第19話 消えた記憶の秘密。
自分のことが全く分からない。
それはとても恐ろしいことだ。
二歳児のソフィアとは違う成人女性の自分がいることは確実なのに、それがどんな人物だったのかが分からない。
大人でもなければ子供でもない。
この世界の人間でもなければ、地球の人間でもない。
今の私は中途半端な存在だ。
その事実が、大きな疎外感となって私を蝕んでいた。
「うーん、難しい質問ね」
取り敢えず座ってとリーチェ様が指を鳴らす。
すると、絨毯の上に豪奢な二人掛けソファが出現した。
さすが神様。やることなすこと理解不能だ。
ソファの端にちょこんと座ると、隣にリーチェ様がどかっと腰掛ける。
「そうね、まずは名前と記憶の関係についてお話ししましょうか。名前とは、すべての存在の根幹。存在そのものを縛る
「枷?」
「そう。と言っても悪いものではないのよ?――名前は存在に
「・・・クッキー?」
突拍子のないたとえ話に目を瞬く。
「えぇ。ただの生地でしかない物体に、抜型は形を与える。ただの生地をクッキーとは呼ばないでしょう?でも、型抜きをしてオーブンで焼けば、それはクッキーという名を与えられる。・・・わかる?」
「・・・なんとなく?」
「ならいいわ。・・・名前だってそう。名前はあなたたちに人間という容を与え、個人の区別を与えた」
「つまり、名前はアイデンティティみたいなものってことですか?」
「まぁ、そんな感じよ」
名前がアイデンティティという事は、私の記憶が欠けているのは名前が思い出せない所為ってこと?
「じゃあ、私が名前を忘れたのは、なんでですか?」
「・・・一種の防衛本能だと思うわよ。貴女の存在は元の世界に染まり過ぎている。そのままではこの世界に馴染めないもの。この世界で生きる為に、一旦名前を忘れることにしたのではないかしら」
「・・・なるほど」
確かに、自分の家族や友人について覚えていないおかげで、私は今こんなにも冷静でいられるのかもしれない。
全て覚えていたら、家族や友人に会いたくなって、今頃泣いていたのかも。
ん?そう言えば。
「一旦ってことは、また思い出せるんですか?」
「それは何とも言えないわね。必要に迫られれば、思い出すこともあるかもしれない。でも・・・いえ、何でも無いわ」
口を噤んだリーチェ様は、これ以上は言えないと首を振った。
何を言いかけたのかは気になるけど、思い出す可能性があるということが分かっただけでも十分だ。
「ところでリーチェ様、教会ってn」
「あ!そろそろ時間切れのようね!・・・話の続きはまた今度。元気でね!」
「え?あ、ちょっと!?」
再び視界が光に埋め尽くされ、私は反射的に目を瞑る。
目を開くと、また、荒れ果てた教会の中に立っていた。
それにしても、リーチェ様との面会に制限時間があるとは思わなかった。
今度からは質問事項をまとめておくべき?
しばらくその場でぼうっとしていたら、遠くから「ソフィアちゃーん」と呼ぶ声が聞こえてきた。
どうやら戻るのが遅くて心配されてしまったみたい。
「ナーさんごめんなさーい!いまもどるから、ちょっとまってぇー!!」
遠くのナーさんに聞こえるように大きな声で叫びながら、来た道を走って戻る。
早く戻ってあげないと、怖がりのナーさんが泣いちゃうかもしれないし、ね?
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