第5話 大同会長の死
退職願を出す機会がなく二月が過ぎた。その間、自見は大同会長に会えなかった。大同も、社長から自見を是非にも特別顧問にしたいと懇請され、どう自見を説得するか考えてはいたが、経営改革会議で忙しく、自見と話す時間が持てなかった。
連日小雨が続き誰もが早く晴れ間が欲しいと思っていた頃、大同は就寝前に急激な痛みを感じた。妻とは、会議で帰宅が遅くなることがあるので、寝室を別にしていた。
先月も診察を受けたが、医者が首を傾げ、私の診立て違いかもしれない、進行が遅くなっている、これならまだ大丈夫かな、と。
久しぶりに妻と夕食をしたあと、
「貴方、明日はまた遅くなりますの」
「そうだね、でも早く帰るようにするよ」
激しい痛みで胸が苦しい、隣室の妻に助けを求めようと、声を絞るがもう声にはならなかった。ベッドから転げ落ちて苦悶の表情を浮かべて死んでいる大同を、妻の美土里が発見したのはもう朝だった。
大同の妻からその知らせを受けた時、自見の手からスマフォがこぼれた。自見の目から滂沱として流れ落ちる涙を、妻の良子は只みつめるしかなかった。
大同警備中興の祖として社員に慕われた大同会長の葬儀は、生前からの故人の希望により身内だけで執り行われた。自見夫婦だけが、その家族葬に呼ばれ、会長とお別れをした。
大同幸助の遺影に、自見は流れ落ちる涙を堰き止めることは出来なかった。こんなに泣いたのは、義母の突然の死以来だった。
大同の妻美土里が、大同が自見宛に書いた手紙を渡した。便箋には、自見が本社に来てくれて本当に嬉しかった、自分が死んだ後もどうか妻のことを宜しく、そして社長の力になって欲しい、と。
いつまでも、いつまでも自見は泣いた。
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