第43話 インローキックとMMA向けのローキックの打ち方を教わった

「まず、スパーを開始した時、ファーストコンタクトで問題を感じた。君が何をしたか覚えているかい?」


「あ、ハイ。確かインローキックから入ったかと思いますが」


 身長差がある相手にジャブで突いていくのは不利なので、最初はインローキックで足から潰す事を考えたのだ。


 だが、あっさりとカットされ、却ってこちらの足を痛めそうになったのだ。


「そうだね。君はインローキックを。それが駄目なんだよ」


「え? 如何してですか?」


 只でさえ体格差があるのだから、思いっきり蹴り込まないとダメージを与えられないのでは無いのか?


「先ず、インローキックで狙う内股は膝に近い位置にあるからカットされやすい。だから、攻撃した足の方がダメージを負いやすいし、下手をしたら骨折もしかねないから思いっきりキックするのは危険なんだ」


「成程!」


 ローキックをカットされただけでこちらが恐怖に陥ったのはこんな理由もあったのか。


「あと、内股の筋肉は薄いから軽く当てても効きやすいんだよ。だから、深く蹴り込むように強く蹴るより、素早く引くキレのある蹴りを打った方が良い」


 以前、重いパンチはフォロースルーを効かせ対象よりも先を打ち抜くようなイメージで打ち、キレのあるパンチは素早く引いて打てとパンチの打ち別け方を麗衣に教わったが、蹴りも本質的には似たようなイメージという事だろうか?


「それに蹴り込もうとすると如何しても引きが遅くなるし、キャッチされる恐れもある。特にMMAのファイターにキャッチされて、バランスを崩されてテイクダウンを取られたら我々キックボクサーは成す術が無いだろう」


「あっ!」


「何か思い当たる節でもあるのかい?」


 思い当たる節どころでは無い。


 先日の恵とのスパーリングではこちらがローキック主体で攻めていたらインローをキャッチされ、あっさりとテイクダウンを取られ、何も反撃が出来なかった事を思い出した。


「たった一度スパーしただけでよくそこまで分かりますね」


「そりゃあ、君がファーストコンタクトの後、明らかにローキックを打つのを怖がっていたからね。恐らく他にも失敗した経験があるんじゃないかと思ったのさ」


「その通りです。ローキックは止めた方が良いでしょうかね?」


「いや、やはり君の体格から考えると相手の下から切り崩すべきだろうからね。君はパンチがライトウェイト並みに強いが、それを最大限活かすにはやはりローキックがカギとなるだろう」


 バンタム級の俺がライト級並みのパンチって……キックのトーナメント決勝戦で戦った堤見選手にもそんな事を言われたけど、流石に大袈裟じゃないか?

 それはとにかく、俺の様な小さな奴にとってローキックが欠かせない武器である事は本当だろう。


「じゃあ、早速打ち方を練習してみようか」


「ハイ! お願いします!」


「じゃあ、先ずは俺が打ち方の手本を見せよう。左のインローを打つ場合は。後ろ足に軸足を寄せて、体重を後ろに掛けながら相手の内腿をキックして、当てたら素早く蹴り足を引く」


 一度、ゆっくりとインローキックの動作を説明しながらゆっくりとフォームを取り、次はサンドバッグを実際に蹴ってみせると、蹴り足を素早く引いているにも拘らず、サンドバッグを打つ音は過去に俺が聞いたどの選手の蹴りよりも重く鳴り響いた。


 左ミドルキックを打つ時の様にスイッチをしてはならないのは目から鱗だった。


「先ずはミット打ちで正しいフォームを覚えるんだ」


 手本を見せた後、ブラッドさんはキックミットを腕に嵌めた。


「じゃあ、実際にやってみよう」


「ハイ! 宜しくお願いします!」


 俺はフォームを修正されながら、十回程インローを蹴ると、具体的なコンビネーションを織り交ぜての打ち方を学んだ。



 ◇



「大分良くなったな。次はアウトローキックもやってみよう」


 インローの練習が終わると、次は通常のローキックの練習が始まった。


「さっきMMAの選手相手にインローキックが捕まれた後、テイクダウンを取られやすい話をしたが、アウトローキックでもキャッチされるリスクはある。まぁミドルキック程危険では無いが、それでも足を取られる危険性があるのは変わらない」


 通常、キックボクシングのローキックの打ち方は膝を曲げる事無く、足を棒上にして深く蹴り込むのが基本だ。

 だが、MMAでは競技の性質上、足を取られたらテイクダウンを取られて寝技グラウンドに持ち込まれる可能性がある。


「足を取られるリスクを極力減らすなら、膝を曲げた状態で相手の足に引っかける様にしてフックキックを放つと良い。武。一寸俺に向かって構えてくれ」


 ブラッドさんに言われ、構えてみた。


「軽く当ててフォームを見せるからよく見ていてくれ」


「ハイ。お願いします」


「では、こんな風に膝を曲げながら相手の太腿に引っかける様にフックキックを打つんだ」


 ブラッドさんは膝を曲げたままゆっくりと俺の太腿に足を引っかける様にして触れた。


「そして、当てた直後に膝をターンさせて足を抜くんだ。こうする事でキャッチされるリスクが減るし、次の攻撃にも移りやすい。例えばこんな風にな」


 抜いた足を俺の足元に落とし、オーソドックススタイルからサウスポースタイルに変わると、そのまま片足タックルをして俺の足を取った。


「キックを打った後、足を元の場所に戻す動作は結構モーションになるから、相手の足元に蹴り足を落とすのがコツだ。まぁ、MMAの選手ならこういうタックルに繋げるコンビネーションが基本だろうが、君の場合、アッパーやフックなどのショートパンチか首相撲クラッチから膝蹴バーティカルニーりに繋げるのが良いだろう。じゃあ、やってみよう」


 こうして俺はMMA向けのローキックの打ち方、そして先程俺が恐怖を覚えたローキックのカットの方法も教わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る