セオと僕のスマホ

加藤ゆたか

スマホ

 西暦二千五百四十五年。人類が不老不死を実現して、僕も五百年前に不老不死になった。当時の僕の国では、不老不死を選択するかどうかは個人の自由だった。寿命で死なないし若さも健康も維持されるという画期的な『死という病の治療法』は、僕らに明るい未来を夢見させた。そして僕らはよく考えもせずに、『永遠の生』という未知の世界の扉を開いたのだ。



「お父さん、これって何?」

 パートナーロボットのセオは最近、僕の物置部屋を漁るのが日課になっているらしい。セオが持ってきたのはガラスで出来た薄い板のような機械、『スマホ』であった。よくこんなものを見つけてきたものだ。五百年前の年代物である。

「懐かしいな。僕が昔使ってたスマホだよ。」

「スマホ? へえ、これがスマホかぁ。まだ動くのかな?」

 このスマホは、スマホとしては僕が最後に使った機種だ。確かかつての中国製である。この機種が発売された時期は、世間の需要はすっかり拡張現実技術を使ったAR眼鏡に置き換わっており、起死回生を狙いこのスマホメーカーは不老不死にかけて半永久的に使えるスマホとしてこの機種を大々的に発売したのだが、この機種を最後にそのメーカーはスマホ事業から撤退してしまった。

 しかし、そのメーカーの宣伝が真実であったならば今も動くはずである。

「電源入れてみるか。」

 僕はセオからスマホを受け取ると指でなぞって電源を入れる操作を行った。しかし、スマホは全く動作しなかった。

「ダメだな。」

「壊れちゃってる?」

「そうみたいだ。」

「そっか、残念。」

「五百年前の機械だからな。しょうがないよ。」

「五百年前の? ……そうだ! 商店街の修理屋さんに持って行ってみようよ!」

 僕はセオがここまでこのスマホに興味を持ったのが意外だった。五百年前の古くさい機械である。現代ではスマホどころか拡張現実を使うのに眼鏡だって必要無い。空気の中に溶け込んでいるかのように、体の一部のように、当時のスマホが持っていた機能はそこかしこにある。この世界と一体化していると言ってもいい。今更この機械を使って何ができるというわけではないのだ。

 そう思った僕だったが、セオはすっかり乗り気になって、商店街に出かける仕度を始めた。

「お父さんも早く仕度して!」

「わかったよ。」

 僕らはスマホの修理を依頼するため、商店街の修理屋に向かった。



 商店街の店の多くはロボットが接客をしている。そして利用客のほとんどはロボットだ。人間は数人しか見かけない。

 僕は商店街に来ても目的の店以外には惣菜店を冷やかすくらいでいつも長居はしないのだが、セオはよく来て買い物をしているらしかった。

「おっ! セオちゃん、いらっしゃい!」

 修理屋の店主の女性はセオが来店すると元気に声をかけてきた。

「こんにちは! 今日はお父さんも一緒です!」

「あ……、セオちゃんのお父さん? パートナーの? ……へえ。……どうもいつもセオちゃんには仲良くしてもらっています。」

 ……この僕に対する手の平を返したような余所余所しい感じで、どうやらこの店主の女性はロボットではなく人間のようだとわかった。ロボットならばこんなに露骨に態度を変えたりはしない。

「どうも、こんにちは。」

 余所余所しさでは僕も負けてはいない。僕も上辺だけの挨拶を返した。しかしセオのやつ、修理屋にいったい今までどれだけの用事があったというのか。

「このスマホなんですけど、直せますか?」

「どれどれ。」

 店主の女性がチラリと僕を見た後、セオからスマホを受け取って言った。

「ああ。この機種ならレシピがあるからうちでも修理パーツをプリントアウト可能だよ。直せるよ。これくらい古い機種だと、特許が切れてるから逆に修理しやすいんだよねー。」

「ほんとですか!? お願いします!」

「うん、まかせて。」

 セオにそう答えると、店主の女性は店の奥に向かって、

「ジョン! これお願ーい!」

と叫んだ。すると店の奥から背の高い作業着を着た男が現れた。ジョンと呼ばれた無口な彼はどうやら店主の女性のパートナーロボットで、店の修理担当であるらしかった。

「ま、すぐ直るよ。待っててね、セオちゃん。」

「はい! 私も修理するとこ見てもいいですか?」

「いいよ、見ておいで。」

 セオは店主の女性の許可を得ると、ジョンの後について店の奥に行ってしまった。

 僕はその場に置いていきぼりにされ、店主の女性と二人きりにされた。

「セオちゃんいい子ですよね。」

 店主の女性が僕に話しかける。

「ええ。まあ。」

 僕は適当に返事をした。店主の女性の顔はこちらを向いていない。僕を横目で見てからお茶をすする。

「セオちゃんにいろいろ聞いてますよ。」

「はぁ……。いろいろって?」

 店主の女性は答えず空気は沈黙に包まれる。女性はもう僕には興味がなくなったかのように別の作業を続け始めた。仕方ないので僕はずっと店の外を見て時間を潰した。



 修理屋からの帰り道、さっそくセオは歩きながら、直ったスマホを起動して弄って見ていた。修理されたスマホはメーカーの宣伝どおり五百年経っていてもデータは保持されていて、壊れたパーツの交換と、バッテリーを最新のものに置き換える改造をすることで起動した。

「ほとんどのアプリはちゃんと動かないね。サーバと接続できないと駄目なんだね。」

 そういえばそういうものだった気がする。

「あ、写真。ほら、お父さん。写真は見られるよ。」

「へえ。どんな写真が残ってるんだ?」

 五百年前の僕が撮った写真か。全然憶えていない。

「……お父さんだ。お父さんが写ってる写真だ。」

 セオは立ち止まって、小さなスマホの画面に集中していた。

「今よりも若いね。これ、隣の人は誰?」

 僕もスマホの画面を覗き込んだ。そこに写っていたのは、不老不死になる前の僕と、僕の母の姿だった。

「これは……僕の母、セオのおばあちゃんだよ。」

「これがおばあちゃん……?」

 セオは僕の顔を見て何か言おうとしていたが、驚きで声が出ないようだった。

「そう。これは不老不死になる前の僕と母だよ。」

「でもおばあちゃんって……。」

「うん。セオが会ったことがあるのは不老不死になって若返ったおばあちゃんだよ。その前はこうだったんだ。」

「すごい。修理してもらってよかった。……お父さん、この写真、おばあちゃんに送ってもいい?」

「え、いや、おばあちゃんはあんまり気に入らないんじゃないかな?」

 僕の母は不老不死になって若返ったことをかなり喜んでいて、むしろ年老いていた頃の自分の写真は捨ててしまうような人だった。今は月で悠々自適に生活している。

「きっと喜ぶと思う!」

 そうだろうか? 僕は母に、余計なものをセオに見せたと怒られることを覚悟した。

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セオと僕のスマホ 加藤ゆたか @yutaka_kato

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