩の事を口にしていましたね……阿蘇っていう男は姫野君の事も恨みがあったみたいですけれど……」


 麗衣と勝子は互いの目を見合せて頷いた。


「間違えないな……ソイツ等はオナ中(同じ中学)の一個上の連中だ。ソイツ等とは過去に揉めた事があってな……あたしも一度ボコボコにされた事がある」


「「「なっ!」」」


 勝子以外の全員が驚愕の声を上げた。

 俺もそうだが、麗衣の強さを知る皆にはとても信じられない話だったからだ。


「中防の時の話だ。あの頃のあたしはお前たちよりずっと弱かったし、それにあの時は勝子が仇を討ってくれたんだ」


 そう言って麗衣が勝子の頭を撫でると、勝子が少し嬉しそうな顔を浮かべた。


「ならば、その阿蘇と柏って言うのは勝子よりは弱いって考えて良いのか?」


「さぁ、麗衣ちゃんが強くなったみたいに、アイツ等もあの時よりは強くなっている可能性はあるよね。そもそも柏っていうクソゴミムシは私達と喧嘩した時はサバットじゃなくて伝統派空手の使い手だったし」


 勿論勝子が危惧する様に強くなっている可能性はあるけれど、それでも一度は勝子が倒した相手であるという事実は俺達を勇気づける内容だった。


「成程……姫野君も麗衣先輩と同じ中学だったから、アイツ等とはそういう繋がりがあったんですね。何で麗が狙われているのか、理解出来ました」


「で、話遮っちまってワリィけど、最後の一人は何て言うんだ?」


 話が横道に逸れたので、最後の一人の名前を火受美に訊ねた。


「ハイ。最後の一人は『ファントム』と呼ばれていまして、伊吹尚弥と言う名前でした。彼の事もご存じでしょうか?」


「ファントム? 何だその頭悪そうな呼び名は? 伊吹尚弥? 同じ中学じゃ聞いた事ねーなぁ? 勝子知ってるか?」


「ううん。そんな名前の先輩聞いた事が無いよ……でも、伊吹尚弥って名前なら学校とかじゃなくて何かで聞いた事がある様な気もするけど……」


「だよなぁ……思い出せねーけど……アレ? 如何した澪? 香織?」


 澪と香織は蒼褪めた表情を浮かべていた。


「いっ……いえ。何でもありません。一寸気分が悪くて……」


「大丈夫か? 調子が悪いのに無理に呼んじまったか?」


「そんな事は……でも、申し訳ないですが、一寸御手洗いに行って来て良いですか?」


 明らかに体調に異変をきたしている香織は額から脂汗が滲んでいた。


「オイオイ……無理するなよ。早く行って来い。治らないなら戻らないで保健室に行って来い」


 麗衣が心配そうに言うと、澪が手を上げて喧しく言った。


「俺も心配なので香織に着いて行きます!」


「そうだな。お前は香織についていてヤレ」


「ありがとうございます!」


 そう言って澪が香織について行った。


 元暴走族というだけあって、メンバーの中では一番喧嘩好きな澪だが、そんな澪も友達の方が大切なのだろう。


 その時の俺は単純にそんな事を考えていた。


 吾妻君も着いて行くと言ったが、香織が断った為に渋々とこの場に残り、この後のファントム対策の作戦会議に加わっていたが、香織の事が気が気でないのか? 彼の表情はずっと晴れる事は無かった。




 ◇



「おえええええっ!」


 情けない。


 あたし……吉備津香織はあれ以来、益々空手に打ち込み、心身共に強くなったはず。


 でも阿蘇や柏、そして伊吹尚弥の名前を聞き、あの時の恐怖が蘇り、悪寒が止まらなくなり、胃を押しつぶすような不快感に耐え切れず自然と戻していた。


「大丈夫か香織?」


 澪ちゃんは愁いに満ちた顔でアタシの顔をそっと覗き込んだ。


「ご……御免なさい……澪ちゃん……こんな所を見せちゃって」


 ハンカチで口元を拭ったアタシは澪に謝った。


「そんな事気にすんなよ! ……だけど、まさかアイツ等からやってくるなんてな……」


「ええ……。今でもあの時の事を思い出すと恐い……」


「安心しろ、俺がお前を守ってやる。それに麗衣サンや勝子サンも居るし、一寸頼りないけどやる時はやってくれる武クンもいるだろ?」


「そうだね……でも、アタシ達、勝てると思う? 相手はあのファントムだよ?」


 過去に勝子先輩に敗れたと言う柏や阿蘇はとにかく、ファントムにはまことしやかに囁かれているがある。


 中学時代の澪ちゃんがアタシを犯した連中の正体を知りながら、復讐を諦めたのはその噂を聞いたからだ。


「大丈夫だって! 何の為に俺達が麗に入ったと思ってるんだよ! 寧ろ戦力が整っている今なら飛んで火にいる夏の虫じゃねーか!」


 アタシと澪ちゃん、静江とカズ君だけではとてもじゃないけれど敵わない連中だけれど、確かに数々の暴走族を潰した今の麗ならば、希望があるかも知れない。


「あと、カズにはファントム達にされた事を黙っておいてくれ。アイツに話したら多分一人でもファントムを狩りに行くだろうからな……それだけは避けたい」


「普段冷静なカズ君がそんな事するかな?」


 カズ君がそんな無茶をするとは思えず、あたしは首を傾げた。


「ああ見えて、アイツほど熱くて仲間想いの奴は居ないんだよ……それにアイツは香織の事が……」


 澪ちゃんは何かを言いかけて口をつぐんだ。


「アタシの事が何なの?」


「いや、カズ本人から聞くべきことだな。俺から言うべき事じゃない」


 思わせぶりな澪ちゃんの言葉に、少し腹が立った。


「もおっ! 何の事か気になるじゃない!」


「……少しは察してやれよ。それよりか、保健室に行かなくて良いか?」


「うっ……うん。保健室に行ってくるよ」


 結局、アタシは気分が良くなる事も無くこの日は早退した。


 残りの授業をサボってアタシと一緒に帰ってくれた澪ちゃんの事に対して申し訳なく思うと共に、今のアタシには誰よりも心強い存在だった。

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