第50話 十戸武恵VS織戸橘火受美 総合対日拳

 恵と火受美の戦いはファーストコンタクトから激しいものになった。


 姉と同じく日本拳法の使い手らしい火受美はやや前傾姿勢で水月の高さに両手を構えた所謂中段構えを取り、対する恵は両手を額の高さに上げ、前後の足幅を大きく開き、ボクシングとキックボクシングの間ぐらいの高さで構えを取ると―


「シュッ!」


 先に攻撃を仕掛けたのは恵だった。


 空手の刻み突きの様に距離が遠く、鋭いジャブを火受美に放つ。


 火受美は間合いを外して受け流すと、間髪入れず恵が技を繋げる前に側拳と呼ばれるは縦拳を返した。


 恵はヘッドスリップして側拳を躱し、右ストレートを返すが、火受美が顎を引き、上体を後方に反らす反身そりみという躱し技で攻撃を躱すと、後ろ足の伸張力で上体を起こし、後ろ足の踏ん張りを活かして放たれた後拳面突きが恵の顎を捉えた。


「くっ!」


 だが、タフな恵はこの程度では倒れはしない。


 恵は左の軸足を踏み込み右足を蹴り出すと、腕で顔をガードしながら足を振り上げ、上体を倒し、腕を大きく振りながら火受美の側頭部に目掛け、ハイキックを放った。


 だが、火受美は寄せ足で後退し、間合いを外す事で恵の蹴りを容易く躱した。


 それでも恵の攻撃は止まらず、足を引き戻した勢いで火受美の懐に踏み込み、右のボディストレートを狙う。


 それも火受美は半歩後退し、前手の刀拳で腕の前腕部を下に払い落すと、後拳面突きで恵の人中を強く打ち抜き、更に左面横打ち、ボクシングで言う左フックで恵の頬を打ち抜いた。


「恵!」


 立て続けのクリーンヒットに俺は思わず声を上げてしまったが、恵はバックステップして間合いを取ると、心配するなと言わんばかりに俺の方に向かって手を突き出した。


「やるわねぇ。『後の先の達人』と言われた姫野先輩と同じでカウンターが上手ね」


 日本拳法の試合であれば一本だろうが、これは試合ではない。


 恵はあれ程の強打を喰らいながら、ケロッとした様子で話しかけていた。


 まぁ、恵が『天網』で活動していた時に長野と言う同世代の間では最強と言われていた空手使いに鍛えられていたと言うからタフさは折り紙付きだ。


「ありがとうございます。貴女も強いから手加減出来なくてスイマセン」


「それはお気遣いどうもねー。以前、流麗ちゃんがNEO麗の中じゃ貴女が最強だ、みたいなこと言っていたけれど、本当みたいね」


 そう言えばさり気なくそんな会話をしていた事を思い出した。


 恵とのファーストコンタクトを見ただけだが、姫野先輩そっくりな戦い方を見る限り彼女達の中で最強というのは本当かも知れない。


 だが、流麗達は何処か彼女が戦う事を不安がっていたのは何故だろう?


「それは分かりませんが、貴女には勝って見せますよ」


「へぇ、だけどそれは無理だから!」


 恵は狙いを定められない様に頭を振り、間合いを詰めながら大きく荒々しい右のスウィングフックで火受美に殴り掛かった。


 火受美は顔面を守る様にガードを上げる。


 すると、恵は右腕で火受美を覆うようにして肩に腕を掛け、左腕を脇に差し、そのままの勢いで火受美を押し倒そうとぶつかった。


 右スウィングから胴タックルに繋げる総合らしいコンビネーションだが、体格で上回る火受美は倒されずに踏ん張り、逆に左手で恵の右腕を掴むと同時に右腕で恵の首を巻き込み、火受美の腰に恵の腹より少し下を乗せながら一挙に左の方に投げつけた。


「痛っ!」


 首投げで返された恵は受け身を取りながらも地面に強く打ちつけられたが、すぐさま上体を起こし、背中が地面に着かない状態になると、強く足で火受美の腹を押し返し、立て続けにニーガードで覆われた火受美の足を蹴った。


「くっ!」


 火受美は膝を蹴られただけにもかかわらず顔を苦痛で歪めていた。


 押し返された火受美が距離を取ると、恵は左膝を立て、右膝を寝かせた状態から腕は脇を閉め、膝を立てた側の左手をしっかり伸ばし、打撃が来てもディフェンスができるように逆手は斜め後ろに着き、着いている手と足で尻を浮かせると、残っている足を後ろに引き、最後は前足でバックステップして、立ってファイティングスタンスに戻し、すぐに打撃ができる構えを取った。


 イノキアリ状態から柔術立ちで素早く立ち上がった恵は立ち上がり様に火受美にインローキックを放つと、火受美は膝を上げてカットしたが、カットしたはずの火受美は表情を歪めていた。


「火受美さん。君、もしかしてフルコンタクト空手の経験もあるのかな? ローキックのカットも上手いわね」


「ハイ。日本拳法の練習が無い日はフルコンタクト空手の道場にも通っています」


「だとしたら、日本拳法の使い手の弱点であるローキックは貴女には効かないハズだけど……」


 恵はスッと構えを解くと、火受美に背を向けた。


「なっ……何のつもりですか?」


 困惑した火受美は背後から襲い掛かる事も無く訊ねた。


「この勝負。私の負けで良いよ」


「「「なっ!」」」


『NEO麗』の全員が声を上げた。


「何故ですか? 私のが有利に戦いを進めていたのは確かですが……納得いきませんね」


「君、怪我しているでしょ? しかも結構深刻な……それでもこれだけ戦えるなら、万全な状態の君と戦ったら勝てないんじゃないかと思ってね」


 恵は振り返ると火受美のニーガードを指さした。


「何でそっちからタイマンを希望しながら今日になってから臆面も無くニーガードの使用を求めてきたのか考えてみたけれど、あの日の後、何時か知らないけれど膝を怪我したからでしょ? さっき膝を蹴った時の様子で直ぐに察したよ」


「……その通りです。でも、それに気付いたなら膝を徹底的に攻めれば貴女が勝てたかもしれないのに、何故?」


「分からないかなぁ? スパーリングだけど私は貴女のお姉さんに負けちゃった事があってね。だから、貴女との戦いは凄く楽しみにしていたんだけれど、怪我している貴女に勝っても全然嬉しくないよ」


 恵が言うのは彼女が麗に加入した際、姫野先輩とスパーリングした事だろうか?

 

 アレは日本拳法のルールだったし、恵も練習が出来ていなかった時期のことだし、しかも相手があの姫野先輩だったから仕方ないと思う。


 それでも、姫野先輩は受験があり麗の女子会と称するスパーリング会に参加したのが最後であった為、恵にとって心残りであったのかも知れない。


「格闘家なら何処かしら負傷を抱えている物だし、戦うのが当たり前じゃないですか? それに武道なら猶更、何時でもどんな状態コンディションでも戦えるようにするのは当たり前の事です!」


 試合に勝つのが目的の格闘家と違い、常時戦場を意識する武道を学ぶ者らしい考え方だ。

 いや、最近は武道でも競技化が進むにつれ試合に勝つ事が目的となり、火受美の様な考え方の方が珍しいと思われているかも知れないが。


「それもそうだけどね……でも、やっぱりどうせなら完全な状態で全力の貴女とやりたいから。それに私個人としては、目障りな武君がそっちに取られても構わないしね」


 オイ。

 今聞き捨てならない事をサラッと言わなかったか?


「君が納得いかないなら、後日、ニーガードなんか外して出来る状態になったら、もう一回やりましょう。だから、今日は私の負けで良いよ」


 まぁ、俺に関する事はとにかくとして、姫野先輩の妹さんをこれ以上怪我させたくないという想いは俺も同じだ。


「しかし……」


「待って火受美! ここは有難く勝ちを譲ってもらいましょう」


 まだ納得がいっていない様子の火受美を流麗が遮る様に言った。


「流麗。この位の怪我大丈夫だ!」


「分かっているって。これ以上続けても火受美が勝っただろうから、やるまでもないでしょ?」


 本気でそう思っているのか、あるいは火受美を納得させる為にそう言ったのか分からないが、火受美は黙って頷いた。


「じゃあ、お互いに1勝1敗って事で最後の一戦で『麗』と『NEO麗』の勝敗を決めて良いよね?」


「ああ。次で決着だ」


 流麗の台詞に麗衣が頷いた。


「最後の勝負は、こっちはあーし。で、指定する相手はあーしも最初から決めていたんだぁ」


 流麗が舌なめずりをしながら、俺に指さした。


「武っチでよろぴく。優しくしてね♪痛くしないでねぇ♪」


 妙に艶のあるエロい声で俺を指定してきた。


 まぁ、相手からすれば勝子と俺、どちらかを選ぶとすれば、当然俺を選ぶのが無難だよな。


「良いぜ。先輩の威厳を少しは見せてやるよ」


 何とも締まらない台詞で返した俺は彼女と戦う事になった。

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