第2話
「改めて初めまして、
「ごっ……ご丁寧にどうも。
持ち込んできた手荷物だけを自分の部屋に置いてきた。まだ殺風景な部屋だが、何も弄られていなかった事にはホッと胸を撫で下ろした。部屋は鍵付きだったので、俺の許可無しには何人たりとも入れまい。
朝から居間に二人きりとは、喋る事が無くなったのか、さっきまでのテンションが嘘かのように緊張が見て取れる。
ははん……そう武者震いしなさんな、初対面の男性と二人きりなのだから、それが普通の反応なのだよ。
「ご職業は……?」
「学生だよ!! ねえ、態とだよな? からかってきているのはわかったもういい。話が進まないから自重してくれ」
「てへ♪」
舌を出してはにかんだ顔は、全てを許してしまいそうになる。
待て待て、そう騙されてはいけない。きっと裏がある筈なのだ。
何故ならそう、欧咲家といえば今でもまあまあ事業を成功させている所謂お金持ちだ。対して、うちは普通の一家。そんな俺たちが、母親同士の会話で勝手に許嫁にされていたみたいだが、欧咲父は何処で出てくるのだろうか。
もしかして、欧咲父はこのことご存知無い? もしそうなら、不味い。事情を鑑みず、娘を誑かした不埒な男としてあらゆる手段で処刑執行人生終了の末路を辿るのではないか。俺の方が武者震いしてきそうだ。
「なあ……ご両親の許可は得てきたのか?」
「許可?……何の?」
「同棲の件……だけじゃないな。許嫁の件も……」
「許可が無いと出来ないでしょ!!」
当たり前でしょと言わんばかりの態度にムカっときた。俺が反芻していた不安は、自意識過剰だっただけとでもいうことなのかっ!
いやしかし、彼女は気付いて無い様子だしまだ装える。彼女と俺はどっちが上か下かの立場争いをしている訳じゃ無い。
いや……許嫁で立場の上下関係ある方がおかしいな。対等だろ。
改めてまじまじと彼女を見てみるが、容姿は今まで見てきた同い年の女子の中で断トツだった。照らすようなブロンドと、黎明に映る海のような瞳がマッチしているのだ。
そんな俺の視線に気付いたのか、彼女は凄く嬉々としていた。
「じろじろ見ちゃって〜。やっぱり気になっていたよね〜」
「そりゃーもう——男子高校生ですから!」
正確には、これから男子高校生になるのだが、細かい事は良いだろう。
お年頃の男子というものは興味津々なのですよ。ええ、それは幾ら装ってもついぞ視線で追ってしまうものでして……って何気持ち悪いこと考えているのだろうか、俺は。声に出さなくて良かった。
まず、改めて考えなければいけないのは目の前の彼女も被害者であるということ。
明らかにうきうきとした態度で賛成しているが、いずれ思い知るだろう。
そんな彼女と気不味い空気になるのはよろしく無い。
何故マイホームで言動に気をつけなければならないのかという疑問はあるが、俺は耐え忍ぶ事の出来る人種だ。忍耐力には自信がある。
「では、まず事の経緯について教えてくれ」
「えっとね〜。あっ、お義母さんから手紙来ていたよ。一昨日ポストに入っていた」
鳥肌が立った。この女、俺の母のこと「お義母さん」と呼んだよな。
そう言って差し出したのは一枚の手紙。封筒にも入れず見ようと思えば彼女に見られていても仕方ない。
『サプライズ〜! 許嫁の英歌ちゃんに今まで会えなかった分、親密な時間を過ごして下さい。会いたくて夜も眠れなかったことをこの母は知っています。これからは、英歌ちゃんと一緒だから気持ちよく眠れるでしょう。それでは、新生活頑張ってください。機会が出来たら遊びに行きます。母より』
とんでもない誤解に血の気が引いた。俺は避けていたのだよ! それが母の中で照れ隠しであると脳内補完されてしまった? 冗談じゃない。
あろうことか、なんで裸の手紙をよりにもよって確実に俺の来ていない日付で送っているんだよ。配達員のミスか? 訴訟してやる。
「この手紙、もしかして呼んだ?」
「宛先書いてなかったから読んじゃった。ごめーん」
彼女は悪くない。だけど、喋り方で悪気を感じさせてくるのはなんなのだろうか。
この手紙を見た彼女は俺がずっと好きだったと誤解するだろう。
つまり、目の前の俺がなんだかんだ言いつつ自分のことを好きでいてくれているのだと盲信しているのだ。
「訂正しておこう。この手紙は母の妄想だ」
「そうなの?」
「そうなの。だから俺は君のこと好きじゃない」
「ふーん。で、見た目は?」
「かわいいとは思うよ」
「ちっがーう! 好きか嫌いかの二択でしょ!」
「二択なのかよ! せめて選択肢増やせよ!!」
二択だったら好きだよ。でも、恥ずかしいだろ!
褒めてやったのに、不思議なやつだ。
「まあこの件に関しては、後日母直々に来てくれるのだからそこではっきりしてやろうじゃないか」
「来てくれるの?」
「は?」
「手紙読んじゃったけど、私宛じゃないって気づいて途中からは読んでない」
「この際読みたまえ」
「わーい」
棒読みでそう言いながら、俺の手元から手紙を掻っ攫った。
うん、悪いやつではないのだろう。でもこの先が思いやられるな。
「概ね、わかりました」
「本当か?」
「はい。よく考えたら、私の容姿を知らないのに夜も眠れないというのはおかしいですね。私の写真は世に出回っていませんからね。私がとんでもない深海魚のような顔だったかもしれないのに」
「よく考えなくてもそうだろ。あと、深海魚ってなんだよ。ブスって言葉と並べてよりダメージありそうだろ」
「でもですよ! 私は事実かわいい。さっき言質は取りましたね?」
「否定はしない」
「つまり、これから私のことを好きになって夜も眠れなくなると」
「はっはっは——それはどうだろう~」
別の理由で眠れなくなりそうだが、俺がお前を好きになる? そんな事はツチノコとのエンカウント率よりも低い。
「知っているか? 世の中の兄という生物は、妹がいるとそのガサツさから恋愛感情は生まれない。そして、一目惚れで付き合ったカップルの破局率は高い」
稀に妹がいて妹キャラに欲情する奴はいるが、変態を一般の枠として扱ってはいけない。
「それは相性が悪かっただけだよ〜。もう私達はこの時点で合格だよ!」
「何の試験受けていたのだよ……とにかく、俺が言いたいのはさ、お互い好きな人が出来たりして、もし付き合ったら、流石に同棲生活は終わらせよう」
「えっえええっ!?」
彼女は、目をまん丸くして俺を凝視した。そして動かない。何をしているのだろう。束の間の空白の時間が長い。
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