第104話 MMA打撃クラスの練習⑶

「ふっふっふ……これで念願のJKに寝技をかけられるねぇ~」


「いや、寝技抜きですよ」


 よこしまな本性を露にする竹内さんに呆れて言った。


「美夜受ちゃんや十戸武ちゃん、それに周佐ちゃんだけじゃなくて、あんな可愛い子まで君の知り合いだったなんてね! 一人ぐらい別けてくれよ!」


「いや、別に誰とも付き合っている訳じゃないんで……それよりか、油断してると痛い目に遭いますよ?」


「どうして? 何と無く鈍そうじゃないか?」


 竹内さんは流麗が着ている道着からはみ出さんばかりの胸を見ながら言った。


「気持ちは分かります……って、いやいや! アイツ、ボクシングスキルヤバいですし、多分MMAでも恵といい勝負出来るレベルですよ?」


「え? マジで?」


 竹内さんは以前、恵とMMAルールのスパーリングを行って、舐めてかかったところ、受け身も取れずに一本背負いを喰らった後、パウンドで滅多打ちにされた悪夢の様な出来事を思い出したのか? 一寸顔色が悪くなっていた。


「まぁ、フルコンベスト4って言っても立ち技のスキルだけなら竹内さんの方が上かと思いますけど、試合経験が流麗の方がずっと豊富だと思いますし、油断はしないでくださいね」


 俺がそんな忠告を竹内さんにしていると、ふくれっ面で流麗が割り込んできた。


「ちょっとぉ~武っチ! 何でタケウッチの応援してるの! ここはカノジョ候補筆頭のあーしの応援するところジャン!」


 武っチとタケウッチじゃ響き的にややこしいな。


 それはとにかく、例え大学生相手でも先輩扱いしない呼び方をするのが流麗らしかった。


「ああ。ゴメン流麗。竹内さんは麗衣みたいに首相撲が得意なタイプじゃないし、多分タックルに対応できないから」


「……小碓君。君、よく蝙蝠って呼ばれていないかい?」



 ◇



 流麗と竹内さんによる3分1ラウンドのスパーリングが開始した。


 中学の部とは言え、フルコンの全国大会でベスト4の流麗とキックでAクラスの竹内さんのスパーリングは多くの会員の注目を集めた。


 ……いや、実のところ皆にとって竹内さんはどーでも良くて、麗衣並みの美少女で爆乳の流麗ばかり注目されているだけの様な気がするが、竹内さんには黙っておこう。


 流麗は構えから左足のみステップして予備動作の無いコンパクトなジャブを放つと、竹内さんは右手のパリーでジャブを弾いた。


 すると、流麗は構えを戻し間髪入れずに鋭いインローキックを竹内さんの左太ももに放ち、このコンビネーションを数回続けた。


 ジャブもローも軽打だが、相手をイラつかせるコンビネーションだ。


 最初は様子見をしていた様だが、竹内さんクラスともなれば何度も同じ攻撃を喰らってばかりではない。


 ジャブを打ってきたタイミングで踏み込んできた流麗に対し、上手く合わせようと左のジャブを竹内さんが放とうとした。


 だが、流麗の左手と左足の運びはそのままで、体を少し沈めており、竹内さんの左腋下に頭を運び、左ジャブを躱すと、左足を深く踏み込んで竹内さんの両足の間に着地させ、左手を竹内さんの右腰に回し、体をそのまま突っ込んで胴タックルを仕掛けた。


「なっ!」


 竹内さんは驚いた様だが、流麗の右腋下に左手を差し返し、相撲の様な右四つの差し合いの状態になった。


 普段の竹内さんならば「JKの胸にあたってラッキー♪」などと言いそうなものだが、流麗の思わぬ馬力に胆を冷やしたのか? 竹内さんの表情にその余裕はない。


 流麗は竹内さんの背中で両手をクラッチすると、両手のグリップを下に移動させつつ、肘を手前に引き付けると竹内さんの体は反り返った。


 体重をかけながら右足を竹内さんの左足の外側へ大きく踏み出した流麗は竹内さんを潰すようにして押し倒し、竹内さんの顔に胸を押し付けるようにしてハーフマウントを奪い、ガードポジションを取らせなかった。


「ブレイク! ブレイク!」


 流麗がテイクダウンを奪った事で桜田さんは二人を引き離すと、竹内さんは色々な意味で茫然とした表情を浮かべていた。



 ◇



「凄いな君! フルコンベスト4だから打撃は凄いと思っていたけれど、レスリングも出来る何て!」


 その後も流麗は打撃とタックルを巧みに使い分け、三回テイクダウンを奪い、竹内さんを圧倒したので、桜田さんは絶賛していた。


「そースカ? テイクダウン迄だったから止めたけど、寝技グラウンドも少しは出来るよ。まぁ、どちらかと言うと、ボクシングとレスリング主体の北米スタイルっスヨ」


 その少しは出来るという寝技グラウンドも俺より圧倒的に強いのだが。


「それは凄いね。是非ともこのジムに入って欲しいよ。美夜受に十戸武、それに君ならすぐにでも看板選手になれるだろうね」


 現役時代はMMAのスター選手でもあった桜田さんのお墨付きを貰い、当然流麗も悪い気はしないだろう。


「本当スカ? じゃあ、明日からよろぴくっスね♪」


 だからよろぴくって何時の時代のギャルだ?


 それはとにかく、こうして流麗がウチのジムに入る事が決まった。


「そうか……今度からMMAクラスで火明ちゃんと寝技グラウンドの練習も出来るんだね……ムフフ」


 竹内さんが簡単にテイクダウンを取られたショックでリベンジを誓っているのか?


 ……あの酔っ払いみたいな表情を見る限り、そんな訳無いよな。別の目的だよな?


 一寸流麗の身が心配になって来たけれど、まぁ一線を越えようとしたらボコられるのは竹内さんの方だろうから気にしなくて良いか。


「流麗! この後、フリーマットって言う柔術とMMA向けの自主練の時間があるんだけど、あたしともスパーしねーか?」


 二人のスパーを見て麗衣も火が付いたのだろうか?

 流麗とスパーリングをしたがっている様だ。


「ゴメンね流麗ちゃん。あーしも麗衣ちゃんとスパーしたいけど、この後、神子や火受美と待ち合わせしているんだ」


 流麗が両手を合わせて申し訳なさそうに謝った。


「ソイツは仕方ねーな……武。途中まででも良いから付き合ってヤレ」


 俺も麗衣達と自主練をしたいが、流麗が一人で居れば首師高校ひとごのかみこうこうの連中やNEO麗に恨みを持つ連中から襲撃をされる可能性も有り得る。


 要は流麗のボディガードをしてやれと麗衣は言っているのだ。


「ああ。分かった」


「わーっ! 嬉しいなぁ~武っチ! 話が終わったら二人でラブホにでも行く?」


 ハイ! 喜んでご一緒させて頂きます!


 俺が口にしかけたその時、麗衣が俺の襟首を掴んで俺の眼球を抉り取らんばかりの視線で睨みつけた。


「良いか? テメーの行動はアプリで把握しているからよぉ……いかがわしい場所にでも流麗を連れ込んだらテメーのキンタマをミンチにして多磨川の魚のエサにしてやるからよぉ……覚悟しておけよ?」


「ハイ。変な気を起こさない様に気を付けます……」


 麗のメンバーはスマホに位置情報確認アプリ入れており、メンバーが暴走族に襲撃されたり、拉致された時、助けに行けるようにメンバーの位置情報は共有しており、実際に一度、環先輩にボコボコにされた俺を勝子がこのアプリを利用して、場所を割り出してすぐに助けに来て貰った事がある。


 そのアプリは俺が麗から抜けてNEO麗に入ってもアンインストールさせて貰えないのは建前ではNEO麗のピンチを直ぐに救いに行けるからという事だが、俺の監視目的もあるのかも知れない……。

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