第3話 魔法則

 芽栗山めぐりやま神社は小高い坂の上にある。

 真幌宮まほろみや市はその小高い土地の麓を囲むように田畑が広がっている。

 その田園風景は浮世絵に描かれるほど美しい。

 しかし、神社の境内には木が生い茂っていて、ここからではそれらが見渡せない。

 

 そうじゃなくとも今は景色に注意は向いていない。俺はあかりの目を真っ直ぐに見て唾を飲み込んだ。

 これから『魔法』について話してもらうところだ。


「そうかたくならないで、魔法とは言ってもマフィ達が想像するようななんでもありの超能力ではないから。魔法っていうのはね、銃みたいなものなんだ」

「ジュウ?」

 俺は字が思い浮かばず聞き返した。


「そう、てっぽうの銃。gunの銃。あの武器は鉛の塊を超高速で弾き出し高い殺傷能力を持っているのに手に収まるサイズだ。でも、超能力なんかを使っているのではなく、物理法則を最大限に活かして生まれる力で弾丸を飛ばしているだろ?魔法も似たようなものさ」

 明は銃の引き金を引く仕草を見せる。

 表情はやはり一切変わらない。

「魔法ってのは、私たちの世界、正確にはこことは僅かに世界線を隔てたもう一つの世界で発見された特殊な微粒子、それらを『魔子まし』と呼ぶことにする。それは特殊な性質を持っていて、一定の力を与えると高いエネルギーを発生させるんだ。」

 明は、この魔子が発見されたところで世界が分岐した、という壮大なことをさらっと付け加えて、それから、と説明を続ける。

式印しきいんという、いわゆる魔法陣まほうじんは正しい回路に魔子を乗せ、エネルギーの発生に方向性を与えていると同時に魔子の加減速を行うための演算式を図形化したものだ。私たちはその法則にのっとって、法則を利用して様々な現象を発生させている。それが魔法だ」


 彼女の赤い髪が山の木々を吹き抜ける風にゆれる。風という見えないちからはさながら魔法のようにショートの赤毛をもてあそぶ。


「ふむ、映画みたいに杖を振るえば何でも出来るというわけではないんだね」

 これが、今の話を聞いて理解できた範囲での俺の感想。小学生みたいな感想だ。

「小学生でも、もう少しマシな反応だぞマフィ」

 己の評価は過大だったらしい。

 明は眉間をつまんでため息をついた。

「まぁ、すぐに理解するのは難しいだろう。私だってまだ勉強中なんだ」

「そいうえば、明は魔法使いじゃないんだよな?それはどういう意味なんだ?」

「さっきの物理法則の話でいくと、私は物理学者だ。物理学者は宇宙の法則を少しずつ理解し、世の中に役に立つ形でその発見を還元する。法則を使うという言葉は、法則に則って行動Aを起こすことでその結果であるBが発生するという意味だ。方程式に当てはまるようにな」

「魔法使いだって、法則に従って初めて現象を発生させることができるんだろ?」

「いいや」

 明は、心底嬉しそうに否定した。

 俺の疑問を待っていましたとばかりに。

「魔法使いは、法則を捻じ曲げて自分の法則を上書きできるんだ。魔法使いたちかれらは方程式の構造を知り尽くし、自分が使いやすいように変えることができるのさ。だから、私は魔法使いじゃなくて、魔法学者さ」

「方程式を変えるだって?むちゃくちゃじゃないか、そんなの」

「そう、無茶苦茶むちゃくちゃな存在なんだ。だから、そうそう現れることはないんだけどね」

  

 俺は今までのことをひとまず頭の中で整理した。青髪の少女(シヅカというらしい)、空間転移、びしょ濡れの2人、魔法。

 

 何かを忘れている気がする。


「あ!」

「ん?今の話で何か黒崎の手がかりを掴む着想でも得たか?」

「本、返さないと」

 明は一瞬、きょとんとした顔だったが、すぐに「あぁ、そういえば」と思い出してくれた。

 

「じゃあ、続きは図書館に向かいながらでも話そうか」

「そうしようか」

 俺の提案を了承してくれた明は平たい石の塊から腰を上げ、赤いロングスカートをぱっぱっと払った。

 森の新鮮な空気を吸い込むように身体をぐぅっと伸ばしたあと、神社の境内から山の斜面に沿って下に伸びる石段へ進んだ。

 

 俺もその後をついていこうとしたその時、突然声をかけられた。

「私もついて行っていいだろうか?」


澄んだ氷のような声に振り返ると、服を着替えたシヅカが立っていた。


***


 私は私が思うより愚かな人間なのかも知れない。知れないのはやはり愚かだから。

 

 彼女は私のことを「おまえは馬鹿なんだ」と言っていた。

 夕間ゆうまあかり。夕間家は優秀な血筋だと聞く。だから、空間転移という上級の魔法を扱える。

 その優秀な人間が馬鹿なんだと言っているんだ、私は馬鹿なんだろう。


「その件についてはすまないな。初対面であそこまで言われたら傷つくだろう」

 図書館の道中、夕間明はそのように謝罪の意を示した。それから、

「ほんとーに、もーしわけない」と付け加えた。

「明、最後までちゃんと謝りなさい」

 今、注意したのは彼女の母などではなく真筆まふですみれという、今回私が巻き込んでしまった一般人だ。

 こちらの世界の住民であり、魔法は扱えない。

 

「いや、謝るべきは私の方だ。軽率な行動だったと、反省している。本当にすまない夕間明」

「それ以上は謝るな、この言い合いは不毛だ。ところでシヅカ、ずいぶんな変わり様イメチェンだな」

「へぁ!?こここここれか?これは、夕間のお母様が施してくれて。夏なのだから涼しい方がいいだろうって。私は似合わないと言ったのだが」

「いや、別にいいと思うよシヅカさん。白いワンピースと相まって涼しそうだ」

「そそそそうか、真筆菫までそう言ってくださるか。しかし、んぐぐ、恥ずかしいですね」

 

 私の長い髪は、まず、髪の根元で束ね、ポニーテール状に、そのポニーテールを折りたたむように縛ったところに持ってくる。

 もう一度、そこで髪ゴムで留める。

 横から見ると雫型になっているようだが、いかんせん自分からじゃよく見えない。

 

「あはは。あっ、それとさ、フルネームだと長いから俺のことは菫でいいよ?」

「了解した。私のこともシヅカと呼んでください」

「なら、私のことも、これからは明でいい。……しまった、話が二転三転してしまったな。魔法の話に戻そうか」

 明がそう切り出したことで、私は、菫に魔法について説明していたことを思い出した。

 

「そうでした。ええと、魔法使いがいかに規格外な存在か、というところまで説明したんでしたね」

「あぁ、方程式そのものを造り変えるとは驚いたよ。……そうだ。気になっていたんだけど、俺も魔法って扱えるようになるの?」

「どうかな、不可能に近いと思うが。に一瞬でも触れればあるいは、ってところだろう。急に3本目の腕を生やして使いこなすなんてのは難しいからな」

「ん?なぜ菫に3本目の腕が生えるのだ?」

「シヅカ、今のは例え話だよ」

 菫が注釈を入れてくれた。

「え?あ、あぁそうでしたか」

 なるほど、あかりいわく、やはり一般人だった菫がいきなり魔法が使えるようになるというのは厳しいらしい。

 こんな調子で私は彼らについていけるのだろうか。

 ひとまず、黒崎と名乗っていた人物に再び接触できるまでは力になれるよう頑張ろう。

 愚かな私なりに。

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魔法が混ざり会うとき 古宮半月 @underwaterstar

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