nox(夜)

一人で見た夜空はなんだか綺麗で

ずっと見ていたいと思った。



上弦の月が浮かんでいた。


たったそれだけ。


時間ごとに場所が移ろう月。

月は掴んでみたいと思っても

掴めはしないけど、

掴めるはずだったものを

誰かのせいで掴めないことよりは

ずっとましかなと思う。


最初から掴めないことがわかってるんだから。

落胆することだって、虚しくなることだって、

悔しくなることだってないんだから。




合唱祭の記憶は少しだけしょっぱかった。


悔しいと涙がしょっぱくなるように、

記憶の味もしょっぱくなった。


その味を舐めたくないと切に思ったって、

過去はもう変わらないから舐め続けるしかない。

もう記憶が変わることは風化するまでないから、このままを憶うしかない。


涙色の世界の中にかすかに聞こえる嗚咽は誰のものだったのだろうか。

その人の歌はきっと

涙で埋め尽くされたものだったのだろう。


けれど、私にはその人の歌が聞こえなかった。



まぁ当然か。

その人、つまり私が

歌えてすらいなかったのだから。

声にすらならずに消えた歌は、

歌えていたならどうだったのだろう。



私は許せなかった。

私をこういう風にさせた人間を許すことがどうしても出来なかった。


今年が終わるまでは、

これを引き摺ったままいよう。


それを復讐とするならば、

許さない気持ちを持って接すればいい。




ある夜に見た月は動いていた。

私はその時初めて月が動くことを知った。

あの日の北極星、ポラリスの輝きを私は忘れることができない。

憎悪と共に。

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