第105話 不機嫌の理由
「アハハハっ! ナニソレ、火受美! チョーウケルんだけど!」
私……織戸橘火受美はツレの草薙神子と一緒に撮ったプリクラを見て笑い出した。
プリクラで編集された私の黒髪は緑色に染められ、やたらと濃い睫毛が正直気持ち悪かったけれど、こんなので流麗が集合に送れている不機嫌を治してくれるのなら安い物だ。
「神子だって変じゃん。流麗じゃあるまいし、金髪なんか似合わないよ」
私は金髪に染められたプリクラに写る神子の変な髪の色を指摘すると、途端に不機嫌そうな表情に一変した。
「流麗……空手辞めちゃうってどー思う?」
しまった。流麗の名前を出すのは地雷を踏んだか。
「うーん……ボクシングと空手とSAWって三種類もやるのは効率悪いし、負担が大きいのは事実だからね」
得意のボクシングは続けるけど空手とSAWを辞めて、武さん達と同じジムでMMAを習うつもりである事を聞いていた。
今日はそのジムで体験をして、その後に私達と逢う約束をしていたのだ。
流麗が喧嘩を想定した総合に近いルールでのスパーで私や神子に及ばないのは、流麗の技術が各競技のつぎはぎ的である事に他ならない。
解りやすく言えば、打撃から投げ、極めへの連携が私達から言わせればあまり上手く無いのだ。
無論、武さんの様な総合をかじっている程度の人には充分通用するかも知れないけれど、総合に専念した使い手からすれば程遠い。
逆にボクシングやフルコンタクト空手など限定的なルールでは私達は流麗に勝てない。
競技に専念するならそれで良いかと思うけれど、流麗は選手としての栄光を求めているのではなく、あくまでも喧嘩に強くなる事を想定しているのだ。
だとすれば、打投極の連携を最も効率よく学べる総合格闘技を習うのが近道なのは自明の理だった。
「でもさぁ、武っチパイセンのジムって基本キックのジムじゃん? MMAクラスとか大した事無さそうじゃね?」
「いや、以前MMAクラスは然程充実していた訳でも無いらしいけれど、最近は柔術以外にレスリングクラスとかMMAの打撃に特化したクラスとかも出来て、会員の個性によって選べるクラスが増えてきたらしいね」
何でも最近はMMAの老舗団体に所属することになり、選手も育成する方針らしい。
因みに、その選手候補としては私と戦った十戸武恵先輩も含まれているとの話を武さんから聞いている。
「でも、納得いかないよねぇ……MMAやるなら私の行っているジムでも良いのに、どうして武っチパイセンなんかのジムが良いんだろ?」
その理由は明らかだが、言えば更に神子が不機嫌になるだろうから黙っていた。
最も、神子だってずっと流麗を見ているのだから、流麗が武さんに対して特別な感情を抱いている事ぐらいとっくに解っているだろうけど。
まぁ、認めたくないだろうし、あんなに神子が武さんに喰ってかかる理由の方も明らかなんだけれどね……。
そんな事を考えていると、目的が分かりやすそうな二人組の男達がニヤ付きながら声を掛けてきた。
「よぉ? 君達JKっしょ?」
「どーせヒマでしょ? 良かったら俺らと一寸遊んで行こうよ♪」
大学生と思しき男は私達の道を塞いでナンパしてきた。
「どいてくれない? 私、機嫌悪いんだけど?」
神子が睨みつけてもこういった女の態度にナンパ男は慣れたものなのか、唇を尖らせて「ヒュー♪」と口笛を吹いた。
「良いねぇ~気が強いお嬢ちゃん。嫌いじゃないよ♪」
「私はアンタみたいなの大っ嫌いなの! こっちは用が無いから消え失せて!」
そう言って横を通り抜けようとすると、所謂壁ドンで道を塞いで、神子の顎をグイっと持ち上げた。
「先輩の言う事は大人しく聞いた方が良いぜ。なぁ、グダグダ言ってねーで一寸付き合えや♪」
今度は粗暴な本性を隠そうともせずに神子に迫った。
「パイセンの言う事は……ねぇ」
多分、先輩と聞いて武先輩の事でも思い出しているんだろうな。
神子がナンパ男の手を振り払った。
「いいよ。私達と一緒に良い事しようよ。ねぇ、火受美♪」
神子がこれからやろうとしている事を理解して、私は思わずため息を吐いた。
まぁ、ナンパ君達には悪いけれど、神子の憂さ晴らしに付き合ってもらう事にした。
◇
「ひいいいっ! 勘弁してくれ!!」
ゲームセンターの近くにある路地裏で私達はナンパ男達に制裁を加えていた。
ナンパ男は左手で私の左手首を握ってきたので、私は左足を半歩前に出し、同時に握られている手首を返し、右足を半歩前に出しながら、握られている手首を返し、右足を半歩前に踏み出し、右の手はナンパ男の肘と肩との中間付近を刀拳で押さえつけ、同時に左足を若干前だす、日本拳法の「逆手押え捕」という関節技をかけると、情けない声で懇願を始めた。
「勘弁してくれって……如何しよっか? って、あっちゃー……」
神子の方を見て、私は頭が痛くなる気分になった。
神子はマウントポジションから男の顔を殴りつけていて、無抵抗で殴られ続けている男の意識はとっくに飛んでいて、瞼を腫らし、鼻も変形し唇も切れて血が飛び散っていた。
明らかに過剰防衛、やり過ぎだ。
「二度とナンパ出来ない顔にしてやれば良いんじゃない?」
「やめなよ神子。拳サポーターも嵌めないでそんなに殴ってたら拳痛めるよ?」
「そっか、じゃあ私のカバンから拳サポ出してくれる?」
「いや……というかもう止めときなよ。流麗から今後不良狩りはしないって言われていたじゃん!」
それに後々面倒な事にならない様に、わざわざ無傷でナンパ男を制圧したのにも関わらず、神子は派手にやってしまった。
「も……もしかして、アンタ等って麗か?」
私から解放されたナンパ男は腰を抜かしながら訊ねてきた。
「何で私達が麗かと思うのよ?」
「だっ……だってよぉ……不良狩りって言っていたし……、ヤンキーや族を狩っている女子って言ったら麗しかいねーだろ?」
「良く勘違いされるけど、正確に言えば私達はNEO麗だね。まぁ今は殆ど麗の傘下みたいなものだけどね」
自嘲気味に言ったけれど、余程事情に詳しい人でもない限り、麗もNEO麗の区別なんかつかないだろうな。
ものぐさな流麗が積極的に否定しなかった事もあり、NEO麗の不良狩りも今では麗の仕業と勘違いされているみたいだった。
そんな事を考えていると、別の存在の気配を感じ、そちらに目を向けると背筋が凍る様な悪寒を感じた。
「テメーラ麗の舎弟かぁ? 詳しい話を聞かせろやぁ♪」
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