第60話 視覚のトレーニング
「1足す4足す3は?」
両手にペンを持った勝子は俺に質問した。
「8」
「3足す2足す4は?」
「9」
簡単な計算に答えながら、俺は勝子が持つペンを目線で追った。
今俺がやっているのは「ペンシルサッカード・トレーニング」と呼ばれる練習で、眼を使うと同時に脳を働かせるトレーニングで、左右にある2本のペンを一定のリズムで交互に見比べながら、出題される計算問題に答えるというものだ。
相手のパンチに対応しながら的確に攻防の判断を下す能力に繋がるらしく、音夢先輩から教わったトレーニングを昼休みなどの空き時間を利用して行っていた。
教室の雰囲気に堪えられず、昼食を終えるとさっさと教室を出た俺は勝子と一緒にボクシング部の練習場に行き、このビジョントレーニングという視覚に関連するトレーニングを行っていた。
二人でトレーニングを行っていると、俺達に着いてきた流麗が計算問題の代わりに出題してきた。
「麗衣ちゃんのバストとカップは?」
「87のEカップ」
「じゃあ、あーしのバストとカップは?」
「90のFカップ」
「せーかーい! よく分かったね♪」
フッ。
そんなの1桁の足し算よりも簡単な問題だぜ。
俺のバストスカウターの正確さを舐めて貰っちゃ困る。
「じゃあ、勝子ちゃんのバストとカップは?」
「65のAAAAAカップ」
次の瞬間、俺の頭蓋骨が叩き割らんばかりの威力で勝子の拳が俺の頭に減り込んでいた。
「小学生じゃあるまいし! 幾ら何でもそんな訳ないじゃない!」
ペンを投げ捨て、俺の襟首を掴んで振り回しながら勝子は俺に罵声を浴びせた。
「大体なんで麗衣ちゃんと流麗ちゃんのバストは正確で、私のだけ適当なのよ!」
麗衣のバストのサイズ知ってたんかい。
それはとにかく、弁明をしないとマジで殺される。
「だっ……だって、勝子のは出てるかどうかも分からんのに測定のしようも無いって……ぶっ!」
俺が正直に答えるとガンガン頭突きで俺の頭を叩いてきた。
「アハハ! 二人ともオモロすぎぃ~お似合いだからいっその事付き合っちゃえば♪」
真面目な練習から一転させ、この惨状を招いた流麗は無責任にもゲラゲラ笑いながら寝言をほざいていた。
「こんなヘンタイと対等に付き合う訳無いでしょ? コイツは下僕なんだから、躾けているだけよ」
勝子はそう言って俺をゴミ収集車に投げ込まれるゴミ袋の様に放り投げた。
「そんな事より流麗ちゃん。まだ
俺に対しする話し方と180度違って、心配する様に流麗に訊ねた。
「大丈夫っしょ! サブティーと武っチが協力してくれるし。NEO麗は麗と喧嘩した時よりも戦力が上がっているから」
「そうかも知れないけど、麗衣ちゃんに協力して貰った方が良いんじゃない? そうすれば私も助けてあげられるし」
「いや、麗衣ちゃんに頼ったら本末転倒だし」
「本末転倒? それって如何いう事?」
「あっ、いや、まぁ……とにかく、強引に武っチ引き抜いちゃったし、これ以上麗衣ちゃんに迷惑かけられないしね」
「本当に困っていたら麗衣ちゃんは迷惑だなんて思わないよ」
「そこまで困ってないから大丈夫! それより、勝子ちゃんも心配してくれてあんがとぉ!」
そして、勝子を後ろから抱き寄せると、唐突に勝子の無い胸を揉みだし始めた。
「ああっ! 流麗ちゃん! 何するの!」
「ふふふっ……心配してくれたお礼に武っチに馬鹿にされない様におっきくしてあげようと思ってさ♪」
アレか。揉むとデカくなるっていうヤツか。
そんなモノは都市伝説だなどと野暮な事は言わん。
目の前に尊い光景が繰り広げられるのであれば、真偽など些細な問題なのだ。
「はあっ……はあっ……止めて流麗ちゃん」
「ふふふっ……口では嫌がっていても身体は正直だぜ」
親父の様な台詞を耳元に囁き、耳に息を吹きかけた。
「ひゃうん!」
「勝子ちゃんはかあいいなぁ、麗衣ちゃんに揉まれていると思って全身の力を抜いて……身を委ねて……ってイたあっ!」
何時の間にか、部室の中に入って居た神子が流麗の頭を殴って彼女の行為を止めさせた。
「いったぁー! 神子! 何スンのよ!」
「何スンのはこっちの台詞。NEO麗で集合って約束忘れてナニしてんのよ?」
流麗は短く「あっ」と声を出すと神子に謝った。
「メンゴメンゴ。武っチ呼びに行ったら、面白そうなトレーニングしてたからつい長居しちゃった系?」
「はあっ……まぁ良いわ。ついでに武っチパイセンも来て」
練習中なのだが、NEO麗のメンバーとなった俺としては従わざるを得ない。
俺は勝子に目配せすると、勝子は黙って頷いた。
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