第4話 ツヨカワ男子とツヨカワ女子
「うわぁ~凄い! メチャクソツヨ!」
流麗は不意に俺に抱き着くと、馴れ馴れしく頬ずりをしてきた。
「ちょっ……一寸、流麗さん? まだ危ないよ」
香水なのかシャンプーなのか分からないけれど、密着した流麗の甘い香りにドギマギしながら俺は彼女に言った。
「え? でもいい加減に
流麗が首をしゃくった方向を見ると、相田は腹を押さえたまま立ち上がって来ない。
試合ならとっくに10カウントと言ったところだろうか。
「試合する前で良かったね。アマチュアでバンタム級の俺にすらこの様じゃあ、プロのスーパーライト級の選手と試合なんかしたら、如何なっていただろうな?」
こんなので本当にプロになれるのか?
これ程の体格差がありながら、まだ一発も攻撃を喰らってなかった。
とてもプロのキックボクサーに勝てたという実感が無い。
それ程この相田という選手は弱すぎた。
ROSEのプロモーターは相田の憎まれっぷりから注目を集める事を狙っていたのかも知れないが、話題先行にも程がある。
「うっ……うるせえっ! ……何してるんだテメーラ! 手を貸せ!」
相田があっさりと倒されたからなのか?
茫然としていた二人男達が吾に返ると相田の前に立った。
「ちっ! 相田……テメー、何時も俺はプロだプロだって威張っているくせに全然よぇえじゃねーか! 良いぜ。俺達兄弟はボクシングやっているからな。テメーより上だってことを見せてやるよ!」
まるで某有名ボクシング漫画の様に前髪が長く突き立った男と五分刈りの男は兄弟と言うだけあって髪型以外は背丈格好がよく似ていた。
二人とも相田よりは背が低いとはいえ身長170センチ半ば、恐らくライト級程度だろう。
マズイな。
いざ戦ってみれば拍子抜けするほど弱かったとは言え、かつてない程長身の相手との戦いは必要以上に神経をすり減らされていた。
この状態で実力が未知とは言え、ボクサー二人を相手にするのは難しいかも知れないが―
「へぇ……貴方達、ボクサーなんだ」
そう言うや否や、スッと俺の前に流麗が立った。
「待って! 危ないから逃げてくれ」
「大丈夫だって! 君がツヨカワ男子だったみたいに、あーしもこう見えて結構ツヨカワ女子だしぃ♪」
拳を掲げた流麗の手を見ると何時の間にか左右の手にフルコンタクト空手の試合で使われるような合皮製の拳サポーターを嵌めていた。
「拳サポーター? まさか、君も格闘技を使うのかい?」
普通の女子が拳サポーターなんか持ち歩く訳が無いので、驚いて流麗に聞いた。
「さぁ? 如何だろうねぇ?」
そう言いながらも、流麗は左足を前に出し、右の拳を顎の横において、脇を締め、左の拳は肘を直角に曲げて前傾姿勢の構えを取った。
「お嬢ちゃんも格闘技ごっこかい?」
「良いからかかってきなさいよ。似非ボクサーさん♪」
「このアマ!」
俺が止める間もなく、ボクシング漫画の様な髪型の男は流麗に距離を詰めると、いきなりの右ストレートを放った。
「危ない!」
俺は殴られて血塗れになる美少女を想像したが、俺も、そして相田と五分刈りの男、そして何よりも流麗に殴り掛かった男自身が信じられなかっただろう。
「ぎゃああっ!……」
只の一撃で流麗に殴り掛かった男は口元を押さえながら地面を転げまわっていた。
「く……クロスカウンター?」
流麗は相手のパンチをヘッドスリップで潜り、躱した瞬間に被せる様にして電光石火のクロスカウンターをお見舞いしていたのだ。
こんな鮮やかなカウンターを打てる女子は俺の知る限りでは勝子位しか居ない。
それぐらい美しいカウンターだった。
「てっ……テメー!」
五分刈りの男は首を刈らんばかりの左フックで流麗に襲い掛かった。
だが、流麗は鮮やかにU字を描くウィービングで躱すと、膝を曲げてコンパクトに肘を引き、膝のバネを使って腰を右に回転させると同時に肩のスナップを利かせ、男の鳩尾辺りを左のボディアッパーを真っすぐ突き刺した。
「おえっ!」
ほぼ垂直に入った一撃で男は吐きそうな声を上げたが、流麗は容赦をしない。
パンチを引き戻した流麗は左足を軸にして、右半身を後方に回転させると、相手のガードの隙間から鼻に向かって一直線に突き上げる様にして鼻を打ち抜き、男の顎を跳ね上げた。
通常、格闘技の構えでは顎を引くのが一般的な為、アッパーでいきなり顎を狙っても打ち抜くのは難しいが、鼻にアッパーを打つ事により、相手は痛みで反射的に顎が上がってしまうのだ。
流麗は更に腰のバネを効かせ、もう一撃、跳ね上がった顎に左アッパーを叩き込むと、インパクトの瞬間思いっきり手首を返した。
「がっ……」
大きく背を反り返らせた男は糸が切れた人形の様に崩れ落ちた。
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