第3話 小碓武VS相田真 身長差25センチの対決

 相田の事ならば、格闘技のニュースで少し話題になり、情報があるので知っている。


 確か身長185センチ、スーパーライト級(61.235 - 63.503kg)でデビュー予定らしい。


 この位の身長ならばミドル級 (69.853 - 72.575kg) でもやれそうだが、野球時代から細見であったらしく、通常体重が67キロ程度なのでスーパーライト級が適正体重らしい。


 対する俺は身長は160センチで最近練習量が増えてアマチュアキックのバンタム級(51-54キロ)の体重を維持するのも難しくなっていて、今ではフライ級(51キロ以下)が適正体重になっている。


 体重差が10~15キロ程度、身長差は約25センチか。


 相田の実力がどの程度か未知数だが、体格的には圧倒的に不利だった。


「へっ! 胸を貸してやるだ? 女の前だからって格好つけて痛い目に遭っても知らねーからな!」


 相田は顎を引き、肩をリラックスさせながら脇を締め過ぎず、ボクシングよりもやや高い、頬の位置に軽く握った拳を構えると、腹を軽くへこませ、左足を前に出し、正面に向ける、キックボクシングの基本の構えであるアップライトスタイルに構えた。


「格好つけているだけかどうか試してみるか?」


「ハッ! 上等だ!」


 相田は正面からステップして、こちらに接近すると、牽制する様に軽く放たれた右の前蹴りを俺はバックステップして躱した。


 恐らく距離を測る為に軽く打たれた蹴りだが、想像以上に長い距離で飛んできた。


 続けざまに、今度はガードをしながら右ひざを引き上げ、引き上げた右足を伸ばして強い前蹴りを放ってきた。


 先程よりも更に距離が長い。


 だが、スーパーライト級という相田の蹴りはスローに感じた。


 俺は斜め前に踏み込み、蹴りを躱すと同時にオーバーハンドライトを放つが、スッとスウェーバックで上体を引いた相田の顎にパンチは届かなかった。


 オイオイ!


 やっぱりこの身長差は反則だよな?


 身長177センチでフェザー級の体重を3キロオーバーした外国人選手と試合をした事がある俺だが、流石に25センチ差は未知の領域だ。


 だが、顔にパンチが届かないならば下から崩していけばいい。


 俺が至近距離に踏み込もうとすると、相田は左右の足をスイッチすると同時に、腕を上げた反動を利用し、腰を入れて左膝を突き出す膝蹴りを放ってきた。


 これだけ身長差があると、俺が少し前傾姿勢になるだけで顔面に届いてしまう。


 だが、相田の特技が長身を活かした膝蹴りである事は想定していた俺は右手で顎を守りながらスウェーバックして膝蹴りを躱すと、身体を戻すスピードを利用し、その勢いを乗せた右ストレートを相田のボディに打ち込んだ。


「うっ!」


 所謂、ロックアウェーと呼ばれるカウンターで俺の攻撃が初めて相田に届いたが、これで手を止めてはやられてしまう。


 俺は体勢を戻すと、左足を捻った状態でアウトステップし、再度左膝を打とうとする相田の軸足に刈り取る様に右のインローキックを打ち込むと、肉を打つ高い音が辺りに鳴り響いた。


「テメェ!」


 頭に血を昇らせた相田は尚も左膝で攻撃しようとするのでインローキックを打ちながら下がった。


 セオリーでは長身の相手にはこちらから距離を詰めて下から切り崩すが、俺は敢えて下がりながら距離を取り、呼び込んでからインローで徐々に削りながら相田を焦らす事にした。


 案の定、3度、4度とインローキックを打たれながらも俺を捉えられない相田は焦りが表情に出始めていた。


「いい加減にうざってえぞ! このチビが!」


 相田は強引に距離を詰めると、打ち下ろす様に右ストレートを放ってきた。


 元野球選手で、しかも投手だった相田の右ストレートは確かにスピードも伸びも凄まじい物だった。


 だが、幾ら強いパンチでも当たらなければ相手は倒せない。


 左斜め前に小さく踏み込むと風切り音が鼓膜を震動させる相田の拳を横目に、左足を軸にして身体を捻りつつ、右足の膝を畳んで持ち上げ、膝を入れ込む様にしてインパクトを利いた右のミドルキックを叩き込んだ。


「ぐふっ!」


 小さくサイドステップし、右足の膝を畳んで持ち上げた事で相手との間合いが近くても素早くミドルキックを打てるのでカウンターに最適なのだ。


「ううっ……」


 相当効いたのか?


 相田の表情が蒼褪め、明らかに弱っていた。


 かつての俺と同じ様に数カ月程度のトレーニングではまだまだボディを鍛えられていないのだ。


 幾ら打撃に非凡な才能があったとしてもボディばかりは短期間で鍛えられない。


 しかも、身長差があるからこちらの下からの攻撃は入りやすい。


 俺が追い打ちを掛け、叩き折るつもりで左右のフックを肋骨に叩き込む!


 ボディフックを打つのは体勢を下げなければならないリスクがあるが、肋骨打ちならばあまりフックを打つのと変わらない軌道で打てる。


 肋骨打ちは主にフルコンタクト空手で使われる技術であり、ボクシングの技術では無いが、ラウンド数が短いアマチュアキックボクシングではボディブローでじわじわと苦しませるより、速攻性のある痛いダメージを与える事が出来るので有効な攻撃だし、喧嘩ならば猶更だ。



「チョーシくれてんじゃねーぞ! がっ!」


 口で強がりながらもガードも上体も下がっていた相田の顎を左アッパーで突き上げると、大きく顔を跳ね上げた。


 尚も倒れない相田の右軸足にインローキックを叩き込むと、バランスを崩した相田は両手を地面に着いた。



「へぇ……驚いた! 君、チョーツヨカワっ! お姉さん感動したよ!」


 恐らく年下と思われる流麗がそんな嬉しさが半減するような賛辞を俺に贈って来た。


「いや……まだ、決着はついてないから、こっちに来ないで……」


「そ……そうだぜ……まだまだ勝負はこれからだぜ……」


 予想通り相田は立ち上がって来た。


 技術的には未熟とは言え、流石に全くのド素人よりはずっと耐久力があるようだ。


「一応、聞いとくけれどデビュー戦控えているんだろ? これ以上壊されない内に止めておいた方が良いんじゃないか?」


「うるせぇ! 一発でも当たればテメーなんざ、ぶっ倒れるんだよ!」


 相田は性懲りも無く左膝を放とうとするが、俺が右ローキックを打つフェイントを見せると、相田の動きは止まった。


 今まで左膝蹴りを打とうとすると、軸足に右インローキックのカウンターを合わせてきたので、相田はカウンターを恐れ、本能的に左膝を打てなくなっていた。


 つまり相田の武器を一つ潰したのだ。


 左膝さえ封じてしまえば、あと相田の攻撃で警戒すべきは右ストレートぐらいで、懐に飛び込むのは怖く無い。


 俺は今度は右ローキックを左太腿に叩き込み、意識を足に逸らすと、右足を戻した勢いを利用し地面を蹴りながら左足を踏み出し、相田のガードの下に潜り込むようにして懐に飛び込むと、相手の腹から背中を貫くイメージで左ボディストレートを打ち抜いた。


「うっ!」


 鳩尾に入ったフォロースルーを効かせたパンチは驚くほど拳に手応えを残さず、突き抜けるような感触だった。


 利き腕でもない左のボディストレートだが、綺麗に入ればこれ程効果があるのだろうか?


 相田は尻餅を着き、再び地面に手を着いていた。



  最後の右ローから左ボディストレートは最近著者がやったスパーリングで本当にダウンを奪ったコンビネーションです。自分でもかなり驚きました。(イキリかいw)

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