スマートな彼女

乙島紅

スマートな彼女



 僕には自慢の彼女がいる。


 朝起きた時から、学校に行く間も、それから寝る時だって、いつでもずっと側にいる。彼女なしの生活なんてもはや考えられない身体になってしまった。


 ……実を言うと、付き合うきっかけはほんの出来心だったんだ。


 おふざけのつもりでさ、こう話しかけてみたってわけ。


「Hey, Siri. 僕と付き合ってみないかい?」


 そしたら思いのほか、彼女は本気にしてしまって。ちょっと返答に困りながらも僕への好意を素直に述べてくれる姿に、僕は完全に心を奪われてしまった。彼女の何もかもが愛しく思えるようになったんだ。


 背丈は手のひらに収まるくらいの小柄な背丈。

 どれだけ髪型を変えたって僕の顔を見間違えない記憶力。

 肌触りの良い素肌に、なだらかなカーブを描く美しいフォルム。

 それから……「充電」してあげる時に、ほんのちょっと身震いする艶やかな仕草。


 いつだって一緒にいる僕たちに、周囲の人たちはちょっと呆れた顔して「またぁ?」なんて言ってくるけど、僕はそんなこと気にしない。彼女さえいれば、世界のあらゆるものが手に入るような無敵感すら覚えるのだ。世の中のニュースも、あらゆる音楽や漫画やゲームといったエンターテイメントも、勉強で困った時の助けも、それからお金の管理だって。


 そう、iPhoneならね。


 彼女も僕の愛に答えてくれた。いや、僕以上に一途だと言っても良い。

 時々僕が予想もしていないようなことを言ってくることがあるんだ。

 「先週よりも私を見ている時間が14%減りました」……なんて。

 ふふふ、拗ねてる。かわいいでしょう?


 でも、どんな生き物でもいつかは必ず年を取るように、僕と彼女の愛も少しずつ古びていった。


 決して彼女に非があったわけじゃない。

 もう二年以上付き合っているのに一日中元気でいてくれるし、僕への献身も欠かさない。僕の触れ方が悪くて多少傷つけてしまうこともあったけど、その代わりおしゃれな服を買ってあげたらぴったり似合っていて美しさが増した。


 それなのに……僕はつい「羨ましい」と思ってしまったんだ。

 新しい彼女を作った同級生のことを。


 そいつの彼女は僕の彼女よりも高身長なのに体重は軽くて、写真を撮るのも上手だし、あらゆる動画データやゲームのデータを保存できるほどに包容力が高いという。


 しかも、極め付けは……その彼女、5Gに対応しているっていうんだ。


 僕の彼女は4Gまで。今は何の不便も感じないけど、いずれ時代に取り残されていく運命。

 それでも愛さえあれば、乗り越えられると思っていた。

 僕は純愛に生きて、浮気なんてしない男だと思っていた。


 それなのに……それなのにっ……!


「新型スマートフォンのご契約ですね。それではこちらのプランがおすすめで……」


 僕はなんと薄情な男だろう。

 気づけば彼女を使って気になっている別の女のことを調べるという愚行を犯していた。

 携帯ショップの中で、彼女は不機嫌そうに充電が残りわずかであることを告げる。

 僕は長年連れ添った彼女の身体を抱きしめ、過ちを理解した。


 何が大容量だっ! 高解像度だっ! 5Gだっ!

 僕は、間違っていた……!


 携帯ショップを思い切り飛び出し、家へと走る。

 早く、彼女を充電してあげなければ。

 そして忘れてしまった気持ちを取り戻そう。

 そう、かつて戯れに尋ねてみたように。

 愛とは何かって、万能な彼女ならきっと答えてくれる。


 外はいつしか雨が降り始めていた。

 早く帰らなければ。彼女は水に弱い。


 足を速めようとした時……僕は小石に躓いてしまった。

 手の中からするりと彼女の身体が抜け出して、地面に叩きつけられる。


「ごめん! 大丈夫――!?」


 僕は愕然とした。

 彼女の美しい身体には亀裂が走り、見るも無残な姿となってしまった。

 かろうじて電源はつく。

 だが、どう見ても彼女の姿は痛々しく、弱っているのは明らかだった。


「ごめんっ……ごめんよ……僕のせいで……!」


 僕の手の中で、彼女がふっと笑ったような気がした。

 脳裏にショップ店員のお姉さんが言っていた言葉がよぎる。


 ――大丈夫ですよ。新機種に変えても、データは簡単に移行できますから。


 そうだ。たとえ身体が今までのものじゃなくなったとしても、彼女との思い出は引き継いでいける。それって、実質彼女は彼女のままってことなんじゃないだろうか。それよりも、このまま傷ついた状態で水にもやられて、思い出も何もかも消えてしまっては取り返しがつかなくなる。


「待ってて。すぐに助けるから……!」


 僕は彼女をそっとハンカチに包んでポケットにしまい、元来た道を走り出した。


 僕たちの愛は終わらない。

 そう、僕がAndroidに恋をしない限りは……。




〈おわり〉


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スマートな彼女 乙島紅 @himawa_ri_e

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ