第38話 「キックの魔獣」にスパーを申し込んだ
「うーむ……俺達もダイヤの原石を見つけてつい興奮し過ぎた事があったが、少々話が拙速すぎたか」
ブラッドさんは残念そうに言った。
「But she said she wasn't going to be a professional. Is there any reason?」
(でも、彼女はプロになる気が無いって言ったわね。何か理由でもあるのかしら?)
「There may be her circumstances.」
(彼女の事情があるのかも知れないな。)
二人が何やら英語で会話をすると、ブラッドさんは俺に話しかけてきた。
「君、レイイのボーイフレンドだろ? 我々と一緒に行けないのは分からなくも無いが、プロにもなる気が無い理由は知っているかい?」
同じ疑問を感じた事があり、俺は麗衣に聞いた事がある。
だが、俺はこの人に率直に答えるつもりは無い。
「事情は知っています。でも、教えるのに条件があります」
初めて会話をする俺に対していきなり条件を付きつけられ、ブラッドさんは驚いたような表情を浮かべていた。
そりゃそうだよな。こんな失礼な態度。
だが、ブラッドさんは却って興味を持ったようだ。
「条件とは何だね?」
「俺とスパーリングしてください」
ブラッドさんは「Why?」とでも言いたげな表情で俺を見ていた。
俺の様なチビに言われる事が想像つかなかったのか?
少し考えてから俺に言った。
「ヘッドギア、レガース装着で16オンスのグローブで、ごく軽めのマススパーリングならOKだが」
「いいえ、さっきの麗衣と同じでオープンフィンガーグローブ、それとファールカップだけ着けて、本気のスパーリングをお願いします」
「ノー。馬鹿げている」
ブラッドさんは即座に拒否した。
まぁ、恐らく軽く見積もってもミドル級以上の体格のブラッドさんとせいぜいバンタム級の俺では相手にならないと誰でも思うだろう。
さっきの麗衣とレイチェルさんどころの体格差では無いのだから猶更だ。
「麗衣が如何してプロになる気が無いのか知りたくないのですか?」
「無論興味はある。だが、その事が何故、君が俺とスパーリングをする事と結びつくんだ?」
まぁ、理屈じゃ分からないだろう。
「なんつーか……アイツがやられたなら俺もアイツの仲間として借りを返さないといけないんスヨね。敵討ち。解りますか?」
「敵討ちか……忠臣蔵の大石内蔵助のように仇討ちでもしたいのか?」
ブラッドさんは日本語のみならず、日本文化もよく研究しているようだ。
戦後GHQが仇討ちをさせない為に忠臣蔵の放映を禁止していたという逸話があるが、流石に今時忠臣蔵を引き合いにだすのはエキゾチック過ぎないか?
とは、馬鹿にしない。
実際、俺は「麗」のメンバーとして麗衣の敵討ちのつもりでブラッドさんにスパーリングを頼んでいるのだから。
「まぁ、そういう事っスヨ。よく分かってますね」
我ながら麗衣の様にデカイ態度を取っていた。
「ハハハッ! 一応聞いておくが、選手経験はあるかい?」
「これでもアマキックのCクラスのトーナメントでは全勝全KOで優勝しました」
Aクラスで3階級優勝の麗衣に比べれば大した実績では無い。
ましてや、「キックの魔獣」ブラッド・ノア・スチュワートからすれば俺など手合わせするに値しない、嘴の黄色いヒョッコに過ぎないだろう。
「少なくても素人ではないようだね。別にそこまでして聞きたい訳では無いのだが……」
それでも、ブラッドさんは俺の目をちらりと見ると、意向を汲んでくれた様だ。
「分かった。だが、ルールはキックルールで肘無し、首相撲からの膝蹴りは1回まで。グローブは俺が16オンス、君は6オンスで良いだろう。時間は三分一ラウンド。それが条件だ」
これだけグローブハンデがあったとしても、この階級差では気休めみたいなものだが、勿論、危険は承知の上だ。
「良いでしょう。そのルールでやりましょう」
ブラッドさんの提案したルールで承諾した。
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