第11話 亮磨先輩からの電話

 女子会が終わり、ジムで練習後、家に帰るとスマホの着信音に設定してある久石譲作曲で北野武監督の映画の主題曲『Kids Return』のオープニングパートが流れ始めた。


 映画『Kids Return』は高校生の友達二人が、ヤクザとボクサーそれぞれの道で頂点を目指すが大きな挫折を経験するっていう結末だけ見るとクソ虚しい話だが、映画のラストシーンが印象的で懲りないバカ二人が卒業した高校に来て二人乗りで校庭を自転車で乗り回しながら


『俺達もう終わっちゃったのかな?』


『馬鹿野郎! まだ始まっちゃいねぇよ!』


 という北野映画でも屈指の名台詞を言い放つのだ。


 これは俺が一番好きなキックボクサー、『野良犬』小林聡の入場曲に使われており、この台詞がこれ以上似合う漢は居なかっただろう。


 ん? 小林聡が引退したのは2006年だって?


 お前何歳だって?


 まっ……まぁ、それはとにかく、俺はスマホのディスプレイに表示された名前を見て、あまり待たせる訳に行かないと思い、受話のマークをスライドした。


「ハイ。小碓です」


「おう、小碓か。赤銅あかがねだ。一寸込み入った話があるんだが、今時間貰って平気か?」


 電話を掛けてきた相手は赤銅亮磨あかがねりょうま先輩だ。


 暴走族、鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードの元特攻隊長でプロボクサーであり、俺達が通う立国川高校の卒業生でもある。


 かつて麗衣率いる麗と対立し、亮磨先輩は麗衣との激闘の末敗れ、以降は共通の敵である邊琉是舞舞ベルゼブブを倒すために和解。


 その後は友好関係を保ち、たまにスパーリングを行ったり、ボクシングの試合観戦に招待されたり、つい先日には卒業旅行まで共にした仲だ。


 言わば、今では友人と言っても良い亮磨先輩だが、心なしか、亮磨先輩の声には威圧する様な響きがあった。


「実は最近妙な噂を耳にしてな……それでお前に確認したい事があるんだ」


「亮磨先輩が姫野先輩に告白してフラれたとか噂になったんですか? そんな話誰にもしていませんよ?」


 何と無く亮磨先輩から嫌な話を聞かされそうな予感がした俺は和ますつもりで言ったが、和むどころか更に口調が荒い物になっていた。


「バカ! まっ……まだ告白してねーからフラれてねーよ! ていうか人の話の腰を折るんじゃねーよっ!」


 あ、まだこのオッサン告白して無かったんかい。


 姫野先輩は性同一性障害で男を好きになる事は無いらしいし、麗衣の事が好きらしいから、まだ亮磨先輩が告白していないのは良かったかも知れない。


 いや、いっそのことスパッとフラれた方が早めに未練が断ち切れて亮磨先輩にとって良いのかも知れないのかな?


「姫野先輩の件じゃなきゃどんな用事ですか?」


「……お前ドンドン図太くなってねーか? まぁ怖がられるよりは良いけどよ」


 亮磨先輩はヤクザみたいな声と顔から想像できない程仲間想いな所があるんだよな。


「で、話を戻すけどよぉ、噂って言うのはお前等、『麗』が最近無差別に不良を襲っているって話を聞いたけど、ありゃあ本当か?」


「はあっ? 何ですかそれは!」


 思わず俺は相手が先輩であるという事も忘れ、電話口で大声を上げてしまった。


「……お前、俺の事ぜってーに先輩扱いしてないだろ?」


「スンマセン……寝耳に水って言うか、初めて聞いた話だったので」


「まぁ、その様子じゃあ本当に知らなそうだから教えてやるけど、麗と思しき3人組の女達が立国川のゲーセンやコンビニで不良達が襲われる事件が多発しているらしくてな、中には元・鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードで襲われた連中も居るらしい」


「それこそあり得ないですよ……今となっては麗が解散した鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードを襲う理由なんかありませんし、そもそも麗のターゲットは暴走族だけで、一般の不良じゃないですからね」


 麗衣は弟のタケル君が暴走族のせいで事故に遭い、植物状態になった事で犯人捜しも兼ねて暴走族を潰しているのだ。


 だから、暴走族ではない一般の不良は向こうから仕掛けてでも来ない限り、麗衣のターゲットには成りえない筈だが。


「そもそも、そうだとしたら何で同じ麗のメンバーである俺が何も話を聞いてないんですか?」


「そうだよな……だが、その3人組はそれぞれボクシングとキック、それに武道を使うと言っていた」


「武道? 一言で武道って言っても色々ありますが、どんなヤツですか?」


「あっ……ああ、武道を使う奴の話なんだが……」


 亮磨先輩はややどもりながら言いづらそうに話を続けた。


「その……どうやら、背丈格好が織戸橘そっくりで打撃も投げ技も使ってきたと言っている。恐らく日本拳法の使い手だろう」

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