M

虫十無

テーブル

 音がする。低い音。

 電話がきてると思った。バイブ音だと。

 座っているソファーから背を離し、スマホを見る。画面は暗い。手に取る。スマホではない。音はまだしている。スマホを置いていたテーブルから。下か。けれどそんな音を出すものをスマホ以外持っていない。じゃあ何が。例えば動物が入り込んだとか。可能性は低いが。

 ローテーブルだから空間は少ない。だけど大人だって入ろうと思って入れないほど狭いわけではない。だから小動物とかなら簡単に入れるだろう。じゃあこの音はそういったものが出しているのだろうか。頭に浮かぶのは犬の威嚇。普通ならもう少し大きい音になりそうではあるが音の種類としてはそれが一番近い。

 けれど犬なんか飼っていない。飼っているのは金魚だけ。このあたりに野良犬もいない。そもそも犬みたいなサイズのものが入り込んでわからないはずがない。けれど動物の鳴き声の高さは大抵体の大きさで決まるものだ。小さいものは高い声だし大きいものは低い声だ。そう考えると犬より小さいものの鳴き声と考えるには少し低すぎる。

 思い当たるものはない。ソファーから離れてテーブルの下をのぞき込むのが億劫だから考えていたのに、候補を消していってしまったら得体の知れないものがいる可能性にたどり着いてしまったせいで恐怖まで追加されてしまった。けれどわからないからには確認するしかない。思い切ってのぞき込む。カーペット、テーブルの脚、それだけ。何もない。音はまだする。

「上?」

 つい声が出る。テーブルの天板より下に耳が来たら上からの音に感じるようになった。じゃあ天板の中とかに何かあるのだろうか。気になる。

 テーブルの上を片付ける。テーブルを倒す。

 ギュッ。

 一瞬音が変わって、そうして音が止まった。

 天板の裏をしっかり見る。触ってみる。もう音はしないから全体を確認する。けれど何もない、何もないように思う。

 がっかりしながらテーブルを戻す。テーブルの上のものも戻す。

 何か音がするならば何かあってほしいし、テーブルを動かすという大きなことまでしたからにはその思いはもっと強かった。それなのに何も見つからないなんて。骨折り損のくたびれ儲けだ。


 数日経った。あれ以来謎の音はしていない。もしかしたら私のいないときにはしているのかもしれない。けれどそういうどうでもいいことのために家にずっといるなんて選択肢はない。

 でもなんとなく気になる。多分生き物の出す音だと思ってしまったから。何か私の知らない生き物がいるのだろうか。

 スマホをテーブルに置く。飲み物を取りに行く。

 戻ってきてテーブルを見る。立ち竦む。

 ゲームに出てくるミミックのようだ。なんとなく私の頭の中にあるイメージと同じようなギザギザの歯。それが穴からのぞいている。口なのだろう。奥の方は暗くて見えない。まだ少し離れているからそれも当然だろう。上に置いていたスマホが穴の中に入る。吸い込まれるように入ってしまう。

 バキッ。

 小さく音が聞こえる。そのまま口は閉じた。音はもうしない。

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