第10話
引越し初日が終わり就寝時間、ベッドに座ると今まで使っていたのよりも沈まない。
ある程度は持ってきた家具なのだが、欧咲家のご厚意で用意されたものも多い。
その一つがベッドなのだが、通気性が良さそうだった。マットレスは低反発ウレタンと中々太っ腹なチョイス。
「ははっ、逆に眠れなさそうだ」
良い素材は睡眠の質を上げるというが、実際どうなのだろう。枕といい、やはり慣れたものが一番良さそうだ。その枕は俺が持ってきたものなので、そこまでの心配は無いだろう。
ベッドに座りながらジャンプしても軋むような音が出ないのはポイントが高いよな。
……と、ベッドで遊んでいる場合じゃないなとスマホを開き、連絡アプリを開くと、通知を切っていたので気づかなかったが、夏美と砂那からグループに招待されていた。
グループ名は——『桜並木(仮)』
命名者は確実に砂那だろう。すぐに変えなければ、とグループに入った。
『うす』
『こんな時間まで彼女とイチャイチャしていたのかしら』
『プレゼントどうだった?』
『大成功。ありがとうな』
『無視しないでもらえる?』
『砂那もありがとう』
『感謝は幾らでも受け取ってあげるわ』
彼女達のセンスの良さには最高に感謝している。恋人に渡すみたいで緊張はしてしまったが、あれがなければ今頃やるせない気分になっていただろう。
好物のプリンを分けてくれたくらいだしな。
俺の話はいいとして……。
『グループにアイコンと名前どうしたんだよ』
『桜並木。それはまるで——私のイメージ』
何か因縁か確執のような深い理由があるように思えてきた。そうは思いつつ、俺も確かに写真に映る桜並木は絶景だと思った。
『まだ言っているのか。もう手遅れだから高校では頑張れ!』
『ぐすん』
悲しみを表現しているのか。最近だと若者には「ぴえん」みたいなのが主流だと聞いているが、皆が皆、流行に流されないということか。
中には反骨精神の塊みたいにそういう小さい部分でも決して曲がらない人もいるが、砂那はそういう感じでもない。
『へーアングル良い感じ。壁紙に良さそう。元の写真頂戴?』
『いいわよ』
『砂那も壁紙変えろよ』
『ななっ、見たの? 私のみゃーちゃん。待てよ……あああ、今日開いていない筈のアプリが1分未満だけど起動しているわ!』
『あっ』
失言だった。文面がこちらで消しても向こうからは消えないので誤魔化しようがない。
猫に「みゃーちゃん」なんて名付けているなんてかわいいと思って油断していた。
『え、どうしたの? 砂那。空も反応しているし、どーゆーこと?』
『見たの? 私のホーム画面』
『見た。ごめんなさい』
言い訳して仲が拗れるくらいならきちんと正々堂々謝ろうじゃないか。
なんなら俺の土下座の写真を送ってもいい。
『うーん。よくわかんないし勝手に見た空も悪いけど、砂那も暗証番号なりでロックしとこうよ』
『当然、していたわよ』
出来るだけ俺をフォローしようと夏美が解釈を展開したが、この疑惑がそんな杞憂だったらどんなに良かったことか。
俺は認めているので疑惑ではなかった。
『えっ、どういうこと? なんで開けられたの? 二人って今日が初対面だよね?』
それは気になるだろう。夏美は混乱していた。人の暗所番号を許可無しにバラすのも良くないと思うけど、砂那にセキュリティを意識してもらいたいので教えるか。
『暗証番号が337337だった』
『すっごい。それは私も試したくなる。しかも綺麗に3桁が繰り返されるなんて砂那の名前すごいね。で、ホーム画面に見られちゃ不味い壁紙設定していたの?』
『ああ、バッチリキメ顔の自撮りがなぁー』
『うわあああああああ』
いつもの上品を取り繕った喋り方やめたらいよいよイメージが元も子もない。いや、元なんてあっただろうか。出会った瞬間にはあったな。
俺のイメージではあの瞬間だけは砂那が親切な少女にしか見えなかった。
『見たい! 見たい! 見たい!』
3回もそう繰り返して興味津々の様子がよく伝わってきた。
『その犯罪者に見せないなら個チャで送ってあげるわ』
心の中で反省した。俺ももう一回くらいは見たかったが、今お願いしても無理だろうな。いいや、一回ぶつかってみるか。
『なんだよ、俺には見せてくれないのかー。まさに『桜の木』、いいや『満開の桜』ってイメージに合っていたのにー』
『黙りなさい! ばかっ!』
交渉は無理だった。幾ら今更機嫌を取っても手遅れらしい。しつこいのは嫌われるだろうし諦める他ないか。
『壁紙にするね』
『切実にやめてほしいわ』
『そんな事よりもグループ名変えようぜ』
『あたしも賛成! ダサいよ』
『がぁん』
今の、俺悪くないよな。さっきまでの溜まりに溜まった罪悪感で勘違いしそうになった。夏美は悪びれも無く話を続けた。
『はい! 改名希望の多数決! あたしと空で賛成2票。決着!』
『あんまりだわ!』
『空はなんか名前の候補ある? 許嫁を落とそう会的な?』
『どうして落とす。それに、もう落ちているよ』
反射で打った文面だが、理解する前に送信してしまった。我ながら気持ち悪! でも、いいさ。もう、俺の株なんて下がりきっている。どんなこと言われても傷つかない自信がある。
『ちょっやべーよ、砂那さん。こやつ文面だけで謎のイケメンオーラを出してきてやがる!』
『イケメンオーラ? うーん空は普通にキモいわ!』
『ド直球やめろよ!! 傷付くだろ』
自分でも確かにそう思ったが、他の人に言われると尚更傷付いた。
俺は心の疲れでベッドへうつ伏せになりながらトークを続けた。
『まあ既にモテモテなのはわかったわ。許嫁がいるって知らなかったら、自意識過剰のナルシストだと思っていたかもね』
『充分ナルシストなんじゃない?』
『そう褒めるなよ~』
もうここまでいったら引き返せないと、勢いに任せてそう書いた。
ここまで行ったら背水の陣を引くしかないって訳だ。
『認めやがった……』
『死角が無いわ……それで、真面目にグループ名は何にするの?』
『そうだなあ…………』
俺は迷いつつ、それっぽいアイデアが閃いた。
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