よそ者が向かう場所

数時間前の出来事。


相対の国の中枢にあたる「双璧の鏡城」と呼ばれる場所はおそらく一番豪勢な造りをした一番巨大な建物で、そこでは国中のお偉い人達が幾度と集会を開いては政治について話し合ったり、更には役場や様々な展示会など、民間への開放も積極的に行っている。故に二階の大広間も数百人規模は余裕で収容出来るように造られた。綺麗に磨かれた赤茶色の樹を並べた床を円形状に囲む壁には大きな窓がいくつもはめてある。大広間を貫く廊下を城の兵士が二人ずつ、行く先を塞ぐ。


今では避難所として使われており、自ら逃げてきた者や連れてこられた者の為に貸しきりとなっているが、徹底された兵士の監視下の中ではまるで牢屋のよう。精神的に限界をきたした一部の人が喚いたりなんて騒ぎもあったが、怖い兵士に抑えられてしまってからはおとなしく、関係のない人はさらなる、恐怖に支配されることとなった。

「・・・・・・。」

シフォンは体育座りで顔を伏せている。意外にも、兵士の胸ぐらを掴みわめき散らすほど怒りに我を忘れる暴漢っぷりを見せた後、数人の兵士に取り押さえられ、この有様。普段から行動を共に過ごしているレイチェルでさえ驚きのあまり唖然とする他なかった。常日頃、体裁を気にする素振りが目立つシフォンも時折感情的になる事がある。今回は異常だった。レイチェルも不安ではないと言えば全くの嘘になるが、彼が先んじて激昂した様を見ているうちに「自分が冷静でいなければ」という反動に抑制されたのだ。

「ぐるるる・・・窮屈だ・・・。」

一人の兵士。大広間の奥で窮屈よりかは退屈そうにそれはとても大きな口を開いて欠伸をした。赤の女王の兵士なのかは真紅のマントと鎧の隙間から垣間見える同色の服から明らかだ。人間の体格、唯一露出している頭部はどこからどうみても犬そのものだ。真っ直ぐ立った小さな耳、長い鼻筋、茶色い毛並みに額には傷、青と黄色のオッドアイが特徴的だった。

「・・・なあ、今なら逃げれるんじゃねえか?」

「バカかお前、見つかったら目つけられるぞ。」

前で聞こえるヒソヒソ声。極力声を潜めて話している。

「それによ、逃げるってどこに逃げるんだよ。」

その通り、ここより安全な場所は外にはない。

「・・・アリス・・・。」

シフォンがなにか呟いてる気がするが、先程から何を聞いてもうわ言しか返ってこないので無視をした。

「ひゃあ~ちょっ、ちょっと待ってよ!!」

突如、重苦しい静寂になんとも間の抜けた声が響いた。数人が声のした方をを振り向いた。レイチェルも同じく、または別の意味で。この声に聞き覚えがあったから反射的に振り向いてしまったのだ。

「僕はただ、偶然にもここにこんなタイミングで訪れてしまった僕にしか撮れない写真を、これは僕の使命で、あ、怪しい人じゃないぞお!うわっ!?ここは牢屋かい!?」

そこにはティノが泣きそうな顔で二人の兵士に引っ張られていた。ベージュのロングコートに首から一眼レフを提げて、抵抗はするものの腕を縄でしっかり縛ってあった。

「ティノ!?」

レイチェルの名前を呼ぶ声にティノは救いを求める目でこっちを見る。

「ああぁ・・・レイチェル君、助けておくれ僕は今カメラを持った不審者のレッテルを貼られているんだ・・・心の友のきみなら僕の無実を証明してくれるよね?」

「変質者だぜ、ソイツ。」

心の友であるレイチェルに事も無げに見捨てられた上に余計に悪い印象を与えられた。

「へへへへ、変態の君に言われたくないんだけど!で、ここはどこ?彼がいるって事は・・・。」

慌てて反論するティノをよそに、後ろにぴったり付き添っていた兵士が犬頭の兵士に声を張り上げて聞いた。

「アドルフ隊長!!こいつどうしましょう!」

アドルフと呼ばれた兵士は暫し目を細めて凝視してから興味なさそうに言った。

「かめらってのは没収しろ。周りに危害を加えないようならそこらへんに放っておけ。縄もほどいて・・・いいや、解くな。」

「はっ。」

二人の兵士が息ぴったりの敬礼をし、縄をほどき、人と人を掻き分けながら何故かティノをレイチェルの隣まで連れていった後、仕事を終えた二人は何処かへと行ってしまった。

「久しぶりだね、レイチェル君。」

馴れ馴れしく話しかけるティノに先程まで不愉快そうだったレイチェルもすぐに表情を緩めた。

「ははは、元気そうじゃん。俺は変態じゃねえからな。つーかなんでお前がこんなとこにいるんだよ。」

「ああ、それは・・・。」

そばにいたシフォンにも声をかけようとしたが、縮こまった姿勢が「僕には話しかけないでほしい」といった雰囲気を放っていたので触れないことにした。

「僕、新聞記者をやっているんだよ。仕事の関係で出張してたんだけど・・・この様さ。」

苦笑を漏らし肩を落とすティノ。「この様」の一言で大体は把握できたと同時に彼にも同情せざるをえなかった。レイチェルだって元はただの観光が目的で訪れたに過ぎないのだから。ティノの場合は不憫きわまりない。

「一体全体、何がどうなってるんだい。世界が滅ぶなんて聞いたけど、大袈裟に言ってるだけだよね。」

ティノは空気を読んでかいつもより声の大きさを落として耳打ちをした。

「俺もよくわかんねえんだ。ティノと同じく、巻き添えを食らったようなもんだからな。こいつも。」

レイチェルにこいつと呼ばれたシフォンは返事どころか微動だにしない。世話を焼きたがる性分のティノはどうしても彼の様子が気になって仕方がなかった。

「シフォン君、どうしたのかな?お腹でも痛い?トイレ行きたいのかな?」

本人に悪気はないが対応が微妙にずれているので思わずレイチェルも緊張が緩み吹き出してしまった。

「ぶはっ、ちょ、ガキじゃねえんだからやめてくれよ。ま~その、なんだ。疲れてるんだろ。そっとしといてやろうぜ。」

ティノにもわかるように説明するには何処から話して良いかもわからず、今のシフォンに「アリス」の言葉を聞かせるには少々気が引けた。幸いにもティノはそれ以上追及することはなかった。

すると、廊下から金属を鳴らしたような足音が聞こえてくる。 目を凝らしたアドルフは若干顔をしかめた。

「げっ、よりによってアイツか。」

現れたのはカルセドニーだった。手にはごつごつとした固形物をいっぱいに詰めた袋だかなんだかわからない形態になった帽子を片手に持っている。

「仲間から「隊長が見張りをしてる」って聞いたからどうせ力づくで黙らせたんだろうと思って様子を見にきてやったのよぅ。うわ、辛気くさっ!?なにこれ!」

想像以上だったのか、誰もが暗い顔をして俯いているものだからカルセドニーも驚きを隠せず素っ頓狂な声だけがよく聞こえる。

「仕方ねえだろ。脅してでないと大人しくなってくんねえし。というか、俺にも手前ってもんがあるからせめて最低限の敬語をさあ。」

カルセドニーは聞く耳を全く持たない。

「ポチ!ハウス!!」

「誰がポチだ!人前で言うなボケ!」

彼の目の前まで早足で歩み寄り、もう用済みだと手を払って追いやる。アドルフはまだ文句を言いたげだったが渋々彼女の隣に並んだ。二人のやり取りで場の空気が多少和らいだが、はたして隊長とは一体・・・。

「まるで美女と野獣だね。」

「美女とペットじゃね?」

ティノとレイチェルもひそひそと見たまんまを話し合っていた。

「えーっと・・・ごほん。外を見ても大体お分かりですが、とりあえずこの国全体が危ない状態におかされております。」

咳払いをし、カルセドニーが近況を報告する。どこか気だるげだが。

「ですが、近辺の国からも援助して下さる方が沢山いるのでそのー・・・今皆さんのいる此処は大丈夫です。」

どうも煮え切らない態度に一人が癇癪を起こして怒鳴り付けた。

「大丈夫!!?そんな根拠、どこにあるってんだよ!!」

しかしカルセドニーは呆れ顔で相手の目を見据える。答えが返ってこないのに対し皆は次々と鬱憤を爆発させた。

「一向に良くなってねえじゃねえか!」

「つーかこんなときに女王様はどうしてんだよ!」

「そうだそうだ!!」

逆に業を煮やしたのはアドルフの方だった。

「うっせえ!!一国の女王様がちょろちょろ逃げ回ってると言いたいのか!第一・・・。」

カルセドニーが懐からホイッスルを取り出してやけくそに鳴らす。肺からの息を全部吹き込んだ音は大広間中に響き渡り更には反響したせいでとてもやかましい。特にすぐ側にいるアドルフは鼓膜でも破れたのではないだろうか。

「・・・・・・。」

咄嗟に耳を塞いだがその程度では防ぎきれなかったらしく、目を伏せかすかに震えている。鼓膜は無事だった。

「なんでここが無事なのかって言うと、二人の女王が結界・・・すなわちバリアを張ってくれているからよ。バリアを絶えず維持するにはその分、相当な魔力を必要とする。今この場所を誰が守ってんのか理解したらそんな減らず口も言えないはずよ。」

そう説いたカルセドニーは大衆に目もくれず廊下の奥を眺めていた。

「ままー、おねえちゃんなにいってるの?」

「さあ・・・。」

あたりは再び静寂に包まれた。なにはともあれ、場を落ち着かせることには成功したようだ。その時、またも廊下から足音が聞こえた。白衣を着た若い男性がこちらに向かって全速力で走ってくる。

「たいへっ・・・はっ、大変です・・・!」

息を切らし、途切れ途切れの言葉で必死に何かを伝えようとするが届かない。カルセドニーの前まで小走りで駆け寄ると男性は膝に手をつき呼吸を整えるがそれさえも惜しむほど急いでるのか不安定な息遣いながらも事情を説明した。

「第一病室から三名が行方不明であります!」

せっかく静かになったのにざわめき始める。

「第一病室?」

カルセドニーがアドルフを振り返る。

「ああ。負傷者が多いからわけてんだ。第一は怪我人、第二は病人、第三は精神面の・・・説明は後だ。で、誰だ?」

当然、連れてこられる人が全員無事だとは限らず怪我人も後を絶たない。そこで、この場所の空き部屋を利用し、避難してきた人の中に医者がいれば医療班と共に治療にあたってもらっているのだ。

「レオナルド氏とユーマ氏。」

二人の名前に大半が期待を寄せた目を向ける。アドルフは溜め息をつきながら肩として男性に告げた。

「大した怪我じゃねえんならむしろ行かしてやった方がいいんじゃねえか?したっぱの兵士よりはよほど使える奴等だしな。」

強者の蛮行が力なき者の為ならば、勇敢なる行為と讃えられるものなのだろうか。カルセドニーが訊ねる。

「行方不明になったのは三名なんでしょ。あと一名は?」

男性の目が泳ぐ。意を決して彼は言った。

「えー名前は確か・・・シュトーレンだった気がします…。」

聞いたこともない名前にアドルフは首を傾げる。

「誰だそいつ。」

「さあね。」

カルセドニーは無表情で即答した。誰もが知らない名前だった。数名を除いては。

流す程度に聞いていたシフォンがゆっくりと腰をあげた。大広間にいるほぼ全員の視線を一方的に浴びるが、シフォンには三人意外完全に視界から消え失せていた。

「え、えぇ?ちょっとどうしたの?」

突然の事にティノは両者に小声で尋ねる。レイチェルも顔に困惑の色を浮かべている。

「シュトーレンて奴は・・・その、魔物の不意打ちにあって怪我したんだよ。」

「シュトーレン?誰だっけ?」

再度質問をぶつけられるもレイチェルはそれどころではなかった。

「おいっ、シフォン・・・。」

座ったままの態勢では手首を掴んで制止するのがやっとだ。シフォンは前に進もうとした足を止める。

「ああ、あんたは、審判坊やじゃないの。」

カルセドニーはたいそう不思議そうに様子を眺めている。知らないのだ、彼がひとしきりここで暴れ、わめき散らかした所を。彼女は「律儀に仕事を務めていた」彼しか知らない。そんなシフォンは「冷静な仕事人」の面影など微塵もなく今は「身内を失い途方にくれる」人間的なただの人間だった。

「 Was soll das?」

シフォンの感情が昂ると癖ででてしまうドイツ語も、相対の国にとっては意味不明な言語にしかすぎない。カルセドニーは耳に手を添えて身をやや屈めた。

「ん、んん?なんて?」

アドルフも警戒を強め、低い、落ち着いた声で問い掛ける。

「お前の知り合いか?」

男性が横から入ってくる。

「そういえば、前にシュトーレンという男からシフォンと、アリスとえっと・・・エリンだったかな?三人が無事かどうかを聞かれたことがあります。」

その言葉にカルセドニーは立っている人物を指差した。

「なにをやってるんだ!怪我人が逃げたんだぞ!こんな時に!アイツは二人と違って弱虫だ!ここにいる一般人となんらかわらないんだ!だから・・・。」

レイチェルが立ち上がる。もはやいつもの彼ではない。もしくは彼もまた精神が参っているのだろうか。

「ぼさっと立っている暇があったら探しに行けよこの野郎!!」

とうとう理性の箍が完全に外れたシフォンはレイチェルに羽交い締めにされながら手をせわしなく動かした。その様に怯えた子供はいまにも泣き出しそうだが、シフォンもまた同じだった。いくら煩く暴れてもここに連れてこられた時に比べると逆に弱々しく見えた。

「チッ・・・またかよ・・・。」

苛立たしそうに舌打ちをし、仕方なく彼を力付くで止めようとしたアドルフを止めたカルセドニーは手のひらを前に伸ばす。

「離せ!!僕が・・・僕が代わる!僕を外へ・・・。」

あれだけ喧しかったシフォンが突如気を失いぐったりと項垂れた。レイチェルが吃驚して手を離すと、自分の意思で立てなくなった彼は膝から崩れ落ちてしまった。まるで糸の切れた人形に似ている。

「一時的に眠らせただけよ。そいつを第三病室に運びなさい。」

レイチェルが何を考えたかシフォンの腕を担いだ。

「連れていくぐらい手伝わせてくれないか?」

ティノも反対の肩に担ぐ。気持ちよさげに寝息を立てているとはいえ心理状態的に不安定なシフォンを放っておけなかったみたいだ。

「案内してくれるかな?」

兵士の一人が「こちらです。」と廊下の奥へ案内した。

「つーか大変じゃねえか!おい、セドニー早くそのシュトーレンとか言う奴を探しだして連れてこい!」

急に顔色を変えてアドルフは窓の方を指差した。外へ急げと言う意味だ。

「はあ?自分の無力さも知らずに首を突っ込んだ奴なんかほっときゃいいじゃないの!」

カルセドニーは彼の指示に従わなかった。アドルフは周りを見渡してから耳打ちした。

「お前の意見には珍しく同意する。・・・が、立場上そういうわけにもいかないんだわかるだろ?行くふりで良い。給料増やすから、早く!」

声が漏れていなかったかもう一度見渡す。

「とんだ××××ね・・・!」

毒突きながらカルセドニーは急いで下の階へ向かった。




―――――………


同じ病棟に居たレオナルドがまさか壁を蹴破り、そこからユーマも一緒になって逃亡するとは誰も想像しなかっただろう。シュトーレンもそうだ。犬猿の仲だと思っていた二人が真剣な面持ちでひそひそと話し合っていたがたいして気にとめていなかった。しかし、シュトーレンにとっては好機到来である。

遭遇した魔物に負わされた怪我は軽症程度であるにもかかわらず実際には隔離され、一人悶々としながらすぎるだけのなにもない時間に焦るばかり。シフォンとレイチェルの無事は聞かされていた。途中で離ればなれになったアリスとエヴェリンの行方はわからずじまいだった。仲間の安否も不明なままじっとしていられるような性分でもなく、だからといって誰にも見つからずに逃げる術もないシュトーレンは窓の外をうらめしそうに見つめるよりほかなかった。


―せめてこの窓から脱出できたら・・・―


なんて考えても、高所からの落下耐性はない。下手をすれば今度こそ怪我人として連れ戻されるだろう。そんな矢先、鎧を抱えたレオナルドが窓もろとも外と中を隔てる壁を一撃粉砕したのだ。おそるおそる断面図を見てみると相当分厚い壁だった。そこから蹴破った本人と、あとからユーマが続いて逃走し、どさくさに紛れてシュトーレンも二人の後を追うように逃げ出したのだ。呆気にとられた皆は止めることも出来なかった。ただ、シュトーレンは二人についていく気など更々ない。


「はあ・・・はあ・・・あと、もう少し・・・。」

ひたすら走り続ける。城の兵士が連れ戻そうと追いかけてくるかもしれない。彼の足は衝動的に駆けていた。シュトーレンが向かおうとしているのは、コロシアム会場。なんと、双璧の鏡城へ運ばれる際に通りすぎたコロシアム会場からの道のりをしっかりと覚えていた。しかし、アリスとはぐれた場所がコロシアム会場だというのはうろ覚えだった。それでも、わずかな可能性がある限り信じるしかない。

「くそ、なんで大事なことに限ってうろ覚えなんだよ・・・!」

そんなことを言われても。

苛立ちを露にしてもなお走る。ひた走る。

アリスがそこにいる確証はないが、いないと決めつける根拠もない。わずかな可能性を信じて走り求める。息を切らし、苦しそうに喘いで足場の悪い森の中を駆ける。どれだけ走っただろうか。どこぞの白兎でも走らないような長い距離を休むことなく全力を維持しながら走り続ている。体力は並程度にしかないシュトーレンもそろそろ限界を迎える頃だ。

「だ、誰かああああああ!!」

突然、男性の悲鳴が聞こえた。足を止める暇はないが、困っている人を放ってはおけなかった。

「はあっ、はあっ、大丈夫かよ!!」

声のした方へと駆け寄ると、血の気の引いた真っ青な顔色の兵士が這いつくばっていた。

「・・・逃げろ、お前は・・・兵を・・・増援を頼む。他の兵を呼んでくれ!!我々だけでは副隊長を止めることなど・・・!」

恐怖に怯えるその顔はまるでお化けを見て怖がっている子供に見えて仕方がなかった。兵士の鎧の下の色は赤色だった。

「副隊長?」

どこかで聞いたことのあるような言葉と記憶の断片が繋がりそうで繋がらない。その時。

「どぅわはああああぁー!!!」

二人の上空を人が飛んでいった。飛んでいって遥か向こうのガサッと音をたてて茂みに頭から突っ込んだ。

「すげえ、人が空を飛ンだぞ!」

「飛んでるように見えるか!?吹っ飛ばされてんだよ!!」

好奇心に輝かせた目で茂みからがに股に開いた足が出ている滑稽極まりない様をじっと見つめているシュトーレンに間髪入れず兵士がつっこんだ。

「吹っ飛ばされたって・・・風に?」

すると兵士は指を差し、その方向へ振り向くと信じがたい光景が繰り広げられていた。彼のいう赤の騎士副隊長、指揮を執り仲間と共に戦うはずであるパルフェが次々と仲間の兵士を蹴飛ばし、殴り飛ばしているではないか。

「ひ、ひいぃ副隊長・・・お気を確かに・・・ぎゃぼべっ!?」

剣をおろし、すっかり士気を無くし手のひらをあげた兵士は腹部を蹴られコミカルな悲鳴を上げながら後ろへすっ飛んでいった。ここまで軽く蹴散らされると喜劇にすら見えてくる。

「俺が止めてくるしかなさそうだな。」

まだ体力が十分に回復していないが、謎の自信に満ち溢れたシュトーレンが立ち上がった。

「そんなフラグ立てまくりの言葉を残さないでくれ!お前じゃ無理だ!見ただろ、今の!!数でいくしかない!!」

自分のことかの如く心配する兵士。そもそも一般人を保護する立場がわざわざ危険な目に合わせるわけにはいかない。例え相手が魔物ではなくともだ。だが、残念ながら兵士を呼び集める方法は今のシュトーレンにとって大変都合が悪い。

「俺にはわかる!きっと発情期でこうふんしてるんだ!ひとまず力付くでおさえるぞ!」

そう言うシュトーレンに対し兵士は難しい顔で唸った。根拠が全く持ってなさすぎるし、実のところからもまた適当を言っているだけでなに一つわかっていない。

「違うと思うぞ。副隊長はまた別の・・・ってオイ!?」

兵士の言葉をあっさり無視して、いつの間にか目標へ向かって走っていってしまった。


勝機はゼロではない。遠目で見たところ剣を持っている雰囲気はない、全身をがっちりとでま固めているわけでもない。がら空きの腹部を狙うか、頭部にダメージを与えれば相手の弱体化を図ることができると見込だのだ。

どっちにせよ、シュトーレンの行く先にいるためとても邪魔だった。

「おい!仲間割れはやめろ!!」

気配は既に察知していたのか、呼び掛けられる前には既にこちらの様子をうかがっている。

「無駄な抵抗はやめ・・・のわっ!?」

下手な説得を試みようとしたシュトーレン目掛けて杭のような物を投げ飛ばしてきた。前転してなんとか避けたはいいが、あんなもので頭を一突きでもされたらと思うとぞっとする。しかし、今の攻撃手段で概ね予想がついた。遠くの獲物に対し武器を投擲して倒そうと言う判断力があるなら防御反応だって残っているはずと 。

「お返しだ!!」

起き上がる際に手の中一杯に掴んだ砂を目眩ましに投げ付けた。パルフェは咄嗟に目の前で腕を交差させる。シュトーレンにとって半分はそれが狙いだった。視界を奪うだけではなく、腹を守るものが何もない。反対側から渾身の力を込めた拳を入れる。だが、片方の手で受け止められてしまった。

「この野郎ッ!!」

空いた手を水平に滑らせるかのように打ち込むが、パルフェは受け止めていた方の手を離すと同時に大きく仰け反り、足を勢いよく振り上げながら後転したあと態勢を直して一気に間合いを詰めた。回し蹴り、手刀、踵落としと次から次へと繰り出される近接技に押され気味のシュトーレンはひたすら受け流すことしかできない。小柄な体躯からは想像もつかないほど攻撃のひとつひとつが力強く、俊敏な動きで翻弄する。日頃から惜しまない鍛練に精を出している者は己の肉体を武器に変える。これが素人と強者の差であった。


それにしても妙な違和感がする。注意はこちらに向けてはいるが、戦意を全く感じないのだ。反射的に回避、防御しては闇雲に殴りかかり、まれにシュトーレンの蹴りが当たることもあったが表情には一切の変化がない。機械か、操られた人形でも相手しているかのような感覚を覚えつつあった。なのに、眼光はまさに獣のそれだった。

「こいつ、なんだろうか?」

心配しつつも、所々僅かな隙を見せるパルフェの首元に見よう見まねの蹴りを見舞う。目と鼻の至近距離では身の防ぎようもない。確信があった。


だが、完全に見切ったパルフェは彼の足首を掴んでそのまま投げ飛ばした。

「うわああああああっ!!?」

いとも容易く、軽いシュトーレンは木と木の間を上手く通り抜けながらどこまでも飛んでいった。


―――――・・・

「うむ、ぴったりでよかった。」

森の中、中性的な顔立ちで銀糸のような髪を靡かせた美しい顔立ちの男性が一般兵の服に身を纏っていた。

いや、こいつはジャックだ。

何故彼がここにいるのだろう。理由は不明。

特に目的もないジャックは、この国で比較的身動きの取りやすい衣装に着替えた。一人だけで見張りをしていた兵士を背後から気絶させ無理矢理剥ぎ取ったのだが本人曰く「こっそりくすねた」とのこと。兵士はパンツ一丁のまま何処かへ放置し、自身が着ていた服は燃やした。

「今は国を守る兵士さんの一員として、周りに溶け込まないとですね。」

ひとまずこれからどうするかを考えていた矢先、何かが自分の方へ飛んでくるではないか。近づいてくるにつれ物体は大きくなり、やがてそれは人だとわかった時にはやれやれと困った顔で首を横に振った。

「やれやれ、とんだ災難ですねえ。」

ジャックの後ろは壁である。このままではどうなるか目に見えていた。仮に受け止めたとしても両方無事ではいられないだろう。

「こういうときは、こうです。」

壁にそっと手を添えると、巨大な魔方陣が浮かび上がり、そこへ、シュトーレンは吸い込まれていった。

「・・・ん?誰かも知らずに適当な場所に送り飛ばしたのですがどこかで見たことある顔でしたねえ。」

魔方陣を消したなんの変鉄もない壁を眺めながら呟いた。どこか不適な笑みを浮かべながら。

「俺もついていってみましょう。退屈しのぎにはちょうどいい。」





――――・・・


「わああああああ、んでっ!!?」

空中から放り出されたシュトーレンは地面を転がりながら横断し、石造りの壁に全身を派手に打ち付けてやっと止まった。

「うぅぅ~・・・。」

腰を折り曲げ体をよじるように動かす。芋虫のように。一番激しく打ったのは横腹だった。

「いってぇ・・・。あれ?此処は。」

身をよじって仰向けになると、景色ががらりと変わっていた。木々が少なく、建物がある事自体おかしい。森の中から町の中へ飛んで移動したと言うのも俄に信じがたい話だ。

「おやおや、どうかされましたか。」

視界に見知らぬ顔がこちらを訝しげに覗きこむ。いや、逆光でよく見えないだけかもしれない。痛む部分を抑えながらゆっくり体を起こす。

「お前は誰だ・・・どっかで見たことあるような・・・。」

「俺は赤の一般兵です。」

するとシュトーレンは地に腰を下ろしたまま後退り。城を抜け出したんだもの、また連れ戻されてしまう。

「ああ、怖がらないでください。とって食ったりしませんよ。」

だが、ジャックは怪しいほどの満面の笑みでそう言ったきり背を向けてしまった。シュトーレンにとってはただ優しい笑顔にしか見えなかったが、行動には疑問が湧いた。

「さあて、どうしましょうか。」

なんだかこの兵士、とても暇そう。怖くもないし、話を聞いてくれそうでもある。

「なあお前、聞きたいことがあるんだ!コロシアムまでここからどう行けばいい!?」

藁にもすがる気持ちでだから手をつき前のめりで今にも土下座出来そうな哀れな態勢だった。シュトーレンならしなくもない。

「コロシアム・・・?」

ジャックは眉を顰めた。彼がこの状況の中でコロシアムに行くような理由があるのか。仮に頷ける理由があったところでジャックはコロシアムがどこにあるのかがわからなかったのだ。だが自分を「この国の兵士」と信じて話しかけているからには場所がわからないとも返しにくい。

「仲間とそこではぐれたんだ!」

「・・・仲間。」

コロシアムが何処かはどうでもいい。彼が言う仲間にもしかしたら自分が知っている顔ぶれがいるかもしれない。会いたい理由はないが、久しぶりに懐かしい顔を見るだけ見たい。たったそれだけでシュトーレンの願いに応じることにした。

「わかりました。」

コロシアムが何処かなんて知らない。完全に信頼されてしまい、ヒーローを目の当たりにした時の子供の純粋な輝きを帯びた視線が刺さりつつ、いざとなればどう誤魔化そうか思考を巡らせていた。


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