高校デビューしたくて一人暮らしを始めたら、なぜか許嫁と同居することになった。可愛すぎる彼女のせいで俺の青春は乗っ取られた。

佳奈星

Chapter 0: 許嫁がいたらしい

第1話

「ねえねえ、早くこっちに来てよー! 家に入ったら美少女がいて驚いちゃった?」


 俺は、手持ちの荷物をポトリと落とし、自分の家の玄関に直立したまま、目の先に見える少女を見つめた。ここは、高級マンションの一室であり、今日わざわざ早起きして早朝から出て昼になった時、つまりたった今初めて訪れた場所だ。

 愕然と脳裏に刺激が走った。


 ——してやられた!


 ここは紛れもない俺の新居に違いないだろう。新しい、華々しい高校生活を送るために用意された俺だけの憩いの場になるはずだった場所。

 「だった」などと過去形になってしまったのは、俺の目線の先にいる少女が原因だ。


 俺が部屋を間違えていたなら全然良かった……が、そんな都合の良い事はない。いやそれはそれで、家の鍵が何処かしら別の鍵で、知らない家も開けてしまうという事で、施錠に問題のある訳あり住宅という事が発覚してしまう事なので、良くないな。


 そして、先に部屋に住んでいる少女とは初対面なのだが、一体俺にとっての何なのかだけは察しがついていた。

 気づけば、少女は俺の目の前まで近寄ってきた。


「どうしたの〜? 反応が見えないと私の一人芝居が寒く思えちゃうから早く来てよ。許嫁でしょ〜」

「俺には、一言も許嫁になってやるとは言った覚えがないけどな」


 きっと、いいや今のやりとりで確定したよ。この子が、俺の許嫁である欧咲英歌おうさきあやかなのだろう。


 以前から、母親が話を何度も訊かせてきた事を思い出す。

 その度に、会うための機会を作って俺を合わせようとしてきたが、何らかの理由を付けたりと、強情な態度で拒んできた。

 しかし、それがいけなかったのだろうね。

 母親は強行策に出てしまったようだ。

 だが、それもまだ俺の推測の域かもしれないので、確かめよう。


「まず始めに教えてくれ。君はここに住むのか?」

「うん! そうだよ! これからよろしく! 私のこと知っていってね!」


 同棲が認められてしまった。

 強行策にしても、同じ家に若気のある男女二人だよ? 更に俺の承認無しで、俺の知らない女子で、しかも結構可愛い。


 向こうの親は認めてくれているの? 止めなきゃダメじゃないか大事な娘御の貞操の危機かもしれないのに。


「ちょいちょーい、空くん反応は? 幾ら許嫁という前柄でもね、礼儀は大切なのですよ!」


 何食わぬ顔でそう言うが、アポ無しというのは無礼なんじゃないのか。あれ、この場合アポ無しなのは俺か? 頭がこんがらがってきてしまった。


「そうだな。名前は知っている様子だけど、俺は朝倉空あさくらそら。はあ、多分君の許嫁ということになるのだろう」

「うんうん! 多分じゃなくて本当に本当なのだけどね! 知っているとは思うけど、欧咲英歌おうさきあやかです! これからいっぱい私のこと教えてあげる!」


 上目遣いで態とらしくウインクしながらそういうが、完璧過ぎる仕草が逆に心に響かずに済んだ。


「少し話しただけで大体の性格はわかったよ。気になったのだけど同じ言葉を連呼するのは癖?」

「ううん、初対面は賑やかな方が良いかって思いまして。テンション上がるでしょ?」

「確かに——テンションたっかいな!!」


 今時の女子高生らしくないというか、まるで下ネタで盛り上がる男子中学生のテンションだ。


「始めに言っておくが、俺は超インドア派なのでよろしく」

「えっ…………私もインドア派〜!」

「嘘つけ!! なんだよ、今の間の開け方。絶対今嘘ついただろ!」


 リア充よろしくのテンションでそれは無理がある。なんていうか……うん、釣り合わないな。

 母からも、良い子だとは聞いていたが、こんなコミュ強っぽい子だったとは思わなかった。


 普通の人なら、喜ばしいことじゃないかなって思うよ? 明るい美少女と同棲、夢みたいじゃないか。

 でもさ、日頃から友達と遊びに行かない将来引きこもりになりますって言っているように見える根暗男子にとっては……眩しすぎて燃えきっちまうよ。


 丁度南中の時刻だ。

 窓が南向きなのに、常に東から昇ってくる太陽に照らされているようなブロンドの輝きが、穏やかに美しく、翡翠のようなサファイアのような、一色に収まらない瞳が、俺を見つめる。


「まっ、空くんの気持ちはわかります!」


 彼女は自身満々にそう言った。初対面で心読まれていたらいよいよ怖いのだが大丈夫か?


「本当か? 当てて」

「えっ……『こんな美少女と二人きり、俺もう実家に帰れないよ〜』って感じ?」


 帰りてえよ! ……とツッコミたかったが、可哀想なのでやめた。謎の自信はどっからくるものだよ……。


「まあ、こうなっちゃったのは仕方ない。俺だけじゃなくて、欧咲さんも被害者だ。一旦落ち着きたいが、俺のプライベートが確保されているのかを知りたい」

「英歌。名前で呼んで? 私だけ下の名前呼びだと寂しいもん」


 何故、俺が合わせなければならないのかと苦虫を噛み潰したような感情が脳裏に浮かぶが、質問に答えて欲しかったので、諦めた。


「英歌さん、俺のプライベート……」

「英歌。呼び捨て!」

「お前は俺のこと『くん』付けていたよね!! 訳がわからないから、質問に答えてくれ」

「仕方ないな〜。ちゃんと、二つの部屋がありますので、そこは排他的不可侵領域とします」

「なんで『排他的』なんて付けた!? 入ったら攻撃されるのか?」

「襲っちゃいます。そっ、その……身体で」

「余計な事訊いた。照れ臭そうに言わないでくれよ」


 すると、歯並びの良さを見せつけるかの如く笑って見せてくれた。

 段々と彼女のペースに流されて俺もいつもよりテンションが上がってしまった。


 はっ! と気づいたが、どうすればいいんだろう。これから毎日この子と暮らすのは、俺のプライベート時間の危機なのではないだろうか。

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