相対の国のアリス 下

時富まいむ

相容れぬ戦い1

第一戦:題「禁断の花園」


「最悪だ・・・。」

スネイキーは一人、全く知らない土地に飛ばされてしまった。暖かい風が頬を撫でるのがどこか擽ったい。

「あーもう、何処だここ。」

錐に似た何かを柔らかい地面に突き立て辺りを見渡す。白い石畳に囲まれて、その中では様々な季節の花が一度に咲き乱れ、色鮮やかな極彩色の絨毯が広がっているようだ。遠くの街も見渡せて、白い雲がぽつりぽつりと浮かぶだけの晴々とした青天白日。これを楽園と言わずしてなんと呼ぼう。

「気持ち悪・・・。」

しかし、地下深くの穴ぐらに引きこもって過ごしてきた彼にとっては何もかもが刺激が強く、強すぎる花の香りには吐き気すら覚えた。

「マジ吐きそう、マジ無理。少しぐらい摘んで帰ろうと思ったんだけど・・・。」

もちろん、自分の家に飾るためでも誰かに捧げるためのものでもない。自分を残して雲の上に旅立った家族達に手向ける為の花をこの中から持って帰れたらいい、と考えていた。

「・・・あれとかいいな。 」

そう言ったスネイキーの目に留まったのは、花弁の大きな真っ赤な一輪の花だった。茎は土の中に埋まっている。どうしてもこれだけはと、土から現れた部分の一番根っこを両手で掴んだ。

「抜けるどころかちぎれもしない!」

思いの外びっしりと根を地中深くまで下ろしており、持ち上げようとするたびに土が微かに盛り上がるだけ。だけども、手応えを少しでも感じたなら手を離したくなかった。足を踏ん張り、全身の力を振り絞る。

「このやろう・・・あと、もうちょい・・・!」

暫くの間奮闘した末に姿を現したのはうねり曲がった根ではなく例えるなら大きな茄子みたいな歪んだ丸い形状をした色の何かだった。

「なんだこれは・・・うわっ!」

なんとか引っこ抜いたのに災難なのはこれからだった。見たところ口もついていないはずの謎の緑色の物体から耳を潰すかのような凄まじい大絶叫を発したのだ。騒音どころの物ではない、不快そのものだ。例えるなら黒板を引っ掻いた音を大音量で流されているようだった。

「ギエ゙エ゙エ゙ェ゙エ゙ェ゙ェ゙エ゙エ゙エ゙エ゙ッッッ!!!!!」

「うわああああああ!!!」

スネイキーは手に持ったそれを何処か遠くへ放り投げる。それは奇声を上げながら放物線を描いて軽々と飛んでいった。

「あれは新手のモンスターなのか?」

耳に残響の如く残る音が完全に消え失せた頃、完全に脱力しきったスネイキーの全身の神経がピアノ線のようにピンと張った。後ろに人の、しかも刺々しい気配を察知したからだ。

「いつからそこにいたの?」

スネイキーの問いには答えなかった。そこには腕を組んでこちらを血相変えて睨むリグレットがいた。何故だか、美しい顔立ちを見事台無しにする程の剣幕でスネイキーを睨んでいる。

「・・・貴方ね。信じられない!まさかマンドラゴラをそのまま抜くだなんて!!」

リグレットが目くじらを立ててキンキンした声で責め立てる。一方スネイキーは「なぜ怒られているのか」から始まり「マンドラゴラの存在」に首を傾げた。

マンドラゴラ、別名「恋なすび」。薬の材料としても重宝されるが抜く際には苦痛のため絶叫を上げ、最悪採集者を死に至らせることもある。相対の国では度々見掛けることがあるので珍しい植物ではなく、店でも売られている。スネイキーは数百年近くの間を地下に封じ込められていた、それ以前に地上に出ることも滅多になかったために時代の流れはわからず、加えて、かなり世間ずれしていた。

「へぇ、あれマンドラゴラっていうんだ。知らなかった。なんせずーっと地下に閉じ込められていたからね、ここがどこかもわからないんだよ。」

マンドラゴラには少し興味が湧いてきたが。

「まあどこだって構わないよ。僕のやることには変わりない。ひたすら暴れ回る、それだけ。」

重みのある円錐状の鉄が取り付けられた棒を細い腕で軽々と振り回した。空気を切る音と風圧が真正面から覆いかぶさってくる。

後はどうでもよかった。ここがどこだろうと、目の前にいるのが誰だろうと。スネイキーは地上のありとあらゆる全てのものを蹂躙せよと命を下されているのだから。

「この国に大量の魔物が押し寄せています。他の輩に取り合ってる暇もないというのに。」

苛立ちは感じられない、真摯に立ち向かう戦士の面持ちでリグレットも槍を構えた。

双方の間に並々ならない緊張感が流れていた。塵すら入り込めないその中に迂闊に入ろうものなら極寒の地に放り込まれ瞬時に氷像と化して動けなくなるよう。

「僕がその魔物とやらだよ。しかもネームドのね。」

リグレットの瞳孔が小さくなった。驚きをあらわにした表情だ。目の前にいるのは最低限の気配しかない人間そのものだったからだ。

「君は僕を倒したい、僕も君を倒したいなんて気が合うね、なんて。無駄話もお終いにしてさっさと殺りあいたいけど・・・ここにいると気分が悪くなりそうだ。」

一つの槍をくの字の腕の中に落とし、手袋を脱いだ右手の親指と人差し指を咥えて頰をいっぱい膨らませた空気で笛の音を鳴らした。音に呼応した地響きが迫ってくる。蠢く群れと共に。

「ゴブリンですか。」

二人を取り囲むのは自分の腰までしかない身丈の小柄な、人間に近い見てくれの魔物「ゴブリン」。燻んだ緑色の皮膚に覆われた角張った肉つきのない体、顔には下卑た笑みを浮かべていた。

「この花畑をめちゃくちゃにしてやれ。」

汚い咆哮が轟々と湧いて拳を掲げる。何もせず自然に任せて咲くだけで美しいと称えられる存在とは対極の精神から外見に至るまで醜悪に塗れた卑しい存在が凌辱できるのは至極愉悦なのだろう。といってもスネイキーに支配欲などといったものもない。

言われた通りの事を言われた通りにこなすだけ。

「じゃあ僕たちは遠慮なく殺りあおうか。」

「・・・ええ、そうですね。お花畑も達に任せましょう。」

散り散りになったゴブリンの様子がおかしい。無抵抗の花を散らすなんて赤子でも出来そうな行為にてこずっているのは、ただの花じゃなかったという事。菖蒲、菫、秋桜、向日葵、季節問わず仲良く花は自分に意思があるかのように動き回っている。それどころかぐんぐん伸ばした茎を軸にさらに細い茎が生えて、体の一部みたく自由自在に操るそれはしなる鞭の如く襲いかかる魔物達を薙ぎ払う。またはうねる触手の如く絡み、絞め殺す。先ほどまで目を奪われる景色が見るに堪えない異様な光景に変貌。極彩色の地獄だ。

「あの子達は自らの意思で動いています。生きる力ってすごいですね!さて・・・これで心置きなく闘えます。」

鋭い視線がぶつかり合った瞬間、ほぼ同時に二人は地面を蹴った。

リグレットは悟られないため顔に力を入れるが、勇み立つ熱が上気にのぼって頭の中が蒸されている感覚に加え、肌にチリチリと伝わる高揚感が自分の今の気持ちに答えてくれているみたいで心地いいとも感じてしまう。一方スネイキーは相変わらず無表情だが、気の抜けた様子はい。今まで生気を感じられなかった瞳から身を内側から冷やしていくような殺気を感じた。

スネイキーは二本の大きな武器をそれぞれ片手で操る分、動きが重い。振りの大きさで小柄な体を庇い、隙が少ない。リグレットは扱うのは細身の一本の槍。小回りのきく機敏な身のこなしに繰り出せる攻撃が多段に渡る。ただ、こちらは体に生じる隙が多い。相手の目線になって何処を狙うか見極めるぐらいでないと。それぞれの向き不向きに対応しながら双方の槍は激突し、反発しあう。

「ふぅん。中々やるじゃない。」

という割には、まだ秘策を残しているかと言いたげな余裕綽々の嫌な笑顔。すると、スネイキーの武器が元の姿が見えぬほど全てが光を放ち、形を変える。姿を露にしたのは先程のような特異な形態の物ではなく長い柄に逆三角の幅広な対称刃も持った槍、パルチザンだった。リグレットもいちいち驚いている暇はない。向こうは躊躇わず突進してくる。腰を捻り、遠心力に乗って滑るように円を描く刃を後ろにのけ反ってすれすれのところでかわしたリグレットの横腹を、回転の勢いをつけたもう一本のパルチザンが狙うが槍の持ち手で弾かれる。二人だけの世界で互角の攻防は続く。一体どれぐらい経っただろう。


しかし終わりが近くなる。


二人の槍がすれ違う。スネイキーの槍はリグレットの胃にあたる場所を貫いた。厚い生地で出来たコルセットが食い込み、赤黒い滴が刃を伝って零れ落ちる。背中とお腹に焼きごてを当てられ、腹部からは溶岩が湧き出すような熱さと痛みに瞼が潰れそうなほどの力が眉間に刻み込まれる。

リグレットの槍はスネイキーの足を貫いて地面に深々と刺さっていた。こっちは全く動じていない。他人事のように地に足ごと穿つ槍を見下ろしている。

「なんだよ、痛くないじゃん。僕みたいに腹をぶっ刺してくれよ。」

舐め腐った言葉もぼんやりとしか頭に入らない。脳が激痛に支配されて他が入り込む余裕がない。力はまだ残っている。身を引き抜く事もできたが、負傷した身と失血により、格段に鈍るだろう。そもそも引き抜くにも時間がかかる。簡単にいっているようでその間も尋常ではない痛みに耐えながら。複雑な形状の刃がスッと抜けるわけもない。

スネイキーの方はもう一つの槍がある。もたついている間にもう一突きされたら今度こそおしまい。肩甲骨がくっつきそうなほど左腕を引いた。だが、切っ先が体に触れることはなかった。しなりのある縄に搦め取られ、ビンと音が張る。前へ進もうとする腕は後ろから引っ張られ、拮抗した状態で動かない。続いて感覚的な違和感が伝わってくる。縛られた箇所が服の上から剣山を押し当てられているかのように痛い。腕に巻きつくそれは縄なんかじゃなくて棘だ。蔓薔薇みたく絡むそれは見た目以上に頑丈で、隙間を覗くのが難しいほどびっしり生えた刺は見た目通りの殺傷能力を持っていた。早くも袖に黒い模様が浮かんでいる。薔薇を目で追い、見えたのは派手な柄を握る褐色の長身の女性。

「誰だい、花畑にばかでかい落とし穴まで作ったのは。まんまとかかっちまったよ。」

片手で棘の鞭を引っ張った状態で仁王立ちしている女性はほとほと呆れた様子で薄開きの瞼から除く血溜まりの色をした赤い瞳孔が全体を見渡した。空に負けないぐらいの淡く青い髪が肌色との対比でより映える。衣服と言えるかは難しい布面積の少ない服は土や細切れの雑草にまみれ、露出した箇所は切り傷があちこちに刻まれていた。

「・・・誰?」

振り向く際に身体を繋ぎ止めていた槍を引いた。刃と一緒に引きずられ、全てから解き放たれたリグレットはその場に身を投げ打った。

「・・・青薔薇様・・・。」

わずかに動かした口からは発したのではなく漏れたに等しい、力の抜けきった弱々しい声。リグレットは目の前にいる人物を認識できるのがやっとだった。

「はっ、よくやったよ。帰してやりたいけど今はそれどこじゃないし、あたいも構ってやれない。」

片手に持っていた小さな麻袋をリグレットへ放り投げる。

「傷薬さ。止血ぐらいはできるだろう。歩けるまで回復したらここから逃げな。」

「青薔薇様・・・ありがとう、ございます・・・。」

震える手を伸ばし、袋のシワに潜らせた中指で弾き、自分の方へ寄せた。スネイキーは邪魔をしない。無駄だから。彼の次なる獲物は青薔薇と呼ばれる女性だ。

「君の名前は?」

彼を縛る鞭が先から腐り始めていた。これ以上の腐食を防ぐのと、もう一つの違う理由で彼の身を自由にした。

「僕とまともにやり合えたなら奴の名前ぐらいは覚えとこうと思ってさ。死んだら聞けないじゃん。」

「どのみち殺す気満々だねぇ。名前はサンタマリア。あたいは聞かないよ。すぐ死ぬ奴名前なんか聞いても仕方ない。」

前者は相変わらず感情が欠落したのっぺり顔で、後者は余裕綽綽を気取った笑みで対峙し合う。二人を取り巻く空気は先ほどとは比べ物にならない澄んだ殺気が満ちていた。

「・・・。」

槍を魔力で収縮させ、掌の中に消えた。たった一本で戦うつもりだが、舐めているわけではない。むしろ逆だから、邪魔だと判断した二本目はしまったのだ。迷わず駆け出す。

先手を切ったのはスネイキーだった。一歩で数メートルの間合いを詰める。速さだって尋常ではない。すかさず胴と首に狙いを絞る。サンタマリアは動かない。彼女の足元、地中から勢いよく飛び出した何本もの棘がうねりながらただ一つの小さな餌を狙う。全ての棘に槍の刃が通るよう柄を腕の力で回して時には自らも回る様子は軽々とステップを踏んで踊っているように見える。斬りながら、かわしながら少しずつ距離を縮め、隙間をぬって棘ごと彼女の首に刃を滑らせようとした。

サンタマリアは寸前で屈んで攻撃を避け、彼女もまた棘の間に頭を突きだし、すり抜けた拍子に鞭を横から叩き込む。もろに食らえば花畑の中に投げ飛ばされてしまう。

スネイキーの人間離れした動体視力と運動神経は見え見えの攻撃なんか通用しない。避けると同時にしゃがみこみ足元を狙う。サンタマリアは飛んだ。高さは約三メートル、こちらもまた並ならぬ脚力を持っていた。遥か後ろ、跳躍した高さからはありえないほど静かに着地。

「まだこんなもんじゃないんだろ?」

「そうだね。いい退屈しのぎだよ。」

息が全く上がっていない二人とも。言葉通り、物足りないといったところだ。何のために戦っているのか、そんな大義名分はどうでもよかった。ただ「戦いたい」ために戦っているのだ。


お互いの武器をまた構える。この戦いが終わる頃、花畑は一体どんな景色で勝者を迎えてくれるのだろう。



第二戦:題「獣とケダモノ」


「僕としたことが迷子になっちゃったよぉ~。」

魔物と戦いながら進むうち、樹に囲まれただけの土地に迷いこみ、元の道をすっかり忘れてしまった赤の女王に使える騎士の一人、パルフェ。なのに、困る素振りをみせるどころか呑気に欠伸までする始末。

「ふぁ~あ。下手に動くよりは他の兵士が来るのを待って合流する方がいいかもしれないなあ。」

ほら、よく言うではないか。はぐれた場合など、その場から離れては余計に探す手間が増えると。まあ、それにしたら動きすぎなわけだが。ついでに一休みでもしようとしたパルフェの視界に映ったのは向かいの樹の小さな貼り紙。

「ん・・・?」

近寄って見てみると大きく汚い字でこう書いてあった。

–この先、落とし穴あり–


「これは、つまり。馬鹿にされてるのかな?」

字が読めれば子供でもかからないみえすいた罠にかかるほど間抜けな者が女王の側近などやっていられるだろうか。賢い者は単純な文章の裏をさぐるもんだ。

「もしかすると、罠があると明記することにより違う場所を歩くよう誘導する。そこに本当の落とし穴があるのかもしれない。」

貼り紙に穴が開きそうなほど睨んでいたパルフェの結論がまとまった。元来た道へ戻ることにした。何事もなく歩いてきた道を辿れば確かだから。その時だった、人の耳でも拾いにくい微かな草が揺れる音を獣の耳が捕捉、剣の柄に手を回しいつでも応戦できる心構えで振り返る。遠く離れた木の影から少女が一人飛び出した。

「待てコラー!!!」

怒り怒髪天の彼女は顔を真っ赤に腫れ上がらせて大袈裟ながに股で迫ってくる。魔物か獣か、この騒ぎにかこつけた暴漢かどうにもならない状況にいきなり駆り出されて自棄を起こした兵士か、どれにもあてはまらない少女がいる。何に対して怒っているのか見当つかない。あらゆる予想から外れた対象を前に牙の抜けた顔になった。

「僕に何か用?」

「わざわざご親切ご丁寧にここに罠があるって書いてやってんだからか、か、れ、よ!!」

たいそう機嫌を損ねたハーミットは長い箒で自ら罠がある場所を指し示してくれた。喋っている言葉の半分が聞き取りづらいのはさておき、つっこみたい所は山ほど増えたが多すぎるとかえって口にだすのも億劫になる。

「へぇ。」

思考放棄したパルフェの口から息のように漏れたのは力の抜けた言葉にもならない声だけだった。

「君、誰?」

「誰だと?ふっふっふ・・・あたしはジャバウォックの詩にも名を連ねた伝説の化物、「森色に潜む獣 ラース」ことハーミット様だぞ!有り難みをこめて今すぐ罠にかかれ!」

自己紹介で流れを変えるつもりが、余程落とし穴にご執心のようで。だからといい有り難みもなければかかるつもりもない。それよりも、大層自慢げに名乗りあげるからまだチャンスはある。勿論、彼女の言う事が本当であるならば相当の覚悟を持って対峙しなければならない。目の前にいるのは言うなればラスボスに使える配下に並ぶ強敵なわけだ。しかし、どうもそう言うふうには見えないが。

「ああ、聞いたことあるよ。しっかし、こんな可愛い女の子が?信じられない!」

おだててみよう。そしたら調子に乗って穴の事など忘れてくれそうだ。

「まあ僕の方が百億倍可愛いわけなんだが。」

調子に乗りすぎた。

「お前ムカつくな・・・。クソ!穴にはまったところで生き埋めにしてやろうと思ったのに!」

ぶりかえした。あーあ、機嫌を損ねて地団駄まで踏んでいる。パルフェは鼻で笑っている。もはやおだてるつもりもない。どんな空気に持ち込もうと意味がない。二人は出会い、素性を知れば争う運命しかないのだから。煽っても煽らなくても本気の衝突は免れない。少なくともパルフェの方は覚悟を決めていて、今のところ表情は余裕綽綽を取り繕うものの、剣の柄を握る手には軋む音がなるほど力が入っている。

「そりゃ残念、うまくいかなかったねえ。それにさ。穴に落としたからって生き埋めにはできないよ。」

早くも勝ち誇った嫌な笑みで誤魔化す。自信を無理にでも奮い立たさなければ、思うように剣が振れそうにない。

「はぁー。ま、いいや。罠にはめるだけがあたしのやり方じゃないし、散々コケにされたから暴れたい気分だし!」

声の抑揚、とげのない爛漫な活気に溢れる強気な笑顔、パルフェに対する印象は最悪なまま変っちゃいないのだろう。しかし敵意を感じない。これから片方が死ぬ殺し合いが始まるというのに、キャッチボールを待つ子供みたいな笑顔。揺るがない強さから来る本当の余裕。そりゃそうだ、勝つイメージしかないんだもの。

「言っとくけどあたしは誰かさんみたいにあっさり死なせやしないからね。いっぱい遊んで、いっぱいいたぶって、死にそうで死なせないを繰り返して突然殺すから。」

弾むように話す声に、ひやりとした怖気を感じ取った。それを殺意というのかは知らないが、むき出しのわかりやすい物に比べ戦意を凍てつかせる。

下腹部に手を添えると、白い光が灯った。次にパルフェが見たのは信じがたい異様な光景だった。手のひらと体の間の光の壁から、外へ向かい長い長い棒が引き摺り出される。姿を現したのは箒だ。明らかに身の丈ほどある長さの物が体の中から出てきたのだ。でも、いちいち面を食らっている暇はない!

「リインフォース!!」

先手はハーミットだがパルフェに対しての攻撃ではなく、自身に対する強化魔法を発動した。体がうすら青白く発光したと思いきや今度はまるで飯事にはしゃぐ子供の如く随分楽しげに箒を対象に向けた。

パルフェの立っている足元の遥か下の方から何やら不穏な物音がこちらに向かって地響きとともに近づいてくる。危機を察知しその場を退いたが間一髪、なんと地面から氷柱のように鋭く氷山のように巨大な氷塊が勢いよく突き上げてきたのだ。もし、あのようなものに身を貫かれたなら・・・と思うと、寒くなくとも肝が冷える。

「うわっ!?」

間一髪の回避。それは自分を追いかけるように次々と現れた。避け続けるうちに自然に足が進むのは前、敵のいる方。そこで待ち受けているのは、仁王立ちのまま手持ち無沙汰のハーミットだ。パルフェは剣を盾代わりに構えながら前進した。ただ、手ぶらではあるものの、これも罠に過ぎない。彼女の体に刻まれている紋様は「収縮型魔法結界」。彼女の肉体の中には大きな倉庫があると想像してもらえたらいい。魔力の高い者は体内の一部を負担なく思うままに改造だってできる。欠点といえば、魔法陣を服で隠さず、晒さないと無駄だ。このやたら露出の多い戦闘における緊張感のない衣装もハーミットにとっては意味のある意匠だったりする。

腹部、両腿と両膝。止めどない数の槍、または矢そのものが弾丸のような速さでパルフェだけを狙う。このようなもの避けようがない。

しかし、誰も避けるしかないとは思っていない。

彼は飛んだ。前に飛んでいくしか能のない武器は判定抜群の大樹に刺さった。遥か頭の上、脳天か、姿を捉えていたなら顔のど真ん中か。パルフェは彼女を目掛けて剣を振りかぶった。切っ先が触れるまで残り数センチ。顔を上げてももう遅い。まるで「こうなる事を予測していた」みたいな真顔だった。

「・・・嘘でしょ!?」

勢いよく振り下ろされた刃は直接手で掴まれた。今頃なら細い腕は綺麗に裂かれていたはずなのに、岩に切り掛かった感触で全身に鋭い痺れが伝わってくる。

「一時的に強化したからね。それより、そんな目の色が変えんなよ。そんでもって獣臭い。」

ハーミットは既に余裕の表情で、何かを見透かした碧眼が真っ直ぐ睨む。

「なにをいってるかさっぱりだね。」

そう言うパルフェは彼女の言う通り、目の色が黄色から鮮やかな緑色に、瞳孔も細い縦長に縮小している。

「やっぱお前、魔物の血が流れてるな。所詮半端者だけど。」

すぐさま毛の部分を冷気で凍らせ鈍器と化した箒を相手の隙だらけの腹に片手で軽々と振り回し殴打した。パルフェは声をあげる事もなく横倒しになる。体を起こされる前に止めをさしてしまえばこちらのものだ。膝の印から取り出した刃が炎の形をした剣をで無防備な所を狙い突き刺す前に、綺麗な軌道を描き薙ぎ払われたパルフェの剣が少女の姿形をした魔物を確かに二つに斬り裂いた。なんとも切れ味の良すぎる刃だこと。人ならざる力を持つ者が振る刃は、処刑台に用いられる刃と同等の骨を断ち切るほどの威力があるのだろう。お別れになった体は両方、地面に崩れて血で湿りかけた枯れ葉を舞い上がらせる。

「・・・。」

気を抜いていたら、パルフェは更に酷い無様を残していたに違いない。そう考えると自分のとった行動は間違っていなかったのかもしれないと言い聞かせるのがやっとだった。後悔しても仕方がないし、後悔する時間すら今はない。パルフェは騎士として前に進んだ。

「・・・なんだ?」

妙な気配を肌に感じた。まだこの近くに魔物が影を潜めているのだろうか。

「やっぱり痛いな。」

獣の耳が微かに跳ねる。研ぎ澄まされた聴覚が瞬時に小鳥が囀ずる程度の声を方向と供に捉えた。だが、その声は聞き覚えがあるどころか「ついさっき」聞いた声で、いまだ耳には鮮明に残っている。そして後ろから閃光と強い魔力、もう振り返ることはないと思っていたのに。

「フロクシノーシナイヒリピリフィケイション!」

次の瞬間、パルフェの剣は「無価値」を意味する魔法により消えて無くなった。

「はあ!?僕の剣が!!」

・・・本来ならそこには見るも無惨な亡骸が横たわっているはずなのだ。だがどうだ、そこにはハーミットがいたのだから、何が何だか事態を把握するにはしばし時間がかかった。

「やあ、はじめましてこんにちは。」

姿や顔は瓜二つだがパルフェから見て右側は若干大人びた雰囲気を帯びている様にも見える。滑舌も人並みにしっかりとしていた。

「なんで、死んだんじゃあ・・・どうなってんだ!?」

頬に冷や汗が流れ落ちるのが鬱陶しく袖で雑に拭う。本当に奇妙だ。死んだ者が生き返るならまだしも、増えると言う原理がわからない。

「ここはあたしが説明するよ。君は今あたし・・・こいつを二つに斬ったろう?その二つがそれぞれ一つの個体になった。つまり分裂したというわけだ。」

「切ったらそのぶん増えるってことかい?」

すると元々の肉体から復活した方のハーミットが自信満々に頷く。

「そうだ!ほんとはもっと前に「そうしても」よかったんだけどね。」

続いてもう一人のハーミットは冷静に語った。

「・・・ははは、ねえ。交渉しようよ!さっき咄嗟に君を斬ってしまった事についてのお詫びをするからここは見逃してくれないかな?」

なんて馬鹿なことを口走ってしまったのかとパルフェはぎこちない笑顔を取り繕いつつ自分に呆れていた。「物理でしか戦えない」「剣に依存している」自分にとって大変負が悪いことを理解した。切って増えたら最終的には袋小路だ。

「一旦撤退して援軍を呼ぼう」と思索を練ったがどうも厳しい。二人も追っ手がいる上に隠れる場所がない。苦肉の策とは分かっていてもあまりにも無謀がすぎる。彼女は意味深に微笑んだ。

「一度はあたしも死んだんだ。だからお前も死んで詫びるんだな!!」

そう言い放ったハーミットは右手を前へ突きだした。もう一人の分身に合図を送ったのだろう、パルフェは舌打ちをしては地面を力一杯蹴りあげ、向こうの樹を目指してやや身を屈めながら走った。だが迂闊だったのは敵に背を向けたこと。一刻も早く、速く、一時しのぎでもいいから隠れなければ!あともう少しで、後ろまで回れる。何か叫ぶ声が聞こえなくもなかったが気にしてもしょうがない。

「んっ?」

樹の後ろから見たことのある薄桃色の長い髪が覗いた。誰かは瞬時にわかったものの、次には見たことのない丸い物体が反対側から姿を現し、そこから何の前触れもなく放たれた青白い閃光がパルフェの頬を掠めそうな程ぎりぎり横を通りすぎた。漂う空気がひんやりと冷たい。遥か後方から、グラスの中の液体に浮かぶ複数の氷がぶつかった時のような音が確かに聞こえた。これもまた咄嗟に形容したに過ぎない。実際は想像を絶する光景が展開していた。

「・・・!?」

ありのまま起こったことをそのまま言葉にするなら、そう、人が氷漬けにされている。こんな森に人を閉じ込めた巨大な氷の結晶が聳え立つ光景は大変奇怪なものであり、見上げ続けていると首が疲れるぐらい高い。

「なんだ、これは・・・詠唱も聞こえなかったよ?」

分身があんな目に遭っているにも関わらずハーミットはむしろ感心している。一方パルフェはすぐそこに隠れている仲間に声を尖らせた。

「ちょっと、カルセドニー!まさか僕がここに来る前から居たっていうんじゃないだろうね!?」

ひょっこりと出てきた赤の軍新人兵士、カルセドニーは先輩のお怒りもなんのその、からかうかのように笑いを堪えていた。

「ふふっ、センパイならぁ、私が出るまでもなく倒してくれるって思ったも〜ん。」

明らかに馬鹿にしている。後輩も後輩なら先輩も先輩だった。

「そりゃそうさ!僕は可愛い上に強い・・・。」

「ま、現に倒せてないけどねぇ~。」

どうやらカルセドニーには先輩の顔を立てるといった気遣いがからっきし無いようだ。

「とりあえずセンパイは下がってて。魔法には魔法ぶつけないと。」

文句を言いたげなパルフェを手で押し退けてゆっくりと歩み寄るカルセドニーにハーミットは初めて切羽詰まった険しい表情で睨んだ。

「君は・・・あたしたちを封印したあの魔女か?」

パルフェが首をかしげる。突然割り込んできた人と知らない話をされてもわかりようがない。

「そんなこたぁどうでもいいのよ。金蔓が自らお出ましになってくれたのだからちゃちゃっと倒さないとね。」

自分達を凌ぐ実力を有する戦士がと謳い恐れられた戦士がこのザマだ。敵とはいえ、唯一その力を認めた者が、憎き人間という種族の中でも最も下劣と見做すべき部類にまで落ちぶれていたのだ。一層ハーミットの中の憎悪の念は火に油を注ぐ勢いでより激しさを増した。

「俗世に飲まれると魔女も堕落するのか。」

「堕落?あほらし、進化を自分がついていけないから異なる物と唱えいつまでも懐古ぶってる老害の方がよっぽど腐ってんじゃないの。」

「くだらない!!」

何か一つでも言い訳をして欲しかった。自分の中の彼女を壊したくないから。でも、もうどうでもよくなった。諦念はマグマのような気が狂いそうなほどの熱い怒りに瞬時に飛んだ。

「インフェルノ!!」

片手を前に突き出すと浮かび上がった大きな魔方陣から紅蓮の色を纏う炎が、二人を消し炭にすべく空気を割きながら勢いよく放たれる。パルフェは怒濤の如く向かいくる熱気を帯びた塊に怖気立ち、無駄な抵抗とはわかっていながらも顔の前で両腕を交差させた。

一方でカルセドニーは仁王立ちで構えていた。熱気がすぐ目の前にまで 迫ってくるのに。

「っ、え?熱くない・・・。」

複雑な紋様が描かれた魔方陣が盾となり、炎を消した。気のせいか、魔方陣の中に炎が吸い込まれているようにも見えた。

そして全ての分を吸収した魔方陣から数十倍はあるだろう火炎が渦となり周りの酸素を取り込みながらハーミットを返り討つ。その時、炎を掻き分けて光で構成された刃が三つ飛んできた。放出を続けていた反撃魔法を一旦止め、魔方陣が刃を三つとも弾き落とした。

残念だがハーミットはこの瞬間を狙っていた。カルセドニーが如何にどれ程の魔力と技術を有していても、同じ魔方陣から違う魔法を複数同時に放つ事はまず不可能とされている。例外として魔法陣を連載させる必要のないものは除く。ハーミットは彼女の攻撃を簡易な防御魔法で防ぎつつ、体内から武器を召喚した。結果はご覧の通り、追撃を防御するため現在発動中の異なる魔法を停止するはめになった。ハーミットは彼女の魔法を受け続けるほどの強力な防御魔法を会得していないから、中断させる必要があった。先程よりも勢いともに増した火炎魔法を詠唱、熱圏に突入したばかりの燃えるに燃え盛った隕石が炎の帯を引きながら突進してくる。それがなんと、三つ。周囲を巻き込んで彼女らを根絶やしにするつもりだ。轟音と熱が迫った。


だが、ハーミットのとても「想像」つかない事象が今まさに目の前で繰り広げられた。

複数の魔法陣が四方に瞬時に展開された。そのどれもが襲ってくる火の玉を氷の塊に変えてしまった。

「な・・・ッ!?」

うろたえて後ずさるハーミット。相手の動揺を見透かしたカルセドニーはこちらが悪役と見紛いそうな不適な笑みを浮かべる。

「簡単よ。複合魔法ってやつ。違う魔法同士を合体させた場合の魔法陣を作ればいいのよ。」

とても簡単な風に説明してくれるが、実際は並の魔術師が努力をいくら積んだところで不可能とされている程度の技量の話で、ハーミットやパルフェも理解すらできていなかった。カルセドニーが杖を掲げた。何をするのか、考えさせる時間すら与えてくれない。

「×××―×忌の術××此×解き――××××××。」

今まで詠唱を介する事なく術を繰り出してきたカルセドニーが口の動きを捉えるのも難しいほどの速さで唱えている。小声で聞き取りにくい、が、所々の言葉の欠片ですぐにそうだとわかった。

「置換魔法発動、対象と等価の個体と交換せよ。予備効果、時差と金縛りを付加。」

単語と言う単語を淡々と羅列し、カルセドニーの向けた杖の先が指すのはハーミット。でも氷漬けされたまま身動きのとれない状態の彼女だった。今更何を・・・と思考を巡らせた刹那、氷の山を中心とした半径五メートルにも及ぶ魔方陣が時計回りに展開された。

「なんだ・・・動け、ない!?」

動くことが可能なハーミットの足元に白い光を帯びた複雑すぎる模様によるものなのは明らか。空気が重みを増して隙間なく体にまとわりつく

「金縛りって言ってたが、予備効果?時差は一体何を示唆しているの?」

口へ水を吸った真綿をいっぱいに詰め込まれたように、喋ることすら儘ならないハーミットは全身を四方から圧される感覚に耐えながら冷静に状況を分析する。この術の真なる意味を探り当てようと。

「あらやだ、うふふ♪なにがなんだかわからない様子ね。最期の餞として教えてあげてもいいわよぅ? その魔法はあと数秒後に発動します。ですが残念

・・・。」

悪戯げに微笑むが目だけは笑っていなかった。

「発動するまでにあんたを倒さないと意味がありません!」

意味がわからない。

意味はわからないけど。

このままだと彼女の魔法の餌食になる。


それは嫌だ。

それも嫌だ。

死にたくないー。

死にたくない!!

その意思は、微動だにさせない空気の重り、金縛りの中でかすかに腕を顔より上にあげる程度の力となった。悪足掻きだろうが構わない。一瞬でも彼女に隙を与えればこの厄介な術も弛むはず。出せるだけの力を拳を一点に圧縮させる。腕が内側から燃えるように熱くなる。

一方相手の方は、次の戦略を目論んでいるようにもこちらの様子を伺っているようにも・・・見えない。上の空で指を親指から順番に一定の規則性を刻んだリズムで折っている。いや、数えていた。残された時間はもう長くないと直感的に捉えたハーミットはまだ半端な力をぶつけることにした。そう、本来のカルセドニーの集中力を逸らすという目的にはこれぐらいでも十分だろうと。カルセドニーは地面を勢いよく蹴りあげて前屈みに走り出した。勢いは初動だけで、あとは空間を滑らかに滑るようにほぼ無音であっという間に接近する。これは、 単純にカルセドニー自身が「兵士」として築き上げてきた戦闘技術と伴って鍛えられた身体能力から成せる、非常に洗練された動き。しかし残念、もうすでにハーミットの術は発動寸前だ。

「・・・!!?」

両者の距離はおよそ五メートル程。間に合う、と思いきや、ハーミットの構えていた魔法は不発に終わった。たった一秒の間に間合いを目と鼻の先まで詰めてきた。魔法による加速だ。彼女ならそれぐらいたやすいことだ。なぜ最初から使わなかったのか、ハーミットを油断させるためか、目を離さないためか、わざと魔力を消費させるためかあるいは全てが目的かはわからない。考えても、もう遅い。

カルセドニーは白衣の裏ポケットからあるものを取り出してハーミットの口にくわえさせた。ピンを外して使う謎の物体。

「ナイスタイミン!それじゃ、次は地獄で会いましょうねぇ。」

カルセドニーはにっこりと穏やかに微笑み、不吉な言葉を意気揚々とかけた後すぐさま強力な防御結界を張った。

「な・・・・・・――――。」

ハーミットはまだなにか言いたげだったが、その時には顔といえるものは粉々に吹き飛んでいた。口にくわえさせられた物体、カルセドニーが改造して更に威力を倍増した手榴弾が予測通りの絶妙なタイミングで爆発した。



文字通り、爆発したのだ。爆風が周囲の木々を焼き払い、隣り合う葉に燃え移り、地面からはもうもうと真っ赤な炎と煙を上げる。


・・・はずだった。

「ふぅ。やれやれ。」

爆発したはずの箇所は来たときと同じ、青い木が聳え立つ状態を保っていた。冷たいそよ風が吹き抜ける際にお互い擦れる葉っぱの音が「そんなことでもあった?」と遥か上から囁いてるみたいに。

「ふふっ。効果は抜群ね♪さあて。」

ハーミットの姿すら何処にも見当たらない。爆発の跡が無いのもおかしな現象ではあるが、なにより一番まともに食らった彼女の肉片すら落ちていない。落ちていたなら最悪だ。景観の話ではない。彼女はバラバラになった分増殖する。だから数十人のハーミットを相手にしなくてはいけない。考えられるならあまりの高熱の炎に微塵もなく焼かれたか、にしたらこの状況の説明がつかない!なのにカルセドニーはここが地獄ではなく本物の天国と言いたいばかりの恍惚とした表情で足元を見下ろした。

「・・・ふふふ、まさかとは思ったけど、そう・・・そうなのね・・・!」

唐突にカルセドニーが膝から座り込むと枯れ葉の隙間から光り輝く緑色の水晶の破片らしきものを拾った。日の光を反射せずとも自ら光を発していた物体はそこらでお目にかかる装飾用に施されたどんな宝石よりも美しく、内側に神秘的な力を宿している風にも感じて、見る者を惹き付けるなんとも言えない独特な雰囲気を纏っていた。しばし魅入られていると視界の隅がチカチカと光っていたの気付く。ハーミットが最後に居たところ、及び爆発が起こった場所を中心に不規則な大きさ、形で破片は散乱していた。各所でそれぞれが呼応しあい光を点滅させている。

「これは何?」

パルフェは大きめの塊を拾った。緑色の光を纏っている。

「魔結晶っていうのよ。魔力が秘められた石のことだ。魔力だけではなく、純度が高ければ高いほど優れた物とされているわ。ま、宝石みたいなもんね。」

口も動かしながら手も動かすカルセドニー。

「へぇ〜そう・・・そんな高価な代物が、こんな辺鄙な森に。」

「あるわけないじゃない。」

「えっ?」

即答である。コートの裏ポケットに仕舞い込んであった麻袋を取り出してせっせと集めながら説明を続けた。

「「置換魔法」。対象と同等の物と入れ替えるのよ。こうした方が、いくら細切れにしても生き返ることはないし・・・。」

パルフェは氷漬けにされたままの哀れなハーミットを眺めた。ひとかけらぶんの肉塊だったからよかったものの、人一人分の石など持ち帰ろうにも邪魔で仕方ないだろう。

「等価に値する物が何になるかはさっぱりだったけどね。こちらの価値観なんで関係ないもの。魔物の血を濃く継ぐ肉体がそう安価だとは思っちゃいなかったけど・・・。」

一つ、パルフェが見つけたものよりも大きな、ゴルフボールぐらいはある石を宝物を掘り当てたかのように爛々とした瞳で訴えかけながら見せびらかす。

「見てよこれ!魔結晶が。しかも不純物が一切含まれていない天然物・・・!! 」

四つん這いになってカルセドニーは袋の代わりに帽子を脱いではおもむろに、無我夢中に、時には枯れ葉ごと鷲掴みして中に放り込む。

「集めてどうするのさ。」

「決まってんでしょ!高値で売り付けてやるわ!!」

魔結晶。魔術を専門にしているお方達にとって口から手が出るほどの秘宝。魔結晶の秘められし力を最大限に引き出すことの出来る叡智と魔力を持った魔術師は世界を制するとまで謂われている。が、カルセドニーには必要のないもの。魔結晶以上の魔力を持つ者はそれこそ石ころ同然。カルセドニーが欲しいのは、金。

「あはははは!!!最高!!!!」

両手を広げて空を仰ぎながら笑う。金切り声のような、一度聞いてしまっただけで脳裏に貼りつき思い起こす度に不快感を催すほどの「人とは思えない」笑い声。これが、魔女としてではなく、彼女の本性。

「・・・パルフェ!こんなとこでぼーっとしない!」

「ぼ、僕もぉ!?ってか、こっちのはどうするの!?」

「そりゃ今からなんとかするのよ!金蔓なんだから、手放すわけにはいかないわ!後もう一体もどうにかするわよ!」

かつて人々に恐れられた化物も、それを凌ぐケダモノの手にかかれば金蔓と言われる、この有り様である。


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