第2章 ヤンキー女子高生の下僕はNEO麗のメンバーにさせられました
第54話 流麗の過去
―3年前―
あーし……火明流麗は大好きなお姉ちゃん、いや、お姉ちゃんの様な存在である美夜受麗衣……麗衣ちゃんが入院している立国川病院の303号室を訪ね、病室のドアをコンコンとノックしたけど、返事が無い。
「おじゃましまーす。あーしだよ! 流麗だよ! 入って良いかな?」
今度は少し強めにノックして、少し大きめの声を出したけれど、やはり返事が無い。
寝てるのか不在なのか分からないけど、ここまで来て引き返すのも虚しいので、あーしはドアの取っ手に手を掛け、横に引いてみると、鍵が掛かっていなかったのでドアが開いた。
「おじゃましまーす……あっ!」
あーしが覗き込む様にして303号室を覗くと、麗衣ちゃんの変わり果てた姿を見て、思わず声を上げてしまった。
ミイラの様に顔中を包帯で巻かれ、僅かに包帯の中から覗く目元と口元は閉じられていた。
でも、あーしが声を上げてしまった事で目が覚めてしまったのか?
麗衣ちゃんは包帯から覗く目を開くと、口元を抑えているあーしと目が合った。
「おう。流麗じゃねーか! 久しぶりに会うけど、元気にしてたか?」
麗衣ちゃんは努めて元気そうにあーしに声を掛けてきた。
「あーしの事より、麗衣ちゃんは大丈夫なの?」
この日の前日、麗衣ちゃんの家に遊びに行こうと連絡をしたら、叔母さんから麗衣ちゃんが大怪我をして入院している事を知らされ、病院にお見舞いに来たのだ。
詳細は聞かされて居なかったけれど、まさかここまで酷い怪我をしているとは思わなかった。
「こんなの大した事ねーよ! 気にすんな!」
麗衣ちゃんは大きな声で言った。
それは普段あーしに接する時より、少し声が荒くなっている様な気がする。
もしかしたらあーしに見られたくなかったのかな?
「で、どうしてそんな怪我したの? 事故にでもあったの?」
あーしは叔母さんから理由を聞いていなかった。
いや、正確に言うと、聞いてみたけれど教えてくれなかったのだ。
電話越しに何と無く言いたくない空気を察して、叔母さんには深堀して聞かなかったけれど、こんな姿を見たら聞かざるを得ない。
「……喧嘩で負けたんだよ」
麗衣ちゃんは小さな声でポツリと言った。
「え? 喧嘩って?」
「だから喧嘩で負けたんだよ! で、野郎どもにリンチされたんだ!」
麗衣ちゃんは今度は本当に声を荒げた。
「で……でも、麗衣ちゃん空手の全国大会で優勝したじゃん? 男子相手でも勝てると思うけど」
あーしが麗衣ちゃんの事を憧れ、好きになったきっかけが、空手の大会で優勝した時の麗衣ちゃんが余りにも格好良かったからだ。
男子でもこんな強い人居ないだろうな、って本気で思っていたし、こんなイケメンは居ないと思っていた。
あーしにとって、麗衣ちゃんは唯一無二の王子様だった。
でも、そんな麗衣ちゃんが男子相手とは言え、負けたのは信じられなかった。
「そりゃ小学の時の話だろ? あたしをボコった柏とか言うヤロウに言われたけど、小学生の時は女子の方が身体的な成長が早いから、男子より強いって場合もあるけど、中学になって男子の成長期になるとあっという間に逆転するって言われたな。ムカつくがソイツの言う通りだったんだよ」
「だったら……何で男子相手に喧嘩なんかしたの?」
荒っぽい性格だけど、意味も無く暴力を振るうような人じゃない。
何か事情でもあるのかと思い、訊ねた。
「……タケルの敵討ちの為だ」
麗衣ちゃんは自分の片割れとでも言うべき、双子の弟の名を口にした。
常に一緒に寄り添っていた二人は暴走族による事故で引き離され、タケル君は植物状態になり只生きているだけという状態にさせられてしまったのだ。
「まさか……その柏って人がタケル君を引いた人なの?」
「いや、アイツは珍走ですらねぇ、空手かじっているってだけの只の不良だ。情けねーけど、そんなのにやられちまったんだよ……」
包帯に覆われたその表情はよく分からないけれど、その落胆しきった声は、あーしが知る常に自信に満ちた流麗ちゃんの声じゃなかった。
「じゃあ、関係ない人と喧嘩なんて何でしたの?」
「だから、タケルの敵討ちの為だ。不良なら何か知ってるかも知れねーし、いざタケルの敵に遭った時、喧嘩で負けたら意味がないからな」
「つまり、不良と喧嘩したのは情報収集と腕試しって事なの……無茶だよ」
「そうだな……あたしも全然だな。たかが不良に負けちまうなんて弱すぎて、これじゃあ珍走相手に敵討ち何て出来やしねーよな」
あーしは麗衣ちゃんが小学生の頃、空手の大会で絶大な自信を持って臨んでいた姿しか知らないので、こんなに意気消沈した麗衣ちゃんを見て、胸が締め付けられるような思いになった。
「麗衣ちゃん。ソイツ、今どうしてるの? あーしがぶん殴ってくるよ!」
「ぶん殴るって……そういやぁ、お前も去年から空手始めたんだっけ?」
「うん! 麗衣ちゃん程強く無いと思うけど、それでも刺し違える覚悟でやっつけるから!」
「止めろ! 余計なお世話だ!」
身を起こした麗衣ちゃんが声を荒げ、その迫力であーしは口を開く事が出来なくなった。
「……わりぃな。その気持ちだけで充分だぜ」
麗衣ちゃんは声を和らげ、私の肩に手を置いた。
「それに、あたしの敵討ちなら
私達ぐらいの世代で格闘技を嗜むものであれば、その名を知らない者はいない超有名人だ。
「確かアンダージュニアだけどボクシングの戦績が全戦全勝全KO。しかも全試合1ラウンドKOだっけな? 強すぎて女子のエドウィン・バレロって呼ばれていて、将来五輪のボクシングで金メダルを期待されているって言う天才だよね?」
世界王者クラスで27戦27勝27KOという唯一のパーフェクトレコードを残し、しかも18戦目まで全て1ラウンドKOだったという伝説のボクシング世界王者、エドウィン・バレロの名前ぐらいあーしでも聞いた事がある。
華やかなレコードを築きながらも、反面、妻を殺害し、自殺したと言う狂気じみた人物でもあったけど、周佐勝子の試合を観ると、強さ以外にも何処と無く狂気じみた印象を受けた。
あの狂気がボクシングを知るものから言わせると、エドウィン・バレロを想起させるという事だったのか。
「ああ。三年の不良グループをたった一人で壊滅させた」
「え? それ本当!」
「勝子は本当に凄い。あたしみたいな雑魚じゃない。アイツは本物だった。でも、アイツの夢をあたしみたいなツマンネー奴のせいで駄目にしちまったんだ……」
ベッドを強く握りしめながら、懺悔する様に言った。
周佐勝子との仲がどの程度良いのか知らないけれど、自分の復讐心が自分を傷つけただけでなく、周佐勝子の未来を奪ってしまった事を無念に思っているのかな。
だったら……麗衣ちゃんにも、麗衣ちゃんの友達にもこんな事をさせちゃいけないんだ。
そんな汚れ役は麗衣ちゃんや周佐勝子みたいな将来性がある人じゃなくて、大して才能が無い自分がやるべきだ。
私は項垂れた麗衣ちゃんの姿を見て誓った。
大好きな麗衣ちゃんの為に、タケル君の仇は私が取る。
その為にもっと強くなるんだ。
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