第109話 すれ違う想い

 麗衣の命で流麗と共に神子達の待ち合わせ場所に向かう途中、孝子の連絡を受けた俺達は立国川病院に直行した。


「孝子! 神子と火受美は!」


 手術室の前にある廊下の長椅子に座った孝子は流麗の切羽詰まる声を聞き、立ち上がった。


「火受美は多分脳震盪で済んでいそうだけれど今CTスキャンを受けているところ、問題なのは神子だけれど……肋骨を折られたみたいで手術を受けているところ」


「クソ! せめてあーしと武っチがその場に居れば……ジムなんか行かないでもっと早く行けばよかったのに!」


 流麗が悔しそうに壁を叩いた。


「はぁ? 何言っているの? あの二人が手も足も出ないで負けたんだよ? アンタ等二人が居たって怪我人が増えただけだよ」


 孝子は冷たく言うと、言葉を失った流麗に対して畳みかける様に言い放った。


「まさか、アイツ等にお礼参りしようとか考えてないよね? 私は御免だよ」


「孝子!」


 冷静さを無くしている流麗が孝子に掴みかかろうとしたので、俺は慌てて流麗を後ろから抱えて止めた。


「止めろ流麗! 病院の中だぞ! それに敵は孝子じゃないだろ!」


「はなして! ……離してよぉっ! 武っチ!」


 見た目に寄らぬ馬力で俺を引きずってでも孝子に掴みかかろうとしている流麗を必死に止めていると、「止めろ流麗!」と横から声が掛かった。


「火受美! 大丈夫なの!」


 診察が終わったと思われる流麗を静止させた火受美の声で、若干冷静になったのか?

 暴れるのを止めた流麗は心配そうに火受美に声を掛けた。


「ああ、CTスキャンの結果だけど私は異常が無かった。まぁ後日頭痛が続くようなら病院に来てくれって話だったけれど……」


 火受美は気落ちした様子で言った。


「それより、孝子が機転を利かせてくれたおかげで私達はこの程度で済んだんだ。孝子には感謝しているから悪く思わないで欲しい」


「そ……そうなんだ。ゴメン……」


 自分の過ちに気付いた流麗は孝子に向かって深々と頭を下げた。


「別に良いよ。アンタの単純なところは今に始まった事じゃないしね」


 実際のところ、麗との勝負を決めた際の駆け引きをNEO麗が有利になる様に事を進めたりしていたので言われる程単純では無いし、こう見えて頭も回る方だと思うが、親友二人がやられてしまった事に冷静さを無くしていた様だ。


「でも、二人のお礼参りだけはしないとね。それだけは譲れないよ!」


「だから、私は御免だって」


「NEO麗として、仲間がやられて悔しく無いの!」


 孝子の台詞で流麗は再びヒートアップし、流麗らしくない激しい口調になっていた。


「そりゃあ知り合いがやられて悔しく無い訳じゃないけれど、あんな連中とやっても勝てる見込み無いでしょ? それにね」


 興奮を治めようとしない流麗を見て、呆れた様に「ハアッ」と溜息を一つ漏らした後孝子は続けた。


「何時か言ったけれど、私は同じ道場のよしみとして、アンタが不良にやられるのが忍びないから付き合っていただけ。なのにアンタ、武っチ君の尻を追いかけてそっちのジムに行くって言うじゃない?」


 それって女を追いかける男に対して使う表現だよな、というツッコミはとにかく、流麗はひどく傷ついたような表情を浮かべていた。


「なっ……尻を追いかけてって、そんなつもりじゃ……無いとは言い切れないけど」


「勘違いして欲しくないけれど、そんな事は責めてないよ。でもね、こっちの道場を辞めるって言うなら、私はもうアンタと関係ないから、NEO麗が如何なろうと知った事じゃないよ」


「そっ……そんな言い方しなくても!」


「アンタの我儘に振り回されて私まで巻き込まれるのは御免だし、これ以上危険な目に遭うのは勘弁してほしいね」


 抗議する流麗に対して、冷めた目つきで突き放す様に言った。


「じゃあ、神子にお大事にって伝えといて。もう会う事も無いだろうからね」


 ひらひらと手を振りながら、孝子は俺達に背を向けた。


「分かったよ! アンタなんて友達でもなんでも無いんだから!」


 流麗が孝子に背に毒づいたが、孝子からの反論は無く、夜の病院の暗い通路の中に姿を消した。


「あんな冷たいヤツだと思わなかった! 自分だけが可愛いヤツだって本性が早く分かって良かったよ!」


「そんな事言うなよ。孝子のおかげで私達は助かったんだから、彼女を悪く言わないでくれ」


 火受美は怒りが収まらない流麗を宥めた。


「確かに、火受美と神子の二人が敵わない様な連中相手じゃ怖いと思うのは当然だろうな。孝子って別に不良じゃなさそうだし」


 俺も火受美のフォローをした。


 仲間がやられたから御礼参りという不良らしい発想は孝子には希薄だろうし、あるとすれば格闘家らしく、自分の手でやり返せといったところだろう。


「でも……NEO麗がやられたんだから、やり返さないと!」


「……気持ちは嬉しいけれど、私達の事は良いから、そんな事はしないで欲しい」


「如何してなの! 悔しく無いの!」


 流麗は自分がやられたかのように悔しがっていたが、火受美は軽く首を振った。


「勿論悔しいさ……そうやって怒ってくれている流麗以上にね。でも、それ以上にあんな化け物達と二度と関わりたくないって言う恐怖の方が強いんだよ……情けない事にね……」


 虚勢を張り憤慨する事も無く、率直に本音を吐露する火受美に対して、流麗も勢いを削がれた。


「で、でも……こっちには武っチも居るし、孝子が力を貸してくれないなら、火受美のお姉さんに力借りるとかできないかな?」


「東京に居ない姫野君の力を借りれないし、環お姉ちゃんの力を借りれば確かに対抗できるかもしれないけれど、この前迷惑をかけたばかりだし、そもそもプロ入り間近の環お姉ちゃんにこれ以上頼る訳行かないよ」


 孝子が抜けたことで、NEO麗は四人になってしまったし、骨折した神子は事実上戦力外だし、火受美にこれ以上戦いを強いるのは酷だ。


 つまり、流麗と俺しかNEO麗で戦える者が居ないのだ。


 火受美と神子には悪いが、流麗を守る為には御礼参りを諦めて貰った方が良いし、火受美もそれを望んでいる様だ。


 俺は流麗を止めようとしたが。


「でも……私は火受美達をやった連中を絶対に許せない! 私一人でもヤルよ!」


 止めようとしていた俺の気勢を制する様に流麗は宣言した。


 俺が止めたところで、本気で一人で仇を探しに行きかねない勢いだ。


 やはり流麗に付き合うしか無いのか?


 そんな事を考えていたら、俺達に慣れ親しんだ声がかけられた。


「一体如何なっているんだ? 説明しろよ」


 ジムの練習を切り上げたのだろうか?


 恵を連れて来た麗衣が俺達に事情を訊ねた。

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