第42話 超一流選手に直接教わる事になりました。
MMA打撃クラスが終了後、俺と麗衣は妃美さんに呼ばれた。
「麗衣。大丈夫か?」
あの後、出て行った麗衣は近場の公園で安静にしていたらしく、クラス終了後に恵と一緒に帰って来た。
「まぁ、綺麗に吹っ飛ばされたらしいから変に踏ん張って耐えたりして顎が折られたりしてねーから大丈夫だわ」
麗衣は平静を装っているが、内心穏やかじゃないだろうな。
「で、妃美さん。話って、いよいよ問題児のあたしにお引き取り願う決意でもしたんですか?」
案の定、麗衣はネガティブな事を言い出した。
麗衣も自分の行動に問題がある事を自覚していた様だ。
「何やけっぱちな事言っているのよ。らしくないわねぇ。あの位でお払い箱にするぐらいならとっくにしているわよ」
「じゃあ何なんスカ? 脳震盪起こしたし、帰ろうと思うんですが」
「まぁ、この後の自主練は無理だけど、レイチェルさんが貴女に伝えたいテクニックがあるから、それを十戸武さんをパートナーにしてミット打ちで見せて教えてくれるって」
「え……マジっすか!」
途端に麗衣の目が活き活きとしてきた。
幾ら負けた自分が相手とは言え、いや、寧ろ負けたからこそ、レイチェル選手から教わるのがどんなに凄い事なのか理解したのだろう。
「マジです。羨ましいわね。私だってレイチェルさんに直接教わりたいのに。でも、脳震盪起こしたんだし、麗衣ちゃん帰りたいんだよねぇ~?」
わざとらしく意地悪く言う妃美さんに対して麗衣は必死に首を振った。
「いえいえ! 休んでたらもうすっかり治りましたんで! あと、自分もう動けますんで恵じゃなくて直接あたしに教えて下さい!」
「全く現金な子ね……でも、これ以上の練習は許可できません。本当は帰って貰いたいけれど、十戸武さんがやっているのを見学して、後日二人で練習するとかにしなさい」
トレーナーとしては選手の安全を管理するのは当然の事なので、今日手酷く失神した麗衣に練習をさせないのは当然の配慮であった。
「ちぇっ! ケチ! で、
「そんな失礼な呼び方したら本当にお払い箱にするわよ?」
「へいへい。分かりやした。Mrs.レイチェルは何処に居るんスカ?」
「彼女は二階の自主練習用のスペースに行ったわよ。今日は十戸武さんと武君以外の他の会員には帰って貰ったから」
その後も妃美さんは細かい経緯を説明してくれた。
大勢の会員から質問が殺到するだろうし、クラスの練習だけならとにかく、個人レッスンまでゲストの二人を付き合わせる訳にはいかないとジム側が考慮しており、今日はクラス終了後の自主練は無しと決まっていたが、意外な事に二人は無料で俺達だけトレーニングしてくれる事になったらしい。
「そっスカ! ありがとな!」
そんな事を言いながら、上機嫌で麗衣は二階の自主練用のトレーニングルームへ向かった。
「武君はブラッドさんが教えてくれるってさ。本当に羨ましいわね」
「妃美さんも教われば良いじゃないですか?」
「いや、二人はこの後の事は無償で教えてくれるって話だから、私まで教わってサービス残業の時間延ばすわけにいかないでしょ?」
大人の世界ってものは中々単純に行かない物なんだな。
「雨降って地固まるっていうか、貴方達、あれだけ失礼な事したのに相当気に入られたみたいね。でもアメリカには行っちゃ駄目だからね。君達はこのジムで金の卵になって貰うんだから」
いや……いきなりにアメリカ行く訳無いし、そもそも金の卵って言われてもプロの成る気無いんだけど……。
◇
「予め断っておくが、俺も元はアスリートの端くれ。ストリートファイト向けの戦い方を教えるつもりは無い」
マンツーマンで教えてくれるブラッドさんは最初にそう断言した。
「だが、スパーリングで君の欠点を色々と気付いた事がある。それを克服して欲しいと思う。今日一日では伝えられることは少ないかも知れないが、君なら一流のマーシャルアーツの選手になれるだろうし、今から伝える技術を如何活かすかは君次第だ」
つまり、今からブラッドさんが教える技術を選手を目指す為に使おうが、喧嘩で使おうがどちらでも良い暗に言っている様だ。
ブラッドさんはポンと俺の肩に手を置いた。
「それに愛する者を守る為に力が必要と言う気持ちは分からなくも無い。俺だってレイチェルやエイプリル、それにジューンの為ならばもっと力が欲しいと思うさ」
「でも、ブラッドさんは充分強いですよね?」
「いや……世界は広い。世の中にはプロ格闘家でも及びもつかない様な真の化け物が存在するんだよ……まぁ、そんなモノの事は知らない方が幸せかもしれないけどな」
この「キックの魔獣」と恐れられたブラッドさんにここまで言わせるほどの人物が選手以外にも存在したとでも言うのだろうか?
だが、ブラッドさんがその事についてこれ以上深く触れる事は無かった。
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