育役

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プロローグ

毎日経済新聞2021年4月18日号『育役法成立から20年』

 子どもを社会全体で支える法律(通称:育役法)が成立した2001年4月18日から今日で20年になる。同法で運営される「青年保育センター」は、20歳の国民全員に2年の保育労働を義務付ける一方、小学校に入る前の子どもを持つ親が24時間365日自由に子供を預けられる。

 いまでこそ、日本の奇跡と称される同法だが、その成り立ちはあくまで政治的な偶然であった。2000年12月衆院選の結果、自民党は野党連合に1席の差で破れた。時の自民党総裁山田元首相(故人)は下野回避の苦肉の策として、当時議席数2の泡沫政党であった子どもの未来を守る党(通称:子ども党)の宿介やどかい党首(現首相)を説得し政権に招き入れた。その条件となったのが同法の成立だった。

 施行当初の同法に対する評価は辛辣を極めていた。右派は無制限の保育利用で親子が同居しないことも可能であることから、親子の絆を分断を生み、社会の基盤が壊れると主張した。一方、左派は若者に育児労働を強制させることを、徴兵制になぞらえて批判した。批判的文脈で展開された「育役」ということばは強く社会に定着し、同法が受け入れられた現在においても使われ続けている。世間一般でも同法を受け入れる空気は薄く、本紙が施行直後に実施したアンケートでも、94%が同法に反対と答えていた。

 山田元首相も晩年の回顧録で、子ども党なしでの政権安定の目途がつけば早期に同法をすぐにでも撤廃する意向であったことを明かしている。施行当初は実験的な政策として横浜市でボランティアの大学生によって運営されるセンターに対象世帯の希望者が子どもを預けたに過ぎない。現在のように20歳の国民全員に保育労働を義務付けるようになるとは見られていなかった。

 しかしセンターを利用する父母の様子が世間に伝わると、世間の風向きは変わった。共働き夫婦の多くは子どもを気にせず働く夫婦の姿を羨み、対象地域の拡大を望んだ。貧困に陥っていたシングルマザーが、子どもを預けてフルタイムの仕事を得たという美談も紹介されると、テレビのコメンテーターたちの批判は勢いを失った。

 そして世論を大きく動かしたのはウブちゃん(現:宇部海うべうみ副総理)であった。当時女性お笑いタレントとして一世を風靡していたウブちゃんがセンターの利用者であることを明かすと、ワイドショーや討論番組はこぞってウブちゃんをゲスト出演させ、彼女はそのたびにセンターを好意的に紹介した。多忙なスケジュールでロケをこなすウブちゃんの「センターのおかげで家族に引け目を感じることがなくなった。思いっきり仕事ができるし、オフの日には笑顔で子どもと遊べます」というコメントは働く女性に同法への期待を抱かせた。

 宿会現首相はこの機を逃さずウブちゃんを政策広報PRタレント就任を打診。さらに翌年の参院選ではウブちゃんを候補者として擁立した。ウブちゃん人気も後押しし、子ども党は議席を18に増やした。この躍進で子ども党は政界で無視できない第三極化し、同法は拡大の一途をたどっていった。なおウブちゃんは2016年の閣僚入りから芸名ではなく、本名の宇部海議員として活動するようになった。

 その後に起きた社会の変化は日本の奇跡と呼ばれている。合計特殊出生率は急激に上向き、昨年度は1.9となった。今後も上昇が見込まれており、少子化と人口減の問題はもはや過去のものとなった。また女性の就業率は77.1%と男性の就業率にかなり近づいている。女性の管理職比率も向上し、多様性が企業の生産性を高めている。

 国外でも日本モデルとして同様の法案の検討・議論が進んでおり、東南アジアではベトナムとシンガポール、ヨーロッパではドイツとスペインがすでに育役法と同等の制度を整えた。

 そんな日本の奇跡とも言われた同法だが、本当の意味での検証はこれからだろう。成立から20年経ったことで、育役法世代が成人することになる。センターで育てられた子どもたちが社会でどう活躍していくのか、育役法の真価が問われることになるだろう。



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プロローグだけで公開するのもどうかとおもったのですが、公開しないと先を書き進められない気がしたのでご容赦ください。

次回から本編で、4月中には更新できるようがんばりますので、フォローしてお待ちいただけると幸いです。

なお、子ども庁構想とは関係なく、育休終わりに急に思いついて書き始めました。


なお、育休中の日記もカクヨムにおいてますので、良ければそちらもご覧ください。

https://kakuyomu.jp/works/1177354055009360314

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