閑話 譲れない戦い

「良いから全部脱げ!」


 モルテ家の脱衣所に、犯罪臭のするセリフが響いた。


「え?やだ!」


 顔をしかめて怒鳴どなる成人男性に気負いなく反発できる幼女は、大物なのかバカなのか。


「…なぜ嫌なんだ」


「なぜって、いやなものはいやにゃっ・・・いやなの!」


 可愛い噛み方をするソフィアに、リアムの口元も勝手に緩んでいた。


 但し、本人に自覚はない。


「うぐっ・・・そんなかおしても、いやだもん」


 リアムイケメンの微笑みにダメージを受けたソフィアは、頬を膨らませてねる。


「あー面倒だ。俺が脱がせる」


「いーやー!リアムのどへんたいっ!」


 そのセリフが最も攻撃力を持っていたことに、ソフィアは気付かなかった。





 ――話は、約一時間前にさかのぼる。



 カローバ肉を平らげたソフィアは、リアムに湯あみを命じられた。


 さて、ここで一つ問題が発生する。


 幼児に一人で入浴させられないリアム V.S 幼いとはいえ男に裸を見せられないソフィア、だ。


 幼児の湯あみは大人が補助するものだと言うリアムの主張は至極当然であるし、成人女性の精神を持つソフィアが恥じらいを感じるのも勿論可笑もちろんおかしなことではない。


 双方そうほうの主張がどちらも正しいがゆえに、話は平行線を辿っていた。


「だってソフィア、お前一人だと溺れるだろう」


「だいじょーぶ!わたしがそんなへまをするはずがない!」


「大変自信を持っているところ悪いんだが、ウチの風呂はお子様に対応していない。全てが大人仕様だ。ソフィアには大きすぎるだろう」


「う~。それくらいわかってるし!だいじょーぶだもん!」


 と、言った感じである。


 ちなみに、この会話を彼らは一時間近く続けている。




 一般にこのような場合、大抵は子供の駄々が通されるものである。


 ソフィアとリアムも例に漏れず、結果として冒頭の会話に繋がった。


『リアムのどへんたいっ!』


 最終的に、そのセリフがリアムのメンタルをごっそりと持って行かれたわけだ。


 余りの衝撃にリアムは呆然自失ぼうぜんじしつの体だったが、ソフィアはまさか自分が反射的に放った言葉がリアムにダメージを負わせていたとは夢にも思わず、凍り付いたリアムに首を傾げていた。



 何はともあれ、見事一人で湯あみをする権利を得たソフィア。


 彼女はリアムを脱衣所から追い出すと、鼻歌を歌って楽しそうに風呂場の奥へと消えた。






 ――譲れない戦い。


 今回の勝者はソフィアである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る