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「リッカが案外、可愛い」

 ぺらりと執務机で書類をまくりながらのセルフィルトの言葉に、紅茶の入ったティーカップを置いたタグヤがわずかに驚いたように目を見張った。

 しかしすぐにその動揺は消えてしまった。

「それはようございました」

 ミルクを入れる気分になり、温められたそれを少しだけティーカップにセルフィルトが注ぐ。

「キッケル様が心配していらしたので」

 華奢な金色のスプーンで紅茶をかき混ぜると、飴色の液体が渦を巻いてミルクティーへと変わっていった。

「心配?え、なんで」

「基本的に何も関心を持たないので、飽きてしまったらと」

 まったく遠慮のない物言いに、セルフィルトはひょいと片眉を上げて心外だと顔に浮かべた。

「そこまで人でなしじゃない」

 淵の薄いティーカップに口をつけてこくりと温かな紅茶を一口飲む。

 憮然とした物言いに、タグヤは口端をわずかに上げた。

「まあでも、リッカがいる生活は悪くないかな、新鮮で」

 片肘をテーブルについて頬を乗せると、くすりとセルフィルトが笑みを浮かべる。

 それにタグヤがさようですかと、柔らかい声で相槌をうった。




リッカは庭の見えるバルコニーのテーブルセットに一人ついていた。

 いつもならトールラントがいて一緒におやつを食べるけれど、今日は用事があると帰ってしまったので一人ティータイムだ。

 はぐはぐとバターの風味たっぷりのマドレーヌを両手で持って齧りつく。

 ときおり温かいミルクを口に運んでいると、カツカツと足音の近づいてくる音にリッカはマドレーヌを口に入れてしまうと振り返った。

 もぐもぐと咀嚼していたら、そこにいたのは不機嫌を隠しもせずルクルが立っていた。

 思わずごきゅりとマドレーヌを飲み込んでしまう。

 さっと表情に緊張を走らせたリッカの姿を上から下まで見ると、ルクルは大きく舌打ちをした。

「カフスとループタイ……また新しいものを貰ったのかい。図々しい」

 ピクリとリッカの肩が揺れる。

 確かにルクルの言う通り、今身に着けている凝った意匠のカフスボタンもループタイを止めている翡翠色の石も、初めて身に着けているものだ。

 キッケルが新しく持ってきてくれたとジュアーが今朝言っていた。

 図々しいと言われてその通りなので思わず俯くと、急にぐいと胸倉を掴まれた。

 首が締まってけほりと小さく咳が出る。

「私はしがないメイドだってのに、たかがゴミ溜めで拾ったガキがこんないい暮らしをしているなんて!」

 リッカの胸倉から手を離すと、バシリと頭を横からルクルははたいた。

 その衝撃に、リッカの軽い体は反動で椅子から転げ落ちた。

 バサリと長い髪が空を舞う。

 そのまま二度、三度と容赦なくはたかれてリッカは衝撃を耐えようとその場に縮こまった。

 シャツに包まれた腕で頭を守るけれど、その腕の上からもう一度大きくはたかれる。

「いた、いたい」

 しばらく力任せにリッカを折檻すると、ルクルは鼻を鳴らして旦那様がお呼びだと慇懃に言い放った。

「くれぐれも私のことは言うんじゃないよ」

キつく言い含めると、さっさとルクルはその場を後にしてしまった。

のろのろと顔を上げると乱れた髪のあいだから、見覚えのある男が庭の方から早足で歩いてきているのが見えた。

それは時折り水やりをさせてくれる庭師の男だった。

「坊主、大丈夫か」

 バルコニーに近づいた男に、リッカはこくんと頷くとのろのろと立ち上がった。

 額にかかった髪を、手櫛で整える。

「お前さんあの女にいじめられてるのか?」

 ふるふると首を振ると、庭師は訝し気に眉を寄せた。

「叩かれてただろう?」

 その言葉にリッカは不思議そうに顎を引いて小首を傾げた。

「ぼ、ぼくが、わるい、から……」

 何も仕事をしていないし、どんくさい。

 セルフィルトが優しくて怒らないから忘れそうになるけれど、もともとリッカはこんな扱いに慣れきっているし当たり前だと思っている。

 そわそわと指をいじりながら口にすれば、庭師ははあー、と盛大に溜息を吐いた。

「な、ない、内緒にして、ね」

 言っちゃいけないと言われたのだ。

 庭師が叩かれたことを誰かに言ったら、また怒られてしまう。

 おずおずと見上げれば、もう一度庭師は溜息を吐いた。

 そして被っていたハンチング帽のつばを指先で掴んで引き下げると、何も言わずに庭の奥へと行ってしまった。

 何か間違えたのかと、無言で去っていった方を見つめてリッカはきゅうとシャツを握りしめる。

 その灰褐色の瞳は、不安に揺れ動いていた。

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