第34話 レイチェル・"ブロンディ"・スチュアートVS山元優美(2) 美人ママさん対決の勝敗の行方は?

 麗衣にどこぞの独裁国家もかくやという言論弾圧をされたとはいえ、俺の言う事は正しかった。


 序盤の情報収集で、山元選手の距離感、攻撃のリズム、そして癖までも見抜いたのだろうか?


 攻守の優位が素人目にも分るほどハッキリと入れ替わっていた。


 足を使い距離を取ろうとする山元選手だが、レイチェルは動きを読んで圧力をかけ最小の動きで山元選手と距離を詰めると、何時の間にか山元選手はコーナーポスト近くにまで追い込まれていた。


 総合でよくある八角形のゲージでは無く、日本では未だに主流の四角形のリングにおいて、レイチェルの様なストライカーは対戦相手をコーナーポストに追い込むのが得意そうだ。


 レイチェルは先程の趣向返しと言わんばかりにロングフックで山元選手の端正な頬を打ち抜く。


 山元選手の距離を把握したのか?


 先程は躱せなかった返しの山元選手の大振りのロングフックを今度はスウェーバックで完璧に躱すと、基本のスタンスよりも更に横向きに身体を向け、右膝を横に抱え込み、足首を内側に曲げると膝のスナップを効かせ、腰を回転させながらサイドキックを放ち、足の踵が山元選手の胴を勢いよく蹴り飛ばすと、山元選手はコーナーポストに背を打ち付けた。


 日本では、ほぼ半身に近い構えで打ちやすい伝統派空手かテコンドーの試合位でしかあまりお目にかかる事の無いサイドキックだが、昔からアメリカのマーシャルアーツではよく使われている技だ。


 確か空手では複数の敵と戦う為の技だったから、一対一で行われる試合においては伝統派空手以外じゃあまり使われないんだっけな?


 それにムエタイにはない技だから当然日本のキックボクシングでもあまり見かけず、どちらかと言えばトリッキーなスタイルの選手が使うイメージがある。


 だが、威力は強力で、タイミングよくカウンターで決まればダウンも奪える威力を秘めている。


「テメーはベニー・ユキーデかよおおおっ! 古くせぇ技あっつかうんじゃねえよおおおっ!」


 K-1が影も形もない時代、藤原敏男等が選手だったキックボクシング創成期に近い時代に活躍したレジェンドの名前まで出して批判しているが、ある意味誉め言葉じゃないか?


 それぐらい麗衣も混乱している様だ。


 山元選手はレイチェルの正面に立ち、ミドルキックで返すが、カウンターの前蹴ティープりで突き飛ばされてしまい、山元選手はよろめいた。


 正面からミドルを打とうとすると、どうしても最短距離から直線的に放たれる前蹴ティープりよりも命中が遅れるし、カウンターの良い餌食なのだ。


「だあああっ! だから! その位置からミドル駄目だって言っただろおっ!」


 何時の間にかコイツは山元選手の指導者になっていたのか?


 いや、スポーツ観戦あるある。「俺が監督」と言う奴か。


 スマホ越しで俺が首を傾げている事など露ともしらず、戦況が悪化する度に麗衣の歓声はドンドン悲鳴に近くなってきた。


 本格的に攻勢を強めたレイチェルはワンツーからあたかも胴を削り取る様な左ボディのコンビネーションで、山元選手の体をくの字に曲げると、更に距離を詰め、山元選手の後頭部に左手を回し、右手でグローブ全体を掴むようにしてクラッチを組み、山元選手の頭に体重をかけるようにして頭を下げた。


「膝が来る!」


 麗衣がそう叫び終わる前にレイチェルはバネが跳ね上がる様な勢いで山元選手のボディに右膝を突き刺した。


 レスリング世界王者の山元選手とは言え、キックボクサーの肩書も持ち、ムエタイ戦士ばりのレイチェルの首相撲から逃れるのは難しい様だ。


 そのままテンポよく弾むレイチェルの膝を3発4発と打たれながら、何とか外から腕を入れた山元選手は押し下げる様にしてクラッチを外した。


「だああああっ! そりゃ罠だって!」


 麗衣の言う通り罠だった。


 膝地獄を逃れたのも束の間、離れ際に左足の軸を使って回転し、体重を乗せたレイチェルの肘で山元選手の顎は打ち抜かれると、その美貌の顎は大きく跳ね上がった。


 わざと首相撲を解いて、一瞬気が緩んだところに肘が待ち構えていたのだ。


 やはり打撃ではレイチェルの方が一枚も二枚も上手だと言わざるを得なかった。


 しかし、この不利な状況でも山元選手は諦めず、レスリング世界王者の意地を見せる。


 至近距離から山元選手とレイチェルが見合うと、スッと上体を沈めた山元選手はレイチェルに組み付き、背中で両腕をロックすると、頭部を脇に差し、レイチェルをマットに倒した。


「逆転だああああああっ! そのままぶちのめせええええっ!」


 一喜一憂する麗衣のペースに合わせていると鼓膜のスペアが何枚あっても足りんわ。


 そんな俺の苦境を他所に試合は続いている。


 ティクダウンを取られながらも有利な攻防を展開したのはレイチェルの方だった。


 レイチェルはガードポジションから山元選手の両手を掴み、真っすぐ腕を引きよせたと思いきや、腰を大きく左に開き、山元選手の両腕を自分の右側に手繰り寄せた。


 恐らく最初に真っすぐ引き寄せたのはフェイントで、山元選手は横方向の崩しに意表を突かれ、レイチェルは左腕で素早く山元選手の右腕を抱えた。


 山元選手は腕に気を取られたのか? 一瞬頭部が無防備になってしまったのをGFCのトップファイターであるレイチェルは見逃すはずもない。


 いや、レイチェルがそう仕向けたと表現した方が正しいだろう。


 レイチェルが間髪入れず山元選手の顔の前に左の膝裏を持って行くと、彼女の下腹部が丁度山元選手の右肩に密着する様な状況になり、技に移行する体勢が整っていた。


 レイチェルが全身をくるりと右回転し、山元選手の右肩を両足で挟み、圧力をかけながら、山元選手の右肘を丁度レイチェルの腹部に当てながら、腰を突き出し、裏十字固めを決めると、山元選手の腕は完全に伸び切った。


 こうなると山元選手は成す術も無く、無念の表情でマットをタップした。


 1R4分40秒。


 GFCの女王は評判に違わぬ強さで日本女子格闘技界のヒロインを圧倒した。

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