第42話 社長の葛藤


  社長宅で、大河原取締役が、

 「社長、高井戸は当社に決まりました」

 「良くやってくれました、これで株主総会は安心ですね」


  自見が、

 「社長、遠藤専務についてですが」

 「自見さん、やはり臨時幹部会は開きますか」

 「さ、それですが、混乱を避けるためには、遠藤専務自ら、身を引かれるのが一番良いと思います」

 「私も、それが良いと思いますが、如何したら」


  自分が入社し立ての頃の遠藤専務は、大同警備への思いを熱く語っていた。

 「べコム、バルザックに追いつき、追い越すのは貴方しかいない。どうか創業者の悲願を叶えて下さい。私も、これまで以上に力を尽くします」


 その時の、力強い言葉に励まされ、バルザックに肉薄するまでに来た。しかし、ここ数年で専務は人が変わってしまった。

 思い当たるのは、義兄の幸助が3代目社長になった頃。親しい部下に、後輩の幸助に出し抜かれた、俺は嘘を付かれた、と、その噂が聞こえてきた。そして、決定的だと思えるのは、私が4代目社長に指名されたとき、傍らの遠藤専務は、拳を固く握りしめ肩が震えていた。

 恐らく、遠藤専務は、自分が3代目を引き継ぎ、この私を4代目と目算していた。父の言葉を固く信じていた、しかし、そうはならなかった。裏切られたという思いが、憎しみに変わり、それが背信行為と繋がった、悪いのは、むしろ父だろう。


 自分が、まだ学生だった頃、

 |坊ちゃん、この間、福島県喜多方に行きました。これ、あの有名な喜多方ラーメンです」

 地方に出張した時は、必ずその土地の名物を持参して、我が家に来た。

 大きな身体を揺らしながら、顔をくしゃくしゃにして笑う。身近な小父さんのように感じた。


 だから、今回の遠藤専務の背信行為は許し難い。が、臨時幹部会に計れば、それまでの遠藤専務が大同警備に尽くした功績に泥を塗ることになる、それだけは避けたい。


 「顧問、考えを聞かせて下さい」

 「はい、差し出がましいことですが、社長自らが、証拠資料を遠藤専務に突きつけるのが良いと思います」


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