第12話

 入学式前日、俺は英歌に連れられながら自転車を買うため店を訪れていた。

 英歌には俺が来る前に買う時間なんて幾らでもあったろうに「一緒に選びたかったのっ!」という謎の拘りからまだ買っていなかったらしい。


「なあ、お揃いの選ぶ必要ないだろ」

「えーっ、ダメ?」


 ダメではないのだが、俺は頷いた。俺が選んだのは普通のシティサイクル。高校生の男子ならもっとスタイリッシュでスピードの出せる種類を選んだ方がいいと思うが、俺達が住んでいるのは都会だ。

 遠くに行きたいなら電車かバス等の交通機関を使った方が費用と時間を考えて効率が良い。

 それに、食事調達を毎度英歌に任せるのは悪いのでカゴ付きが良いと判断した。


「英歌はこっちとかいいじゃないか?」

「電動? 私体力あるよ?」

「それは知っている」


 実際には、電動にすべき理由などない。しかし、それでも違う種類を勧めるのは、執着がエスカレートしないように、という側面の意味合いも孕んでいる。

 昨日、ペアのプレゼントを渡して同じ物を使うことに執着しないで欲しかった。

 あとは、食材調達の後に料理もするのに疲れて欲しくないというのが本音だ。

 体力が幾らあったって、疲労は如実に五巻を鈍らせ怪我をさせてしまうかもしれない。

 折角綺麗な手をしているのだから、絆創膏や包帯は似合わない。

 英歌が料理に慣れてそうなのは知っているが、今までとは環境が違うのだし何が起こるかはわからない。

 少しでも支えられるところがあれば支えてあげないと心配だ。


「でも、空くんが勧めてくれるならそうする!」


 悩むのも束の間、英歌は電動アシストの付いた自転車を選んだ。

 帰りは2人並んで自転車に乗りながら帰ったが、新しいのでまだ慣れないな。


「やっぱり思い出は共有しないとねっ」

「そのために一緒に選びたかったのか?」

「そうだよ〜。もう家族みたいなものだからね」


 意識の違いから、俺は英歌の考えを理解できていなかっただけだったのか。

 家族……それが英歌の考えの基盤になっているのなら、それは今までの生活で足りなかったものなのか、逆に当然のようにあったものなのかなのだろう。

 だから、少し卑怯が質問をしてしまった。


「英歌は、小さい頃から両親とそういった思い出を残してきたの?」

「どうなのかしら。欲しいものは即時に通販で送られてきたし、そういう意味ではなかったのかも。でも、その分お話で笑わせてくれたりしたから私は充分思い出を紡いできたよ」


 あれ、推測とは何方も違うのだろうか。

 小恥ずかしいが、本当に俺のことを好きだから、という理由が残る。

 いいや違うか、そう伝えてきたのか。

 いつか読んだ『星空の探し物』を思い出す。主人公が好きだった少女は、主人公の事を密かに嫌っていたのだ。

 皮肉を挟み冗談を言っていたのは嫌いという感情の暗喩だった。

 小説は5章構成で、俺は初めの1章でその想いに気づいた。

 英歌には、そんな陰すらない。何がきっかけなのか俺には検討もつかないが、その想いに嘘を感じない。

 俺の好きな小説に序盤からの伏線は隠された嫌悪。もし今の現実を小説にするのなら、伏線は愛好を示すことではないだろうか。

 明確に英歌がそう示しているのだから、伏線ですらないか。

 でもだからこそ、少しでも彼女の一面を多く知りたいと思ってしまった。

 考え事をしていたら、家に着いてしまった。地下の自転車置き場に持っていき、エレベーターで住処へと帰った。


「それじゃっ、時間あるしゲームでもしましょう?」

「んー? 時間はあるけど、ゲームか」


 手洗いうがいを済ませるなり、そんな事を言い出した。

 英歌がゲームというのが意外だった。まあ英歌のような人種が家で何しているかなんてわかる筈もなかった。

 英歌も中学の頃は実家に住んでいたらしく、理方高校に通うために来たのだから、この地域には友達がいないのかな。


「あれ、ゲーム嫌い?」

「いいや、そんな事ないよ。やろうかゲーム」


 俺は暇な時はゲームよりも読書をしている派だが、これも英歌のいう思い出なら、付き合って損はないだろう。

 ゲームは4人対戦のパーティゲームだった。

 さぞ英歌はこのゲーム得意なのだろうなと、初っ端からCPUの強さを最高にしてプレイしたら、惨敗した。


「もしかして英歌ゲーム苦手?」

「いえいえいえいえ、ほらCPUが強過ぎただけで苦手という証拠にはならないでしょ?」


 素っ頓狂に手をぶんぶんと振り言葉も強調している。

 もしかして、英歌も初めてプレイしている? 

 これは基本運ゲーのようだが、英歌は非合理的な自分の好きな選択をし続けていたのだ。


「次はCPUの強さを簡単にしよう。てか、CPUと張り合っても仕方ないだろ? 初心者同士やろうぜ」

「初心者じゃありませんけど!?」


 力強く訂正してくるが、本当だろうか。


「プレイ回数は?」

「10回だよー。強くなったと思ったのに」

「付け焼き刃じゃねーか!」


 成る程、恐らくCPUの難易度の落差に愕然としてしまったわけか。

 難易度は簡単、普通、難しい、の3つしかないので、極端なのだろうな。

 というか、この手のゲームってCPUの思考が強くなるだけでなく運も強くなるから卑怯なものだ。

 英歌が、残念そうな表情をするので考えを改める。


「じゃあ難易度普通でやろう。それで充分強いなら楽しめる」

「やった。私が3回連続で勝ったらCPU1つは難しいに設定し直していいよね」

「安心しておけ。3回連続は無いと思う。俺もほんきでやるから」


 その後、交互に勝ち負けを繰り返し、偶にCPUに出し抜かれるような結果になった。

 気付けば空が茜色だったのでゲームは終わった。

 よく考えたら、英歌は俺と遊びたかっただけか。

 そう考えると笑えてきて、声に出したら、英歌も「楽しかったね」と満面の笑みを見せてくれた。

 俺も同じ言葉をおうむ返しになってしまったが、本心からそう思えた。

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