第45話 そろそろスタイルを固める時期だ
本当に腕が引っこ抜かれたのかと思うような左フックをミットで受け、暫く腕を動かせなかった。
その為、休憩を挟み、今度はブラッドさんにパンチミットを受けて貰い、そのフックを打つと明らかに音の質が普通にフックを打つ時と違った。
拍子抜けする程簡単な打ち方であり、しかも俺でもKOを狙える威力を秘めていた。
「この
「ハイ。分かりました」
確実に相手に止めを刺す時には使えそうだが、躱された時にリスクが大きい、ハイリスクハイリターンなパンチである。
「さて、もっと教える事は多いが、残念ながらジムの終了時間が近い。だから最後に一番重要な事を伝えておく」
時計を見ると、あと15分程で22時を迎えるところだった。
「そろそろ君はムエタイのスタイルにするか、キックボクサーのスタイルにするか。スタイルをはっきり選んだ方が良いな」
「如何いう事でしょうか?」
「具体的にミドルキックの打ち方で説明してみよう」
ブラッドさんはサンドバッグの方を向くと、アップライトスタイルに構えた。
そして、サンドバッグの外側に踏み込むと、軸足を外に向け、ミドルキックを放った。
そのまま数発ミドルを放つと、ブラッドさんは俺の方を振り向いた。
「次は打ち方を変えてみるから違いを見て欲しい」
続けてブラッドさんはややクラウチングスタイル気味に前傾姿勢になると、真っすぐ踏み込むと小さくスイッチし、軸足をあまり返さないで素早く左ミドルキックを放った。
「二種類のミドルの打ち方をやってみたが、違いが分かったかい?」
「ハイ。最初の打ち方は典型的なムエタイのミドルキックの打ち方で、次の打ち方は比較的パンチが得意な日本人や西洋のキックボクサーに多いミドルキックの打ち方ですね」
「ああ。それぞれ長所と短所があるのだが、それを説明しよう」
そして、ブラッドさんは再び最初にやったムエタイの構えを取り、ミドルキックを打つと説明を始めた。
「先ずはムエタイ式のミドルキックの打ち方だが、軸足を外に向ける事で腰を入れてキックが打てるから強いミドルキックが打てる。それに外側に踏み込む事でパンチのカウンターを貰いづらくなるのが長所だ」
「そうですね。ジムのクラス練習だと基本的にムエタイ式のスタイルから教わるので、俺もこの蹴り方です」
「その様だね。だが、このスタイルにも弱点がある。何か分るかね?」
俺は少し考えてから答えた。
「……パンチが打ちづらいですね」
「その通りだ。踏み込む事で強いキックを打ててもパンチに繋げづらくなる欠点がある。逆に後からやったスタイルだと如何違うか、分るかい?」
今度は二回目にやってみせたミドルキックを再び打って見せた。
「こっちのがパンチ打ち易いですね」
「その通りだ。だが、正面に立つ事でカウンターを喰らうリスクがある。それぞれのスタイルに長所と短所があって、パンチを主体にするか、キックを主体にするかでスタイルが違ってくるのだが、君の場合、ムエタイスタイルで繋ぎが悪いパンチを武器にしようとしていて、ちょっとチグハグで勿体ない感じがしたんだ」
「確かにその通りかもしれませんね……」
「個人的には君は無理にムエタイスタイルを続けるより、パンチャーのスタイルに変更した方が良いと思う」
クラス練習でムエタイスタイルに合わせていたが、やはりパンチを打ちやすいスタイルの方が良いか。
「ですが、ムエタイスタイルと比べると、正面に立つ分どうしてもミドルをキャッチされたりカウンターを喰らうリスクが増しますよね?」
「NO。君の場合小さいからムエタイスタイルでミドルや
小さいとはっきり言われた。
そりゃあアンタから見れば小学生みたいなものだろうだし、悪意は無いんだろうけど。
「ミドルキックを打つ時、スイッチを小さくして、軸足をあまり回転させず、シャープにキックを打つ事で多少はキャッチされづらい攻撃が可能だ。カウンターを防ぐ為には、左手を前に出して牽制して、顎は右手でガードすると良い」
「威力を乗せようとして、左手を後方に振るのはあまり良くないのですか?」
「確かに威力は出るが、相手の
俺はブラッドさんの指示のままに右ストレートを打つフォームで拳を伸ばすと、腕を振って左手が下がったブラッドさんの頬のあたりに拳が届いた。
「こうやって右ストレートを喰らいやすい。もう一度同じ様にパンチのフォームを取ってくれ」
再び右ストレートを打つフォームを取ろうとすると、ブラッドさんの左手で遮られ、腰に軽く脚を当てられた。
「相手が右ストレートを打ってきた時、カウンターで相手の上体と腰の回転を止める事で右ストレートの威力を殺し、同時に左手を前に出す事で右ストレートを防ぐ事が可能だ」
確かにジムではサイドステップしてミドルを打つのが基本と教わったが、相手から攻撃された場合、時間的に間に合わない可能性が高い。
だからサイドステップせずにそのままの位置でミドルキックを打ち、カウンターで相手の攻撃を殺すのもまた
「だが、タイミングが少しでも遅れると右ストレートを喰らってしまうというリスクがある。まぁ、如何やってもリスクは増すかもしれないが、君の長所を最大限活かすには後者のスタイルの方が合うと思う」
確かに今後はボクシング部の試合に出る可能性もあるから、双方の練習をする際にパンチャーのスタイルの方が技術的な乖離は少なくなりそうだ。
「分かりました。実は俺もパンチャーのスタイルの方が向いているかと思っていたので、今後はシフトしたいと思います」
「まぁ、修正には少し時間が掛かると思うし、ジムのトレーナーの理解も必要だが、長期的に見れば君の為にもなるだろう」
「ハイ! ありがとうございました!」
ブラッドさんに礼を言うと、俺の肩に手を軽く乗せた。
「今日一日では伝えきれない事が沢山あったからね。君がアメリカに来てくれても大歓迎だよ」
「いや……冗談だとしても光栄なんですが、そもそも、プロになる気は無いので」
「ハハッ! 冗談のつもりでは無いが、俺の誘いを断ったぐらいだ。絶対に
「いてっ!」
ブラッドさんが激励する様に俺の肩を強く叩くと、先程腕が抜けそうになった腕の痛みがぶり返し、涙が出そうになった。
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