二 念、雀を飛ばす

東山道の夏。下野の国を来た進む日差し眩しい陸奥の旅。草薫る道、妖を求める八田笙明と仲間達は川のほとりにたどり着いていた。


道中の妖を退治し、そこから出てくる妖の塊を集めていた彼らは、川辺の小屋で休んでいた。そこへ老人が竿を持ち、やってきた。


「おい!そこで何をしておる。わしの小屋じゃ」

「これはすみませぬ。我らは旅の者で」


聞くと老人の釣りの為の小屋。しかし、老人は使って良いと話した。

そんな彼らは一緒に釣りを始めた。


「そうか。都では病か」

「この辺の人は、罹ってないの」

「坊主。こんなところに。他の人がいるはずなかろう」


川辺で竿の糸を垂らす老人はここは最果て。老人を捨てる場所だと笑った。そんな老人の隣で竿を垂らす笙明は全く引きの来ない水辺を見ながら呟いた。


「ですが、あなたはここにいる」

「わしは死なぬ。簡単に死んでなるものか」


老いぼれた身なりであるが、目はどこか精悍であった。詳しい経緯は聞かないまま、彼らは釣りをしていた。

すると、辺りを偵察してきた篠が戻ってきた。


「向こうからさ。誰かがおばあさんを連れてくるよ」

「ほれ。また捨てにきた」

「口減らしか」

「皆の者。静まれ」


笙明の低い声に彼らは息を潜めていた。

やってきた男は背にした老婆を草むらに下ろした。


「婆様。これは夜に食ってくれ」

「良い!お前は帰れ!ここには来るな」

「でも」

「良いんだ!嫁が待ってるから」


さあ、と老婆は男を送り出した。男は何度も振り返っていたが、やがて走り去っていった。


「……ふう」

「やあ、婆さん」

「ひや?お前は誰だ」


小さい老婆は篠に驚いていた。老婆は旅の笙明達と古老を見渡した。


「ここはあの世と聞いていたが、まさか鬼がいるとは」

「誰が鬼じゃ」

「待て!龍牙。婆婆様は目がよく見えぬのだ」


気配で話をしている老婆に笙明は微笑んだ。


「婆婆殿。我らは旅の者です」

「旅とな?こんな地の果てに?やはり鬼ぞな」

「ハハハハ。これは捨てられるはずじゃ」


ここの主の古老はそう言って笑った。



◇◇◇


「見よ。あれを」

「骨ですか」

「バラバラだね」

「獣が食い散らかしたのか」

「鳥じゃ」


古老はそう言って川辺を指した。そこには息絶えた老人達の成れの果てがあった。ここは村はずれ。食べ物が不足している村人は、年寄りを捨てに来るところだと古老は話した。


「でも爺さんは生きるね」

「ああ坊主。わしはなぜか死なぬのだ」


息子に連れてこられた古老。寝たきりの死にかけであったが、この川にきて魚を獲り、木の実を食べ元気になったと笑った。


「よってここで捨てられた年寄りを見ておるのだ」

「それにしても。そんなに食べ物が不足なのか?旅の道の畑は豊かであったが」

「あの山の向こうから来る……鳥のせいじゃ」


龍牙の声に古老は目を細めた。

昨年からの出来事。実った穀物を鳥がみな啄んでしまうと古老は話した。

この鳥の集団は今まで見たことがない数であり、この秋、収穫を狙ってやってくるのを恐れていると古老は話した。


「そんなに来るのでは追い払っても間に合わぬな」

「どうしてそんなに飛んでくるんだろうね」


龍牙の話に篠は川に石を投げた。

夏の川辺には葦が茂っていた。眩しい水面に話を聞いていた笙明はじっと川の向こうを見ていた。


「老人よ。あの山は向こうは何処の国じゃ」


「陸奥の国よ。たまにこの川を船で魚を持ってくるが、最近はやって来ぬな」


大きな川の向こうの山。笙明は黙って遠くを見ていた。

やがて日が落ちた。

古老はやって来たばかりの婆婆の世話をすると言い自分の住処に連れて行った。

そこへようやく彼女がやって来た。



「笙明様。戻ってまいりました」

「疲れたようだな。少し休め」

「いいえ。お食事ができております」


川の向こうへ飛び、様子を見て来た澪は、今夜も鍋に野菜を煮て粥を作っていた。


この匂いに篠が先に向かっており、龍牙と笙明はゆっくり立ち上がった。


「して。どうであった?何かおったか」

「龍牙様。それがね、誰もいないのよ」

「誰もいない?」


うんとうなづく彼女を肩に抱いた笙明は静かに月を見上げた。


「やはりそうであったか……」


哀れだと呟いた笙明は澪が起こした火のそばに座った。

彼らは石の河原で食しながら話をした。

澪の話によれば、人家はあるが人はいないということだった。


「長い間、留守にしたようなお家でした」

「左様か」

「笙明様は何か分かってるの」

「それはこれから占う」


少し寂しい顔の彼は古老から許可を得た釣り小屋にて水占いをした。


「どうだ?」

「視えた?」

「……視えぬ。それが答えだ」


彼は満点の星を見上げた。




そして休んだ夜明け。彼らは鳥の声で目が覚めた。


「すごい?大群じゃないかよ」

「恐ろしいくらいじゃ」


空を黒く染める軍団を澪はじっと見上げていた。鳥の化身の澪は悲しい顔をしていた。


「どうしたの?澪」

「篠。あの雀はね。人だったのよ」

「人?」


ここに寝起きの笙明が起きて来た。一緒に頭上を飛ぶかう鳥を見ていた。



「そうだ。あれは川向こうに住んでいた人達だ」

「鳥になったの?」

「……飢えで亡くなった子供達が。魂となって食べ物を求めておるのだ」


そう言って彼は消えかけた昨夜の火を起こし始めた。


「篠。火を起こせ。それと澪。龍牙を連れてこい」

「「はい」」


そんな笙明は火を大きくした。そしてそこに粉をパラパラと撒いた。ここから煙が立ち上って来た。


「篠は火を大きくしろ。龍牙は太刀を」

「はい」

「澪は私の背に。参るぞ……」


朝焼けの空。空を染める鳥の群衆。そこを煙りが包み始めた。白い煙は笙明の念で、どんどん大きく広がっていた。


「……滅・消・失・墜・制……」


低く鋭い陰陽師の念。これに震えるようにバッサバサと天から鳥が落ちて来た。目を瞑り念じる彼は続けた。彼の背後の澪もを合わせ目をつぶっていた。


どれほどの時が経っただろうか。実際は本の数分であったのかもしれないが、彼らにはは学感じた。煙が晴れ東の太陽が見えた時、空には鳥が数匹であった。

河原の水辺には痩せた子供達の屍が浮かんでいた。



「なんと」

「……みんなあんなに痩せて」


鳥となり食べ物を求めていた子供の亡骸に龍牙と篠は、首を垂れた。そして弔いの用意の中、澪はまだ空を飛んでいる生き残りの雀達の退治を笙明に尋ねた。


「あの雀達はよろしいのですか」

「良いのだ。それほどまで生きられぬ。それにな」


遠くに行き、好きな世界を見させてやれと彼は寂しく水面に目を細めた。



彼らは子供達の亡骸を川の流れに葬った。


「しかし。どうしてこんなに」

「流行病か。あるいは大人が死んで。子供だけだったのかもな」


「川の向こうの畑は洪水があったようで。作物はなかったです」


篠、笙明の悲しい声に澪まで涙を流していた。

その時、古老を探しに行った篠が戻って来た。


「爺さんいないよ。婆さんも」

「食べ物を採りに行ったのだろうか。挨拶をしたかったのにのう」


夏の雲は流れていた。青い空は何も言ってくれなかった。


「笙明様?どうなさいます」


彼は古老と老婆の行く末を知っていたが何も言わなかった。


「皆の者。この先は進むまい」


妖退治の旅。彼はこの先には妖はおらぬと言った。



「先人の隊がすでに妖を滅しておる。それに我らはすでに多くを退治しておる」

「そうだね」

「わしもそろそろ都に帰りとうなった」

「では引き返すのですか」


澪の声に彼は優しく口角をあげた。


「越後に参る。そして船で参ろう」

「やった。そいつは楽だ」

「しかし。北陸道か。険しい道だぞ。あれ」


言い出した笙明はさっさと馬で進んでいた。これに篠と龍牙と澪は駆け出した。



背を向けた陸奥国、北の奥州。占いで視た笙明には飢と貧困が見えていた。

進むのは北にあらず。妖を求め、一刻も早く帝を復活させることが国を救うことになると彼は悟った。


夏に背をするように彼らは阿武隈川を後にした。

それを惜しむように虫達の音がただ鳴り響いていたのだった。





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