第17話 泉業務課長と東京湾岸ビル警備隊
ビル正面で立哨している警備隊員に、40歳位の丸刈りの男が近づき、T放送局に行きたいのだが、と。では、そこの正面警備室で手続きを、と云うのを、男はそれに向かわず、総合ビル案内嬢に聞くや否や、足早に立ち去った。
隊員が、お客様、受付して下さい、それからです、という間もないままに。ま、いいか、どうせビル内は分からないので、また戻って来て聞きにくるだろう。
正面警備室責任者の班長に、今男が一人、テレビ局に行きたいと言っていたが、居なくなってしまいました。
問題ないだろう、分からなければ戻ってくるさ。
その頃、男は生放送のスタジオに乱入していた。その知らせが、直ぐ正面警備室に。このビルは30階建て、港区を代表するビル、そこを大同警備が受注していた。配置ポスト数10、所要人員35名、年間売上1億7000万、その責任者は、地方支社の支社長クラスに匹敵するとともに、歴代の責任者は皆、本社で部長、役員となっている、所謂出世の登竜門だ。
大きなミスだ、先ず受付をしない男を追跡しなかった、次に正面警備室責任者はそれを聞いたのに、担当エリア警備室に男が受付を通さずにビル内に入ったことを連絡しなかった。
だらけ切っていた。始末の悪いことに、この湾岸ビル警備隊の隊長は、当日、勤務にも関わらず、職場を離れ近くの美術館で絵画を鑑賞していた。
常駐警備は故意及び重大な過失がなければ、通常は随意契約となる。が、今回のこのケースは重大な過失と云わざるを得ない。何故なら、警備の基本の不審者対応が適切でなかった。
正規の受付をしない来訪者は皆不審者だ。警備会社はその不審者を建物の中に入れない施設管理権の代行者だから、強制的に排除出来るとともに、突破されたら直ちに各関係先(勿論担当エリア警備責任者にも)に連絡しなければならない、それを怠った。
結果、翌年は入札となり、大同警備は東京湾岸ビルから撤退し、それが他にも影響し、其の年は創業以来の零成長となった。
7年前の事だった。その責任者が、今の泉業務課長だ。泉は、有名私立大学出で、本社採用。地方採用の大学出とは初めから違っている、地方採用の大学出は懸命に頑張っても事業部長だが、本社採用の大学出は、地方の支社長を1、2回歴任したら、あとは本社に戻り管理部門を渡り歩く。悪くても事業部長、良ければ役員にまで昇りつめる。
大同が社長の時、その事案が発生した。大同は、その処置を自見に相談した。それは、その処置を巡り懲罰委員会は紛糾し、その結論がなかなか出なかったからだ。
遠藤専務はあくまで現場にいたものの責任で、泉は現場を離れてはいたが、湾岸ビルから僅か数百メートルの美術館にいた。それを言うなら、先ず泉に連絡しなかった副隊長が重い責任を負うべきと、泉を擁護した(泉は遠藤専務の遠縁)。
遠藤専務の剛腕ぶりは大同も手を焼いていたが、何せ相手は創業者とともに全国を駆け巡った功労者だ。その発言を無碍には出来ない。
だが、自見はきっぱり言った。現場を離れたことは職場放棄で、就業規則違反に該当します。就業規則を曲げては、会社の規範が保てず、保てなければ、やがて社内秩序が崩壊します。断固として制裁してこそ、大同警備に将来があります。
そして、社是の第二、事態発生時は迅速に処理せよ、私情挟むは社業発展に好ましからざるなり、
遠藤専務の意見は正にその私情、これは社是に違反します、と。
これを、倉庫係の自見が会議室で大同と話しているのを立ち聞きしたのが今の大野警務部長だった。それを泉にこっそり伝えた。
泉の処分は決まった、簡単に言えば出世コースから外れ、同期が部長、役員なのに、今も課長だ。
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