第8話

「ただいま」

「おっかえりー!」


 玄関に入るなり、元気な声と共に英歌が駆け寄ってきた。同じ家なのだから、居間で待っていればいいものの急いで来たのは、俺が長い間外出していて心配かけてしまったのかもしれない。


「ごめん、遅くなった。色々あって遅れた」

「そうなの? もしかして……迷子?」

「そんなわけなっ……いやそうだ。ちょっと迷っちゃって」

「そうだよね。見知らぬ街に1人きり、まさかと思って電話に110を入れようかと迷っていた!」

「あっぶないな!!」


 やりそうだとは思っていたけど警察沙汰すれすれの、まさに崖っぷちであった事を知り肝が冷えた。

 俺も子供じゃないのだからそこは信頼してほしい。

 同級生の女子を2人も友達にした事は、黙っておこうと誤魔化した。

 心配してくれていたのは本心なのだろうし、俺も英歌には迷惑かけてしまったな。


「待たせてしまった分でお詫びとしちゃなんだが」


 俺は左手に持っていた紙袋を手渡す。利き手は食材の袋を持っていたので少々不恰好なのは許してくれよ。


「えっ、本当に?」

「ああ本当だ」

「これ、ペアのだ」


 取り出しはしないが、中を開いて気づいたようだ。目が良いみたいだ。


「ペアだけど柄尻の形が違うのが特徴だ。好きな方選んでくれ、もう片方は俺が使う」

「ありがとっ! 大切に仕舞っておくね」


 そう言いながら手を掴んで更に顔を寄せてきた。外は夕焼けの終わりなのに晴天のような笑顔を見せてくる。天井の電気が目に反射して、本当にきらきらと輝いていた。


「使うものなのだから、使ってくれなきゃ困るだろ。何の為のペアセットだよ」

「わかった。丁度良いケースだし、学校でもずっと一緒だね」


 手を更にギュッと掴んだ。ずっと一緒なのは俺じゃないぞ。俺の代わりにしてくれればそれでいい。今日からそのカトラリーセットは俺の代わり身だ。

 ……何考えているのだろう、俺。


「じゃあ俺は料理を作るから、待っていてくれ」

「えーっ、もう充分待ちましたー。時間切れなので私も参加するー」

「時間制限あったのかよ!」


 今度は項垂れた声で駄々を捏ねる。感情の移り変わりが激しい。正直そういう部分は見ていて飽きない。


「わかったから。早く退いてくれ。手も洗えない」

「はあい」


 やっと手を緩めて退いてくれた。徐々に手の温度が下がっていくのを感じた。英歌、体温高いな。

 その後、俺が手を念入りに洗っている間に食材を冷蔵庫へと仕舞ってくれた。

 結局、一緒に料理をしたが初めての経験で少し大変だった。

 基本的な工程は、俺の指示に従ってくれたのでスムーズに進んだが、英歌が何のこだわりなのか隠し味なのかわからないけど冷蔵庫に元から入っていた食材取り出してぶち込んでいた。

 その度に頭を抱えそうになったが、出来上がった料理には良いスパイスになったのか俺の料理の味には影響を与えず、香りが良くなっていた。


「美味しかったねっ。という事で判定を言い渡します」


 お互いにご馳走様とお粗末様を其々言い渡し食べ終えた後、英歌は腕を組み真剣な顔で判決を下した。


「合格です! 空くんの料理も認めたげる! 偶数日が空くんだっけ? 私は奇数日で料理しよう」


 判定の詳細は不明だが、一緒に作っている以上間違いなく俺の料理の評価は正確じゃない。

 それどころか、ここまで俺の料理を強化……いいや進化させた英歌は天才であると認めざるを得ない。

 だが、そう言ってくれるならこれから料理に精進しよう。

 改善点がある事は今回の件でよくわかった。本屋が近くにある事も確認できたし、暇があれば料理関連の本を探すのもアリだな。


「あっそうだ。カトラリーこっちにするね」


 食器具を片付けようと流し場へ運んでいると、俺が渡した紙袋から、俺の分も一緒にカトラリーセットを取り出し渡してきた。

 選んだ方を右手で前に出して教えてくれた。

 そうして、冷蔵庫の中からプリン2つを取り出し見せてきた。元から住んでいた英歌が買っていれておいたものだろう。


「聞いてなかったけど、アレルギーとか大丈夫?」

「何もない。だからプリンも食べられるよ」

「やった! じゃあ洗ったスプーンで食べようね」


 成る程、早速カトラリーを使いたかったから洗いたかった訳か。

 ぱぱっと洗うのを終わらせて次の課題に移った。


「プリンは風呂の後に食べよう。で、その風呂の順番だが……」

「タオルは共用ね。空くんの着替えは部屋にあったよね。脱衣所に持っていって。整理する時間あるから必要だと思うから今日は私が先に入るけど、先に入りたい?」


 あくまでその部分の一線は引いてあるようだ。一緒の入るようなことを言ってこなくてよかった。

 なんだかんだ言っても、部屋の広さは高級マンションに恥じなかったし、風呂場もそうだった。

 だから、その行為が充分可能だったのに対し、その発想に至らなくてよかった。


「すんなり決まるなら英歌が先で俺が後でいいよ」

「了解っ!」


 最後に元気にそう言うと逃げるように素早く自室に行き、寝巻きを持って脱衣所へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る