Chapter 1: 高校デビューは成功?失敗?

第13話

「だから、秘密にするの」

「え」


 入学式の朝、食事をしながら英歌はそう言い出した。

 俺と英歌が許嫁である事は2人だけの秘密にしたいらしい。

 英歌は俺の反応に「何か不味かった?」みたいな不思議そうな顔をしながら首を傾けていた。


 どうしよう、もう言ってしまったよ。

 でも今バラしてもバラさなくても英歌を悲しませてしまうだろうし、俺は黙秘の道を選んだ。


 しかし、朝食を片付け洗って後の俺の行動は早かった。

 部屋に戻りすぐに『男女の友情は成立する同好会』のグループを開き、事情を説明する。


『そこはもう謝った方がよかったのでは? 私達の許可はいらないでしょう』

『晴れ晴れとした入学式の朝から修羅場はごめんだ。いや、昨日言えば良かったか』


 完全に俺の判断ミスだった。どうやって切り抜けようかと考えた結果、やはり黙秘しかないのではと思ってしまう。


『何か対処方法考えとく〜』

『期待している。でも、肩身が狭いなー』

『ははははっ、頑張れ〜』


 仕方ないので、とりあえずは保留にしておこう。この2人なら無闇にバラしはしないだろうと信じている。


「空くん、着替えはまーだ? ですか?」

「まだ着替え途中だ。少し待っていてくれ」

「はあい」


 長い間準備もせず部屋に篭っているのは不自然に思われてしまったかもしれない。

 これ以上通知もこないので脱兎の如く颯爽と準備を終わらせ部屋を出た。


「すまん、待たせた」

「ねえねえ、どうどう? いい感じ?」


 英歌はひらひらとした制服のスカートの端を持ち上げ背中まで見せるように一回転した。

 服に詳しくないのでわからないが知っている限り最も既存の近いのはボレロタイプの制服だろうか。


しかし、スカーフのようなリボンはそのタイプではないだろう。そんなレディースのアスコットタイの一種であるこれだが、白色だ。見事に英歌の髪色にも瞳色とも一致しないが、それでも上手くマッチしていて目立つ。


「似合っているよ。結っている髪型もね」

「やった! 空くんもお似合いだよ!」


 男子の制服はシンプルなブレザーだが、通気性と肌触りが良い感じだ。

 理方高校の大きな特徴が、この制服である。


 伝統的なデザインの制服が多い他校と違い、制服はベースカラーがベージュなのだ。

 以前からネット活動する新たなニーズを生み出し続けるデザイナー『SAKI』が2年前、学校の制服のために初めて提供した。


 学校側からすれば新たな試みだったのだが、それがヒットしたのか、1年前の倍率は5倍に膨れ上がり、理系の学校にも関わらず、女子の比率を引き上げた。


 今年入学予定の新一年生つまり俺らは、男女比率が一対一にまでなっている。

 この学校の偏差値が大きく上がったのもその影響であり、『SAKI』は更に名声を高めた。


「SAKIはまだ学生って噂を訊くよ。すげえ。もしかしたら、自分が理方に入るから、デザイン提供を引き受けたのかもしれないな」

「ふふっ、そうだね。実はね、SAKIの正体知っているから言っちゃうけど、概ね合っているよ」


 英歌は、驚愕する俺の顔をじっくりと見てまた笑った。


「は? 本当で言っている?」

「こんなくだらない嘘つかないよ〜。まあこればっかりは深く教えられないけどね」


 俺の食い付きに、嬉々として受け答えてくれるが、英歌が教えられないというのなら聞くべきではないだろう。

 そう長話している場合じゃないと、一緒に家を出て登校しようとしたが、英歌が引き止めた。


「一緒に行きたいのは山々だし、空くんから誘ってくれるなら感激だけど、最初に言ったでしょ! 許嫁は暫く内緒なのです」


 欣々然とした様子だったが、すぐに妥協できまいといった頑固さを発動させた。

 つまり、時間差を作って登校すべきだと言いたいわけだ。


「あー、そういやそうか。いずれバレると思うけど、なら英歌先行ってくれ」

「多分だけど空くんの方が歩幅長くて歩くに早いと思うので私は後にする」

「じゃあそうする」


 英歌の考えは一理あったし、それならそうと急いで決めた方が良いと納得して玄関から出た。

 理方高校には、徒歩で15分。自転車通学が禁止である。最寄り駅からは10分かからず、多くの人が電車通学である。


 俺の実家からは乗り換え2本必要になってしまうので、一人暮らしを選んだのだ。

 グリーンベルトに並ぶ桜の花弁に迎えられながら、歩いているとあっという間に校門前へと辿り着いた。


 入学式にやってきた多くの生徒がぞろぞろと中へ入っていくが、その中で俺は信じられないものを見た。


「嘘……だろ」


 俺が見つけて、凝視した人物は視線に気付いたのかこちらへ振り返り目が合ってしまう。

 過去の思い出が走馬灯のように浮かび上がる。


 ——冗談よしてくれよ。


 一昨日に引き続き、またも俺を震撼させた。鼓動の音が鳴り止まない。

 目の合った人物はこちらへと向かってきた。


「久しぶり、同じ学校だったとはね。またよろしく、空くん」

「あ……ああ、久しぶり一花」


 それは俺の初恋の人、そして既に失恋した相手、苺木一花だった。

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