第5話 残されたモノ
日曜日の13時、俺は高校の前で亮磨を待っていた。
あれから亮磨との会話は減り、今日を気まずいまま迎えた。
「遅れた......」
汗を浮かべながらやってきた亮磨の目元にはくっきりとしたクマがあった。
寝不足か?
なんて聞けるわけもなく、挨拶を交わす。
亮磨は高校から数十分ほどの住宅街に俺を連れて行った。
子供たちが駆け回りながらはしゃいでる声とママ友たちの密接な会話、よくある光景を横目に俺は一件の家の前に立つ。
「ここが奏ちゃんの家」
普通の家だ。
普通の一部だ。
「じゃあ、入ろっか」
「...え」
「僕が今日呼び出したのは、ここに来るためだよ」
そう言われてしまえばなにも言えない。
亮磨がピンポンを押すと、すぐに声が聞こえた。
『なにか用でしょうか』
「亮磨なんだけど、入ってもいい?」
『りょーちゃんか、どうぞ』
そして俺は奏の領域に足を踏み入れることとなった。
奏のお母さんらしき人は奏に似て美人だ。部屋も綺麗にされており、一般的な家庭の図をそのまま絵に描いたようだった。
「今日はどうしたの?」
「奏ちゃんのお友達も連れてきたから、久々に奏ちゃんに挨拶しようと思って」
「そう。きっと奏も喜ぶわ」
リビングに通され、すぐに目がいったのは奏の写真が飾られて仏壇だった。
「久しぶり、奏ちゃん」
笑った彼女の写真はあまりにも浮世離れしていた。
仏壇の前に座り、手を合わせる。
なんだか、現実味がない。
「もしよかったら部屋も見ていって」
「ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
2階の角部屋、そこが奏の部屋らしい。
部屋の中に入ると、人の暮らしていた跡はなく、ダンボールが置かれているだけだった。
「片付けちゃったんですね」
「寂しい場所になったわ...」
俺はダンボールに触れた。
「創太、なにやってんだよ」
「いや、なんか......ふと思い出したんだ」
奏が日記を書いていると言っていたことを。
見たくなった。
だから、探そうと思った。
「あなたがもしかして、創太さん?」
「え...はい」
「奏から、これを渡しておいてと言われていたので」
手渡されたのは分厚い手帳型の日記帳だった。
「これだけ、奏が残したモノだったんです」
俺はすぐに1ページ目をめくった。
「なんだよこれ」
そこに書かれていたのはーー
「お母さん」
「おかえり、乙音」
扉付近にはショートカットの奏と顔が似た少女が立っていた。
「久しぶり、乙音ちゃん」
「こんにちわ」
中学生くらいだろうか、おとなしそうだ。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ、りょーちゃんが来てくれて嬉しかったわ。それに、創太さんも」
「いえ、俺は...」
帰り道、俺は奏の日記帳を開くことができず、ただ持っているだけになった。
駅に向かいながら、考えていた。
どうして、奏は唯一残したモノを俺に渡すよう促したのか。
「わけわかんねぇ」
駅にたどり着いて、電車を待っていると、肩がぶつかった。
「すいません!」
「ごめんなさい!」
目が合い、ようやく気がついた。
クラスメイトだ。
「羽咲さん?」
「神崎くん」
隠れ美人と有名な羽咲さんだが、なぜか深く帽子をかぶっている。それに、
「リ、ライト、ライト?」
グッズらしきTシャツを着ている。
「あ、あの!」
「は、はい!」
羽咲さんは紅潮させたまま叫ぶ。
「私がアイドルオタクというのは隠してください!」
また厄介ないことになりそうだと心の中でため息を吐いた。
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