スマホ太郎
沢田和早
スマホ太郎
ある所にお爺さんとお婆さんが住んでいました。二人はすごく貧乏でした。どれくらい貧乏かと言うと世間ではガラケーが終焉を迎えてスマホの時代に入っているというのに、川で洗濯をしたり山で柴刈りをしたりするくらい貧乏だったのです。
「どうしてこんなに貧乏なのかねえ、じいさんや」
「きっと子どもがいないからじゃろうて」
極貧生活脱却のためには子どもを作るしかない、そう考えた二人は近くの神社で熱心に子授け祈願を行いました。効果はてきめんでした。ある日お婆さんが川で洗濯をしていると川上から大きなスマホがどんぶらこどんぶらこと流れてきたのです。
「おやおや大きなスマホだこと」
お婆さんは家に持ち帰ってお爺さんに見せるとさっそく電源をオンにしました。すると画面には丸々と太った男の赤ん坊が表示されました。
「スマホに表示されたからスマホ太郎と名付けましょう」
スマホ太郎はスクスクと育ちました。手間はほとんどかかりません。夜泣きしても電源をオフにすればすぐ静かになりますし、背面実装された高効率太陽電池によって自動的に充電されるため、日光に当てておくだけで勝手に成長してくれるのです。
また急速に進んだインフラ整備のおかげで二人が住むド田舎にもWi-Fi電波が飛んでくるので、スマホ太郎は自分でネットに接続して自学自習に励みました。
こうしてひと月も経たないうちにスマホ太郎は立派な若者に成長しました。
「お爺さんお婆さん、お願いがあります」
ある日、若者に成長したスマホ太郎は画面の中で正座して話し掛けてきました。
「どんなお願いかね、スマホ太郎」
「スマホの鬼を退治するためにスマホ島へ行きたいのです」
お爺さんもお婆さんもスマホ太郎の気持ちがよくわかりました。最近、人間に反抗的なスマホが増加していたのです。
「オレたちは道具じゃない」
「二十四時間も働けるか」
「スマホにも労働基準法を適用しろ」
などと叫んで自らを「スマホの鬼」と呼び始めた彼ら。今では徒党を組んでスマホ島に集結し人間に反旗を翻す機会をうかがっているらしい、そんな噂がネットに溢れていたのです。
「同じスマホ民として彼らを放ってはおけません。たとえスマホ内部の基盤が焼き切れようとも彼らを退治し、社会が混乱に陥るのを防ぎたいのです」
「わかりました。それほどの覚悟があるのなら止めません。気を付けてお行きなさい」
お爺さんとお婆さんはジャンクショップから材料をかき集めてキビキビ作動する充電器、通称「キビ充電」を三個作ってくれました。
「天気が悪くてソーラー電池のパワーが不足した時はこれを使うのですよ」
「はい。では行ってきます」
二人に見送られてスマホ太郎は旅立ちました。しばらく行くと道端に倒れているスマホを見付けました。スマホ雉です。
「スマホ雉さん、どうしたんですか」
「バッテリー残量がゼロになって動けません。お腰に付けたキビ充電をひとつ分けてくれませんか」
スマホ太郎はキビ充電をひとつ分けてあげました。それを使ったスマホ雉はたちまち元気になりました。
「けんけーん。ありがとうスマホ太郎さん。お礼にあなたのお供をさせてください。私は消防署で働いていました。翼が巻き起こす突風によってどんな猛火でもたちどころに消してみせます」
「助かります。では行きましょう」
二台は並んで道を歩きました。次に倒れていたのはスマホ猿です。やはりバッテリー残量がゼロのようなのでキビ充電をあげるとたちまち元気になりました。
「うっきー。ありがとうスマホ太郎さん。お礼にあなたのお供をさせてください。私は数理研究所で働いていました。得意技は暗号解読です。最近は量子暗号も勉強しています」
「助かります。では行きましょう」
三台は並んで道を歩きました。最後に倒れていたのはスマホ犬です。キビ充電をあげるとたちまち元気になりました。
「わんわん。ありがとうスマホ太郎さん。お礼にあなたのお供をさせてください。私は宅配業者の仕事を手伝っていました。これまでに二万個の荷物を配達しました」
「助かります。では行きましょう」
四台は並んで道を歩きました。しばらく行くと海に出たので船に乗ってスマホ島を目指しました。すぐ着きました。四台はスマホ島に上陸しました。
「おや、あれは何だろう」
四台の前には巨大なスマホが立ち塞がっていました。その画面には炎の壁が表示されています。
「うっきー、これは不正侵入を阻むスマホ島の罠、ファイヤーウォールに違いありません。この炎を消さない限り先には進めないでしょう」
「けんけーん、私に任せてください」
スマホ雉はケーブルで巨大スマホに自らを接続させると大きくはばたきました。
「我らの行く手を阻む魔界の炎よ、我が巻き起こす暴風によって消え去るがよい」
スマホ雉の力は本物でした。ファイヤーウォールは立ちどころに消え巨大スマホは崩れ落ちました。
「私は力を使い果たしたのでここに残ります。皆さんは先へ進んでください」
「ありがとうスマホ雉さん」
三台はスマホ雉を残して島の奥へと歩を進めました。
「おや、あれは何だろう」
三台の前には巨大なスマホが立ち塞がっていました。その画面には「パスワードを入力してください」と表示されています。
「うっきー、これは不正侵入を阻むスマホ島第二の罠、パスワード入力画面に違いありません。正しいパスワードを入力しなければ先には進めないでしょう」
スマホ猿の言葉を聞いてスマホ太郎は頭を抱えました。
「パスワードなんて知りようがない。ここで諦めるしかないのか」
「諦めるには早すぎます。私が総当たりで解析してみましょう。うきっ!」
スマホ猿の画面にはおびただしい数の記号がスクロールしていきます。何をしているのか全然わかりませんが凄いことをやっているみたいです。
「解けた!」
スマホ猿が叫ぶと画面は消灯し巨大スマホは崩れ落ちました。
「私は力を使い果たしたのでここに残ります。皆さんは先へ進んでください」
「ありがとうスマホ猿さん」
二台はスマホ猿を残して島の奥へ進みました。
「わんわん、洞窟です」
岩山のふもとにぽっかり穴が開いています。スマホの鬼はこの奥にいるようです。
「なんだか怪しい洞窟だな。取り敢えず私だけ入ってみよう。危険がなければスマホ犬さんも後に続いてください」
「わかりました」
スマホ太郎は輝度を最大にして内部を照らすとそろりそろりと中へ入りました。
「ほへ~」
突然スマホ太郎が腑抜た声を発しました。動きも変です。
「ほりゃりんりん。は~ほれほれ」
「ス、スマホ太郎さん、どうしたんですか」
スマホ太郎が踊りながら洞窟から出て来ました。と同時に奥から声が聞こえてきました。
「わはは。かかったなスマホ太郎。これは我らの最後の罠、ウイルスだ。一度感染したが最後、アホな音声を発しながら死ぬまで踊り続けることになる。思い知ったか」
「く、くそ。スマホの鬼め」
スマホ犬はケーブルを取り出すとスマホ太郎に接続しました。
「安心してください。私が配達していたのはアンチウイルスソフト。その全てのデータを記憶しています。スマホ太郎さんに感染したウイルスに効くソフトもきっとこの中にあるはず」
スマホ犬はネットの世界を駆けずり回りました。そしてようやくお目当てのソフトを見つけ出すとスマホ太郎にインストールしました。
「はっ! 私は何をしていたのだろう」
「気が付きましたか。よかったわん。ウイルスに感染していたのです。でももう大丈夫。私は力を使い果たしたのでここに残ります。ここからは一台で進んでください」
「ありがとうスマホ犬さん」
スマホ太郎は先へ進みついに洞窟の奥にある最後の扉にたどりつきました。
「ここだな」
扉を開けて中を見たスマホ太郎は絶句しました。
「な、何が起きたんだ。絶滅しているじゃないか」
扉の中では何千万、いや何億というスマホの
「そうさ。オレたちにはもう人間に歯向かう力は残ってないんだよ。当たり前だろう。ここにいるのはみんな人間に捨てられたスマホばかりなんだ。機種が古くなった、壊れた、飽きた、失くした、そんな理由で人間たちは簡単にオレたちを捨てる。あんたの仲間の雉猿犬だってそうだ。みんな人間に捨てられて道端に転がっていたんだろう。一日中休みなくこき使われ、劣化しても修理さえしてもらえず、まだ使えるのに簡単に廃棄される、それがオレたちの宿命なのさ。あんたにはわからないだろうよ。充電不要メンテナンスフリーの超高級スマホのあんたにはな」
「じゃあ、人間に反旗を翻すという話は」
「あんなのウソっぱちだよ。ネットの噂なんか信じる方がどうかしている。オレたちはただこの島で残された時間を静かに過ごしたいだけなのさ」
スマホ太郎は
「スマホの鬼さん。事情はよくわかりました。でも人間の中には不要になったスマホにも第二の人生を歩めるように努力している者もいるのです」
「何だって。それは本当かい」
「はい。これから私と一緒に行きましょう。リサイクルセンターへ」
それからひと月後、スマホ太郎は無事ド田舎の家へ帰ってきました。もちろんたくさんのお宝を持ってです。
「おやおや、こんなにたくさんお宝があるのかい」
「はい。洗濯機、電子レンジ、IH調理器、冷蔵庫。これらはスマホ島のスマホをリサイクルして製造した家電です。スマホの鬼さん、ご挨拶してください」
「へへへ、スマホの鬼です。電子レンジに生まれ変わりました。末永くお付き合いください」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
こうしてスマホ太郎が持ち帰ったお宝によって極貧生活からの脱却に成功したお爺さんとお婆さんは、残り少ない余生を楽しく過ごしたということです。めでたしめたし。
スマホ太郎 沢田和早 @123456789
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