第12話 湯気のような記憶。

 ――チャポン


「うん。いいゆかげん。・・・リアムって、おかねもち?」


 私は大衆浴場の様に広く、高級ホテルの様に綺麗な浴場を見渡してひとりごちた。


 もしや、視界を埋め尽くす白い物体は全て大理石という物ではなかろうか。


 床も壁も天井も全部大理石って・・・異世界コワイ。


 丁度温泉の様に、その気になれば大人でも水泳ができる広ーいお風呂から、ふわふわと湯気が上がっている。


 一人の時間を満喫する私は、自分の記憶を掘り返していた。


「・・・そもそもわたしって、いっかいしんだのよね」


 そう。リーチェ様の話によると、私は彼女の眷属とやらに軽トラで轢き殺されたのだ。

 神の眷属が過失運転致死傷罪かしつうんてんちししょうざいって・・・冗談にしても笑えない。


 私、確か「碌でもない人生だから別に大丈夫」って感じのことを言ってた気がするんだけど、どんな人生だったのかな?


 なんとな~く普通にOLやってたとは思うのよ?


 でも、自分の名前とか知り合いとか、自分の趣味とか思い出とか、そういったものが何一つとして思い出せない。


 スマホやパソコン、料理のレシピに温泉、それと通勤電車のラッシュ時・・・。

 そんなどうでもいい(良くないかもしれない)ことは覚えてるのにさぁ。


 何で個人情報が消えるワケ?!


 どんなに思い出そうとしても、私の記憶はまるで目の前を漂う湯気の様にするすると逃げてゆく。


「うがぁ~~!」


 どうしようもないもどかしさに、私は思わずうめく。


 何だろう。

 思い出さないといけないような、思い出さない方が良いような、何とも言えない気分になる。


 ”残った記憶と消えた記憶”


 その違いは何なのだろうか。


「ソフィアー!のぼせてないかー?!無事か?!」


 ドアの向こうから、リアムの声が聴こえた。


 どうやら長風呂し過ぎたらしい。


 放っておくと風呂場に乱入しかねないリアムの声に、私は慌てて返事を返す。


「あっだ、だいじょうぶだよー!ぶじだから、はいってこないでねー!」


 いくら見た目が幼女でも、私だって多分成人女性なんだから羞恥心くらいは持ち合わせている。


 いくら今の私が幼女でも!そこだけは!譲れない!


 これ以上長風呂してリアムに入ってこられては堪らないと、私はお風呂を上がることにした。


「あーぁ。リアムはかほごすぎてめんどくさいなぁー」




 鏡に映る自分の口元が緩んで見えたのは、きっと目の錯覚だろう。






 —―断じて、心配されたことが嬉しかったわけではない!

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