第103話 MMA打撃クラスの練習⑵

 麗衣と恵の二人が端に設置されている小さめのリングの上に立った。


 総合の試合に出場を決めて以来、麗衣は総合のクラスに参加する機会が増えた。


 スパーリングは場所を取るので数組ずつ交代でやっているのだが、最初に行う組に麗衣と恵のペアが含まれていた。


「よーい……スタート!」


 トレーナーの合図でスパーリングが開始すると、恵はランニングする様に大きく足を踏み出し、フックを振るいプレッシャーをかけると続いて右手を振り出し、右フックを放ち、麗衣のガードを上げた。


 恵の体がつんのめる様にして前傾し、体の回転に釣られて右足が前方にスライドした。


 キックやボクシングなどの立ち技格闘技においては教科書的に宜しくない打ち方だが、技の繋ぎで敢えてこの様な打ち方をしたのか?


 前にでかかった右足をそのまま前方に振り出し、麗衣に向かって突っ込む胴タックルで麗衣に密着すると、左上手の四つ組み状態になった。


 右足を左足に近付けるようにして一歩手前へ進むと、左腋を締め、右手の差しを強め、麗衣の体を傾け、体重を右足に乗せると、左足を大きく前に出し、麗衣の両足の間に放り込み、左足を引っ掛け、麗衣の体の右側にのしかかる様に押しながら、体重の乗った麗衣の足を刈り、更に左足を引きテイクダウンを奪った。


「ブレイク!」


 倒れた麗衣の上に恵がのしかかると、ストップがかかり二人は引き離された。


 MMA打撃クラスなのであくまでもテイクダウンまでのスパーリングとなるが、あのまま寝技に移行しても麗衣が返せる見込みは無かっただろう。



 ◇



「やるじゃねーか。流石に総合ルールじゃ分が悪いな」


 麗衣は率直に恵を讃えた。


 3分間行われたスパーリングで、恵は麗衣から3回テイクダウンを奪った。


 寝技まで行わない決まりなのでテイクダウンすれば事実上勝ちの様なものだ。


「ううん。麗衣さん最近になってMMAの練習を本格的に始めたばかりなのに凄いと思うよ」


「いや、テイクダウンの一つも奪えないんじゃまだまだだぜ。でも、今度はMMAクラスで寝技ありのスパーではやられねーからな」


 寝技勝負となればますます麗衣の方が分が悪い気がするが、柔術の練習を始めたというから、寝技に自信があるのだろうか?


 麗衣と言えばサムゴーを模倣したムエタイスタイルが代名詞みたいなものなので、あまり柔術とイメージが結びつかないが。


「うん。MMAルールなら負けないからね」


 恵もスパーリング大会にMMAルールで出場予定なので、同階級の麗衣は良い練習相手だろう。


 フィットネス人気でキックのクラスに参加する女性会員が増えてはいるが、キックに比べると練習がきついMMAクラスではまだまだ恵の練習相手になれる様な女性会員は少なかったのだ。


「凄いじゃん恵ちゃん! あーしともスパーしてよ!」


 麗衣を事実上完封した恵に対し、ジムに無料体験でやってきた流麗が目を輝かせながら訊ねた。


 流麗はフルコンタクト空手とグラップリングの道場を辞め、総合を始める事を考えており、今日俺達が通うジムに来たのだ。


「いや、流石に無料体験で来た流麗ちゃんにいきなりスパーさせる訳行かないでしょ?」


 恵は呆れたように言った。


「大丈夫! 誓約書書けばいいでしょ? 怪我しても文句言わないって」


 昔はヤンキーが気に入らない奴をシメる為にジムや道場で誓約書を書かせて、慣れないスパーをやらせてボコボコにするって話がよくあったらしいけど、今でもそう言う事を許しているジムなんかあるのだろうか?


「そういうジムもあるみたいだけど……ウチのジムじゃキッククラスで級を取得してからじゃないとスパーは許可されないから」


「むーっ! つまんないのぉ! フルコンでベスト4のあーしに級なんて要らないじゃん!」


 確かに流麗がキックの級を取得したところで今更感が拭えないが、決まりは決まりだから、そんな文句を恵に言っても仕方ないのだが。


「いや、君、中学の部でフルコン全国大会4位だったんだってね? だったらスパーも少しやっていくかい?」


 トレーナーの桜田“フラッシュ”隼太さんは俺達のやり取りを聞いていたのか訊ねると、流麗は目を輝かせて頷いた。


「ハイ! やりたいです! お願いします!」


「じゃあ、例外的に許可してあげる。俺もどの位君が強いのか興味あるしね」


「やったー! ありがとう! オジサンが相手してくれるの?」


「JKだとアラサーもオジサンなのか……俺じゃなくて誰か他の会員にやって貰うつもりだが……」


 桜田さんが俺達の誰かとスパーさせようとしていたのか、視線を向けると竹内さんが跳ねまわりながら挙手した。


「ハイハイはーいっ! 俺が相手します!」


「オイオイお前は女子と組みつきたいだけだろ?」


 桜田さんは竹内さんの下心をあっさりと看破するのを横目に、流麗は俺にちょんちょんと指で突いて訊ねてきた。


「ねぇ、あの如何にもナンパしてそうなお兄さん強いの?」


「まぁAクラスだし、アマチュアキックでは強い方かな? MMAの実力はこのクラスの練習来ているだけだからよく分からないけど」


 竹内さんのアマチュアキックの試合戦績は10戦7勝2KO2敗1分け。


 次回の試合ではAクラスに出場予定で、この試合に勝てばプロ入りも見えてくるので、言わばプロ予備軍と言って差し支えない。


 竹内さんとは過去に何回も手合わせをしており、マススパーリングが中心でガチンコのスパーリングの経験が無いとは言え、俺の実感ではまがりなりにもプロキックボクサーであった相田真よりもテクニックが上という感触だ。


「ハイ! あーしその人とやります! 是非やらせてください!」


 流麗は竹内さんが強い事を知り、喜んでスパーリングをやりたがった。


「まぁ、本人がそんなにやりたいなら良いか」


 桜田さんも体育会家のノリっぽく、結構いい加減に決めてしまった。

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