16
リッカは買ってもらった万年筆をコートのポケットに入れて、お菓子の袋と飴の瓶を両手に自身にあてがわれている部屋の扉を開いた。
ほくほくと嬉しい気持ちが胸にいっぱいになっている。
しかし、部屋に一歩入るなり、リッカはギクリと足を止めた。
衣裳部屋の扉が開いており、そこからルクルが出てきたからだ。
ルクルは顔色をサッと青くしたが、そこにリッカしかいない事に気付くと安堵したように肩を落とした。
「あ、あの……」
何故ここにいるのだろうとおずおず声をかけると、ルクルはキッとリッカを黙れと言わんばかりに睨みつけた。
そして、リッカの手にあるお菓子を見てチッと面白くなさそうに舌打ちする。
「あ、あの、それ」
ルクルが衣裳部屋から出てきたときに、紫色の石がついたカフスボタンを手に持っていたのだ。
衣裳部屋から持ってきたということは、それはセルフィルトとキッケルが用意したもののはずだ。
何故ルクルが持っているのだろうと小首を傾げると、ルクルはサッとエプロンのポケットにそれを隠してしまった。
「あんたには過ぎた代物なんだ」
カツカツとリッカのいる扉まで歩いてくると、思わずびくりとリッカは体を震わせた。
「言ったら二度とこの家に入れないようにしてやるからね」
「あ……」
リッカが何か言う前にぐいと髪を引っ張られて、ぱさりと帽子が床に落ちる。
「い、いた」
「ふん」
容赦なく引っ張られて短く声を上げると、ルクルはカフスボタンをポケットに入れたまま鼻を鳴らして出ていってしまった。
バタンと大きく扉の閉まる音がして、ようやく詰めていた息を吐く。
引っ張られて痛む部分に手をやると、リッカはへにょりと眉を下げた。
「だ、だいじょう、ぶ。慣れ、てる」
リッカは自分のものを取られることも、暴力も慣れている。
だから大丈夫と自分に言い聞かせた。
ただ、セルフィルトに優しくされて調子に乗っていたんだと思い、唇を震わせて小さくごめんなさいと呟いた。
「万年筆貰ったんだね」
慣れないミミズののたくったような字をノートに書きつけているリッカの手元を見て、トールラントが口を開いた。
唇を無意識に尖らせながら字を書いていたリッカは顔を上げると、こくりと頷く。
「だ、だんな、さま、の、め、目の色、だよ」
えへへと小さく笑うリッカに、トールラントが茶色い目を丸くする。
「セルフィルトの目の色なんだ?」
意外な言葉に面白げに目を細めると。
「う、うん」
藍色の艶々と輝く万年筆はリッカには扱いが難しい。
ノートに並ぶ太くなったり細くなったりする字をトールラントは見下ろした。
「鉛筆より難しいけど、その分慣れたら綺麗な字が書けるようになるよ」
「ほ、ほんと、う?」
「うん」
つたない自分の字の横にはトールラントがお手本に書いた綺麗な文字がある。
目下、字を覚えるのが最優先だけれど綺麗に書けるようになると言うのなら、がぜん張り切るというものだ。
「大事に使ったら万年筆はずっと使えるからね」
「だ、だい、じにす、する!」
きゅっと左手を握り神妙にリッカは頷いたのだった。
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