第2話 赤と青の混ざり会い

 彼女は青い髪をそっと耳にかけた。

「申し遅れました。私は、シヅカ=ラピスブルー。先日、私の家族が何者かに攻撃されたと聞いて、あなたに会いに来ました」 

 シヅカと名乗る青い女性は、私を敵とみなしながらも口調は丁寧なままである。

 礼儀を大切にしているのか、そういう話し方なのか。

 どちらにせよ、私は彼女の家族に危害を加えたことなど身に覚えがない。


夕間明ゆうま あかり。何故とぼけているのですか?」

「シヅカ。私はお前の家族に攻撃したことなど一切ない。これは事実だ。だいたい、誰からその情報は得たんだ?」

「国家治安維持に関わる組織の者が教えてくれました。夜中だったので顔はよく見えませんでしたが、確か黒崎くろさきと名乗っていました」

「家族の安否は確認したのか?」

「い、いえ。まだ…。心理を揺さぶろうとしているのですか?無駄ですよ。私は、その程度で狼狽えません」

「そうか。貴様おまえは馬鹿なんだ」

「君は、私の家族を傷つけておいて、なお私自身を侮辱するのですか?…刻印!」


 シヅカは持っていた短い釣竿を私の方へ向けた。

 釣竿の先に、正方形が二つ重なった八芒星の青く輝く式印が刻まれる。

「許しておけない!」

 八芒星が展開されたのと同時に、滝を90度傾けたような水流がこちらに放たれた。

 という事実を認識したのは、水流に撃たれた後だった。

  

 シヅカは釣竿を指揮棒のように振るい、大量の水を一塊に集め、私はその中に閉じ込められた。


 (狼狽えないんじゃないのか…?くそ。息が…。“こっち”で魔法は公に使いたくなかったのに。より大ごとになる前に)

  

「潰れてしまえ!」

 シヅカは叫ぶ。

 水圧がだんだん強くなる。

 

「こっ、…ごっ…(刻…印…)」

 水圧になんとか抗い、シヅカの頭上に空間を繋いだ。

 水圧で押されて水は一気に出口から放出された。

 しかし、水はシヅカの頭上に到達する前に霧散する。


「仕方ない。装衣そうい開現かいげん

 私は小刀で空に十文字を刻み込む。

 十字架は赤く煌めき、その輝きは私の身体を包み込んだ。

 

 そして、赤いスカートからドレスのような真っ赤な服装に一瞬にして変わった。

 背中では赤いマントがはためく。


 

「赤の魔法人、本領発揮ですか?では、こちらも、装衣…ぁがっ!?」

「ラピスブルー家。青の魔法人、原色の魔法人だから、強くなる。今はまだ、己の弱さを自覚するべきだ」

「…な、何が…?何をした…!?」

 彼女は、自分の体に現れた異常と、私がいつのまにかすぐ隣にいたことに驚いているのだろう。

 私は、刻印によって空間に穴を開けて、シヅカの場所に移動し、穴を閉じるという一連の行動を行った。それが彼女の動体視力では追いつかなかった。

「何、後頭部に平手打ちをかましたまでだ。少し脳震盪を起こす程度…のはずだが君の脳はあまり揺れていないようだ」

「やはり、君は…穏便ではな……」


***


石畳の上に叩き落とされてから、正気を取り戻すとまず、現在地はすぐに判明した。

 ここは芽栗山神社めぐりやまじんじゃ境内けいだいだ。

 

 辺りを見回すと、巫女服姿の1人の女性を見つけた。

 竹箒で神社の周りを掃いている。

 

「あの、すみません」

「あら、真筆さん?どうしてここに?」

 黒髪を腰まで伸ばしたその女性は掃除を中断して、俺の話を聞いてくれた。


「…そう。明がここに真筆さんを連れてきたのね。ごめんね。急に、驚いたよね」

「夕間さんは何か知ってますか?」

「その青髪の子は、たぶんラピスブルー家の子じゃないかしらね。明より5つくらい上だから、もう美人で大人な女性になってるのかしらねぇ。確かロシアの方に住んでるって聞いていたけど」

「そうですか。というか…ここに転送されたという現象がまだ信じられなくて。夢なんじゃないかと」

「それに関しては、重ねて私からお詫びさせてもらうわ。真筆さん、きっとあなたは今回の件に関わらない方がいいわ。危険な目に遭ってからじゃ遅いもの」

 

「マフ…真筆、そっちは無事らしいな。よかった」

 

 そこには青い女性を担いだ明の姿があった。

 なぜか、明の服も、青い女性の服もそのまま海に飛び込んだのかと聞きたくなるくらいびしょ濡れだ。

 

「母さん。真筆にも話しておくべきかも知れない」

「…そう。明、教えるのなら、それ相応の義務もついてくるわ。必ず、側に居てあげるのよ」

「分かってるさ」

 一通りの会話を済ませると、明は未だにぐったりとしている青髪の女性を巫女服の母親に預けてから、こっちへ向かってきた。


 

 境内にある大きな石を平に削っただけの椅子に腰を下ろす。


「さて、どこから説明しようか?マフィ」

「じゃあ、彼女。青髪の彼女から頼むよ」

「あぁ、あの子は、端的に言えば私達に罪を償わせようとしていたらしい。冤罪だがな。きっと良くも悪くも素直で優しい奴なんだ。だから簡単に騙される」

「誰かに嘘を吹き込まれたのか」

「そうらしい。言っとくが、マフィも大概だぞ。」

「何が?」

「今、私が話していることが嘘でないと、なぜ信じることができる?」

「だって嘘いってる雰囲気じゃないもの」

 そのくらい分かるさ、その真剣な目を見れば。

「はぁ、そうかい。まぁ、いいさ、それは置いといて。今回の件で説明しなければいけないのは、彼女、シヅカが騙されたことではなく、その内容にある。」

「話の内容?」

「シヅカが言うには、黒崎と名乗る人物が話していたのは赤髪の魔法人と魔法を扱えない男、の2人についてだったそうだ。私たちが攻撃をラピスブルー家に仕掛け、その首謀者は魔法を扱えない方だと言われたらしい、つまり」

「俺?でもどうして俺のことを?」

「そう、そこなんだ」

 あかりは指をパチンと鳴らして、こちらを指さした。無表情のまま。

 俺たちと面識のない黒崎なる人物がなぜ、一方的にこちらの情報を持っているのか。


「当面の目標は黒崎そいつを見つけ出して、目の前で裸踊りさせてやることだ」

「なぁ、明」

「冗談だ。後半は」

「裸踊りより、全裸で火炙りとかの方が贖罪にはぴったりじゃないか?」

「は?」

 明は本気で困惑してるようだった。

「ご、ごめんごめん!冗談だって、冗談」

「いや、すまない。少し驚いたが、突然サイコパスじみた思考をするのはマフィの悪い癖だったな。まぁ、茶番はさておき、見つけなければいけないのは確かだ。何のために私たちを巻き込んだのか、理由を必ず黒崎そいつの口から吐き出させる」

「あぁそうだ。必ず見つけ出す」

 俺は明の目を真っ直ぐ見て頷いた。


「さて、前座は終わりだ。本題に入ろうか。魔法について話そう」

 彼女の瞳は、まるでニヤリと笑っているようだった。口元は平然としたまま。

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