第52話 小碓武VS火明流麗(2) もしかして天国への階段ってヤツ?

 俺が最も得意とするパンチは使うつもりは無いので、掌底で戦うしかないが、威力は半減しているだろう。


 ならば、蹴りを主体に戦わざるを得ない。


 俺は前蹴りを放つと、流麗は一歩前に出て、俺の蹴り足を下に振り落として受け流すと、俺の足が地面に着地するのと同時に軸足に重心を移し、伸び切った俺の足の膝裏に下段廻し蹴りを放ってきた。


「つうっ!」


 鞭で引っ叩かれたれると、こんな痛さなのだろうか?

 アマの試合でもジムのスパーリングでも基本的にレガースを着けて行われるので、ローキックでこんな衝撃を喰らうのは久しぶりだった。


「オイオイ! 君ってボクサーじゃないのかよ?」


「言わなかったっけ? あーしと神子は空手の初段だって」


 そう言えば、『NEO麗』が三人のメンバーで十三人までは倒せるとかいう根拠で自分が空手初段だからだって言っていたよな。


 某有名フルコンタクト空手団体の初段の審査で一対一で計五人相手に組手をして五人抜きしたから、流麗は一人で五人迄倒せるとかいう話だ。


 考えてみれば、さっきの右ストレートは追い突き、肋骨打ショベルフックちは鈎打ちそのものだよな。


 ボクシング部で見せていた流麗のスタイルと、初めて流麗と逢った時に見た喧嘩でボクシングを使っていたイメージが強かった為、何と無く頭の中で蹴りは使わないと決めつけてしまっていたが、今日の為に本当のスタイルを隠していたという事か。


 拳サポーターを使っている事から空手の使い手でもある事をもっと警戒すべきだった。


「まぁ、蹴りよりか突きの方が得意だからボクシングに転向したけれど、今でも週二回空手の道場に通っているから、空手もソコソコ強い系♪」


 ソコソコどころじゃないだろ。


 素人相手なら一撃で歩行不能になりそうだし、俺も立て続けに喰らえばヤバイかもしれない。


 だが、週二回だったら、蹴りの練習量は俺の方が遥かに上だ。


「じゃあ、どんどん行くよーっ!」


 流麗は牽制のジャブを放ちながら間合いを詰めると、俺の内股を目掛け下段廻し蹴りを放ってきた。


 俺は咄嗟に流麗の膝をカットすると「いたぁーい!」と言いながら流麗は俺と距離を取った。


「ちょっ! 武っチ痛いんだけどおっ!」


 喧嘩中に痛いとか文句言われても困るのだが……。

 こちらの毒気を抜かれるような事を言われ、つい追撃を止めて訊ねてしまった。


「空手の練習じゃローキックをカットされたことが無いのかい?」


「いや、あるけど、何か武っチの足のが痛いんだけどぉー」


 それは多分カットの仕方の違いだろう。


 通常、ローキックをカットする場合、外側に向けて軽く脚を上げるが、足先を地面に向けて垂直に上げる場合が多い。

 だが、俺は掬い上げて自分から脚を当てに行くようなイメージでカットしたのだ。

 すると、相手の脛に当たるので、蹴って来た相手の方が痛いのだ。


 真っすぐでは無く、角度をつける事で相手の脛のダメージを与える事により、相手がローキックを打つのが嫌がるのだ。


 これはブラッドさんが俺のローキックをカットした時に使ったテクニックで、あの時はあれだけでブラッドさんに恐怖を感じてしまった。


「テクニックの一つだよ」


「そう! じゃあ、コレならどおっ!」


 流麗は心が折れるどころか、再び下段廻し蹴り、いや、更に強く踏み込んだカーフキックを放ってきた。

 普通にローキックをカットしようとすると脹脛をけられてしまう厄介な蹴りだ。

 だが、俺は下手にカットせず、バックステップしてカーフキックを躱すと、流麗の蹴り足の脹脛を素早く奥足で蹴り飛ばした。


「いっつううっ!」


 カーフキックをカーフキックのカウンターで返され、流麗は悲鳴を上げた。


 可哀そうだが顔面を思いっ切り殴るよりはマシだろう。


「めっ……メチャクソ強いじゃん! 強いのは分かってたけどさ……もしかして麗で最強系?」


「いや、俺なんかこの前恵にやられたばっかりだし、勝子に至っては俺なんか足元にも及ばないさ。それよりか、降参するか?」


 これで不良狩りなんか無謀な真似を止めてくれるなら、それで良いが―


「やーよ。絶対に武っチに勝って、あーしのモノにするって気持ちが益々強くなったモン!」


 やはり、この程度で心が折れたら不良狩りなんかしないだろうな。


「やあっ!」


 気合と共に流麗は例の距離が伸びるワンツーを放ってきた。

 だが、これは距離が伸びるとは言え、攻撃が直線的だから見分けやすかった。


 俺はバックステップして左ジャブを外し、ヘッドスリップして右ストレートを躱しながら右ミドルを流麗の胴を打つと、流麗は嫌がる様に俺から距離を取った。


 俺と似たワンツーとは言え、空手ベースの流麗は一発一発を腕を引きながらしっかりと打つが、俺のワンツーは前拳と後ろ拳をほぼ並べ、前拳のジャブが引き始めないタイミングで右ストレートを1・1.5のタイミングで打つから、スピードで流麗を上回っている。


「くっ!」


 流石の流麗も軽口を叩く余裕が無くなっていた。


 流麗の上位互換という言い方はおこがましいが、如何にスタイルが似ていてるとはいえ、パンチでもキックでも俺の方が上回っており、何よりディフェンス能力が俺の方が圧倒的に高い様だ。


 他の立ち技格闘技よりも比較的距離が近いボクシングや、至近戦での殴り合いも辞さないフルコンタクト空手がベースの流麗と、距離が遠くディフェンスも重視するキックボクシングがベースである俺の意識の違いも大きいのかも知れない。


 いや、俺の場合臆病で打たれたくないからディフェンスが上手くなっただけかも知れないが。


「やっぱりボクシングや空手だけじゃ、本当に強い男の人には敵わないのかも……。試合だったらあーしが百回挑んでも負けそうだね。でも、これ喧嘩だから!」


 流麗はおおきく振りかぶってスウィングフックを放つ。


 ボクサーらしからぬ大振りを俺は左腕でガードしようとするが、拳先は俺の肩越しに振り下ろされると、流麗は体ごとぶつかる様にして覆いかぶさり、俺の首を掴み、間髪入れずに左手で俺の右腕を取ると、想像以上に強い力で俺の腕を引き寄せた。


「何!」


 ボクシングと空手しか使わないと思い込んでいた俺にとって、流麗が組んでくる事は想定外であった。


 その事も手伝い、流麗は首投げで容易く俺を投げつけると地面に強かに腰を打ち付けられ、激痛が走った。


「「武!」」

「武君!」


 麗衣と勝子、それに恵は同時に悲鳴を上げた。


 たった一度の首投げで流れが一気に流麗に傾いてしまった。

 

 流麗の攻撃は投げで終わらず、袈裟固めに移行すると、麗衣達の声は心配そうな声から怒号に変わった。


「武テメーっ! 嬉しそうな顔してるんじゃねえっ!」


 顔など見えるハズが無いが、麗衣がそんな事を言うのは、袈裟固めで俺の顔が極めようとしている流麗の胸に押し付けられているからだ。


 事実、自分の顔は見えないが、顔を圧迫する重量ヘビー級のやわらか果実に押しつぶされ、俺は幸せそうな表情をしているに違いない。


「流麗! 武が変態だって事知ってるからってセコイ事してんじゃねーぞ!」


 え? もしかして流麗にも俺の本質が見抜かれていたのか!


「やーよ! この位のサービスしてあげなきゃ武っチ可哀そうじゃん!」


 そう言いながら、俺の頭を引き上げて締める腕の力を強め、頸部を極めてくると冗談抜きに天国への階段を昇りそうになった。


 こうなると、寝技はほぼ素人の俺には覆しようも無く、堪らず俺は流麗の腕をタップした。

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